第2話 囁きの影
夜の帳が降りた城塚家のリビングは、静寂に包まれていた。瑠璃はソファに腰掛け、母の古びた日記を手に取りながら、部屋の薄暗い明かりに目を細めた。疲れの色が濃く映る彼女の表情には、どこかしらの緊張が漂っている。
「彩音ちゃん…どうして突然いなくなったの?」
瑠璃は独り言のように呟き、指先で日記のページをめくった。そこに挟まれていたのは、幼い頃の瑠璃と母、城塚翡翠が微笑む一枚の写真だった。彼女は写真をしばし見つめ、その後、そっと日記を閉じた。
「お母さん、私…もう逃げない。」
自分自身に言い聞かせるように、瑠璃は静かに呟いた。その瞬間、部屋の明かりが一瞬揺らぎ、まるで何者かがその場にいるかのような不気味な気配が漂った。瑠璃は驚き、辺りを見回した。
「…誰かいるの?」
彼女の声は微かに震えていたが、返答はない。だが、次の瞬間、部屋の片隅から何か囁くような声が聞こえてきた。耳を澄ますと、それは「助けて…」と訴えるような、幽かで悲しげな声だった。
「誰…?彩音ちゃん?そこにいるの?」
瑠璃は恐怖と疑念を抱きながらも、声の方へゆっくりと歩み寄った。壁際に掛けられた鏡に目を向けると、そこには何も映っていないはずの曇りが広がり、そこに指で書かれたかのような文字が浮かび上がっていた。「黒い影が…」
「黒い影が…?」
瑠璃が呟いた瞬間、鏡に映った自分の背後に、一瞬だけ黒い影が映り込んだ。彼女は反射的に振り返ったが、そこには何もなかった。瑠璃は震える手で鏡を見つめ続けた。
「何なの、これは…?」
その時、背後で静かに扉が開く音がし、瑠璃は驚いて振り返った。そこには、桐山祐介が立っていた。母親の親友であり、幼い頃から瑠璃にとって頼りになる存在だ。彼は瑠璃の蒼白な顔を見て、何かが起きたことを悟った。
「瑠璃、大丈夫か?顔が青ざめてるぞ。」
瑠璃は震える声で、先ほどの出来事を彼に話した。
「さっき…鏡に、何かが…黒い影が…」
桐山は真剣な表情で鏡を確認したが、そこにはもう何も映っていなかった。
「鏡に何も映っていないな。でも、その影は…君が見たものだと信じるよ。霊媒としての力が、君に何かを警告しているのかもしれない。」
桐山は考え込むように腕を組み、一瞬黙り込んだ。しばらくしてから、彼は静かに瑠璃の肩に手を置いた。
「瑠璃、君はもう母親の背中を追うだけの存在じゃない。自分の力を信じるんだ。母親の遺したものは、決して君を縛るものじゃない…君を守るための力なんだ。」
桐山の言葉に、瑠璃は少し安堵した表情を浮かべたが、その顔にはまだ不安の影が残っていた。
「でも、私はまだ…自分がどうすればいいのか分からない。」
桐山は優しく微笑みながら彼女に答えた。
「それでいいんだよ。最初からすべてが分かるわけじゃない。だけど、恐れずに進めば、答えは必ず見えてくる。」
桐山の言葉を心に刻み、瑠璃は深く息を吐いた。そして、彼女の中に新たな決意が芽生え始めたのを感じた。
「…分かった。私、もっとこの力を使いこなしてみせる。彩音ちゃんを見つけるために。」
桐山は満足げに頷き、静かに部屋を出て行った。その後、瑠璃は再び鏡に目を向けた。今はもう、そこに黒い影は映っていない。しかし、彼女の心の中には、何かが確かに宿ったことを感じていた。
「私は…逃げない。母が背負ってきたものを、私も背負う覚悟で…」
瑠璃は鏡に映る自分自身を見つめ、静かに頷いた。母親の遺した力を受け入れ、霊媒探偵としての道を歩む決意を固めた彼女は、これから待ち受ける困難な試練に立ち向かう覚悟を新たにしていた。
この夜、彼女は再び一歩を踏み出した。母の遺した影と対峙し、彼女自身の道を見つけるために。そして、その道の先には、予想もできない真実と運命が待ち受けているのだった。
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