【完結】継がれし瞳
湊 マチ
第1話 始まりの影
城塚瑠璃は、朝の冷たい空気を肌に感じながら、廃墟のような静けさに包まれた学校の門をくぐった。薄暗い空には、今にも泣き出しそうな雨雲が垂れ込めている。彼女の歩く足音だけが、無機質なコンクリートの校庭に響いていた。
「今日も、あの夢を見た…」
瑠璃はふと立ち止まり、静かに呟いた。夢の中で何度も繰り返される、あの光景――無数の手が彼女を引き寄せ、囁きかけてくる。母、城塚翡翠の顔が一瞬浮かび、瑠璃の心に冷たい影を落とす。彼女は小さなため息をつき、再び歩き始めた。
教室の扉を開けると、そこには既に数人のクラスメイトが集まっていた。しかし、その中に見慣れた顔が一つ、欠けていることに瑠璃はすぐに気付いた。いつも元気に彼女に話しかけてくる同級生の田村彩音が、今日は見当たらない。
「おはよう、瑠璃ちゃん。」
瑠璃に声をかけたのは、クラスメイトの水無月悠人だった。彼は瑠璃の一番の親友で、彼女の霊媒能力についても理解している数少ない人物の一人だ。瑠璃は微笑んで挨拶を返すが、彼女の瞳にはどこか憂いが宿っているのを悠人は見逃さなかった。
「どうしたの?なんか元気ないみたいだけど。」
「…うん、ちょっと考え事してたの。彩音ちゃん、今日はお休みかな?」
瑠璃は、教室の中を見回しながら訊ねた。悠人も、彩音の席が空いていることに気づいて、少し首を傾げた。
「さっき先生が言ってたけど、連絡はなかったみたい。風邪とかじゃないといいけど…」
その言葉に瑠璃は胸騒ぎを覚えた。直感的に、何かが起きているのではないかという不安が湧き上がる。彼女は、その感覚を否定するように首を振り、机に向かった。しかし、心の中では何かがざわついていた。
放課後、瑠璃は一人で学校を後にした。家に帰る道すがら、彼女の頭には彩音のことがずっと引っかかっていた。ふとした瞬間に、彩音の笑顔が脳裏に浮かぶ。彼女の無邪気な笑顔は、瑠璃にとって大切なものであったが、それが不意に途切れたことが、彼女を不安にさせていた。
「瑠璃、少し話してもいい?」
不意に背後から声をかけられ、瑠璃は振り返った。そこには、桐山祐介が立っていた。母親の親友であり、瑠璃にとっては幼い頃からの憧れのような存在だ。彼は、翡翠が解決した多くの事件を側で支え続けた人物でもあった。
「祐介さん、どうしたんですか?」
瑠璃は少し驚きつつも、彼の話を聞くために立ち止まった。桐山は一瞬躊躇したが、瑠璃の瞳を見つめると、静かに話し始めた。
「実は、最近立て続けに若い女性が行方不明になる事件が起きているんだ。そのうちの一人が、君のクラスメイトの田村彩音かもしれないって噂があってね。」
その言葉を聞いた瞬間、瑠璃の心臓が一瞬止まったかのように感じた。予感が現実のものとなったことが、彼女を震えさせる。だが、同時に、彼女の中には別の感情が芽生え始めていた。それは、霊媒探偵としての母から受け継いだ宿命への覚悟だった。
「…私、協力します。彩音ちゃんを、絶対に見つけ出します。」
瑠璃は強い意志を込めてそう言い切った。桐山は彼女の決意を見て、深く頷いた。
「ありがとう、瑠璃。君ならきっと、真実に辿り着けるはずだ。」
その言葉に励まされ、瑠璃は心の奥底で燻っていた恐れを振り払った。母から受け継いだこの瞳と霊媒の力が、彩音を救い出すための鍵になると信じて、彼女は新たな一歩を踏み出した。
その日から、瑠璃は母からの教えを胸に刻み、霊媒探偵としての道を進み始める。そして、彼女の前には、霊たちが語る真実と、それに隠されたさらなる謎が待ち受けているのだった。
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