37話 廃太子




 「廃太子となった我が兄——エドワード=セグナクト=レストレスと、その意志を継承せし三人の賢人が築き上げる理想郷を、我に見せてみろ!」


 「な、なんだよそれは……」

 

 どうやらこの場においてこのことを知らなかったのは、ルシアンとバルドルだけのようだった。

 バルドルは未だに飲み込めていない様子だったが、ルシアンは落ち着きを取り戻していた。

 明かされた真実に驚きはしたが、それよりもなぜエドワードが廃太子という扱いになったのか、という点に、全ての思考を割いていたからだ。


 (父上が元王家の人間だってことは、そんなに気にしてない。ミーリス領も不自然な領地だし、何より本人が不思議な人だし……でもなんで廃嫡されたんだろう……)


 歴史上のミーリス男爵家は、約二十年前に農地経営の能力を評価されたエドワードが、受爵したことによっておこされた新興貴族とされている。

 領地自体も元々はセルベリア伯爵領である、王国北西部の端を、切り分ける形で治めることとなった。

 海と山で囲まれたミーリス領は、悪く言えば辺境の地と言えるかもしれないが、良く言えば戦地から最も離れた安全な土地とも言える。


 おそらくエドワードが不能であるというのも、王家の血をめぐる争いを避けるための、方便だったのだろうと推測できる。

 その他諸々の細かな不思議な点も、元王太子夫妻として、王家から便宜べんぎされたものであるなら納得はいく。

 

 ただ廃太子となった理由だけが想像もつかないのだ。


「……父はなぜ廃太子となったのでしょうか?」

「若かりし頃のエドが愚か者だったとは、考えもしない物言いであるな?」


 質問に質問で返されたルシアンは、虚をつかれたような反応をした後、堪えきれず小さく笑ってしまった。

 ゼナードの言葉通りだったからだ。エドワードが愚か者であった可能性を、無意識のうちに捨てていた。考えれば考えるほどに想像ができずに、思わず吹き出してしまった。


「……不敬ではないか? 先程までは子鹿のように震えておったくせに」

「も、申し訳ありません。ゼナード王太子殿下のお言葉の通りです。父上が愚か者であった可能性を考慮してませんでした」


 ルシアンは目の前の高貴なゼナードが、エドワードの弟であると頭が理解したことで、緊張感がなくなっていた。

 さらに拗ねたような口調で続けるゼナードの姿に、上がりそうになる口角を抑えたルシアンは、謝罪をして気を引き締めた。

 

「ふんっ、まぁよいわ! 父上——カイサス王は自身に異議を唱えるエドを恐れたのだ。『観測者』の適性を持って生まれた実の息子をな」

「……か、観測者?」


 ゼナードが告げた聞きなれない適性は、あまりにも仰々ぎょうぎょうしい名称だった。

 

『私は人を見る目があるんだよ』

 

 ミーリス男爵家の嫡子となったルシアンが、エドワードの資質について尋ねたときは、そう伝えられた。

 おそらくそれが『観測者』としての力だ。どれほどの確度で、どれほど大局的に物事や人物を観ることができるかはわからないが、ルシアンが度々、未来予知のようだと感じていたことは、間違いではないようだった。

 その力を持ったエドワードの異議を恐れたカイサス王はエドワードを廃嫡し、僻地へきちに追いやったのだと推測できる。


「これ以上は、我から話すことでもないだろう。我ですら把握しきれぬ真実もあるだろうからな。全く、難儀な生き方しかできぬ者達は大変であるな」


 難儀な生き方……ゼナードの言葉はやけにしっくりきた。おそらくカイサス王もエドワードも目指す所は、一緒だったはずだ。

 大陸の平定——そのためにどのような手段で成すか、という点で意見が割れたのであれば、それは悲しい話でもあり、人間という難儀な生き物のさがともいえる。

 

 ルシアンは自身の中で一通りの納得が得れたことで、バルドルの表情をチラリと見やる。

 正義のヒーローである悪人ヅラは、何やら小難しそうな表情をしてこめかみを叩いている。

 その姿を見たルシアンが、声をかけようとしたその時、忘れていたもう一つの話が襲いかかってきた。


「そういうわけで賢人ルシアンよ。リルベス子爵領の併合を頼んだぞ? エドには我から話を呑ませる。必ずな!」

「……っぇ?」


 どこかスッキリした表情を見せていたルシアンは、ゼナードから告げられたことを思い出して、情けない声で鳴いた。

 エドワードの廃嫡の理由に、全ての思考を割いていたルシアンは、リルベス子爵領を併合するという試練を忘れていた。

 むしろこちらの方が本題であったが、極度の緊張を生み出していた現状と、次々と明かされる真実の衝撃で脳が爆発していた。


「あぁ、もう一つ忘れておったなぁ? エドの話はセグナクト王国では、触れてはならぬ禁忌として扱われているものだ——さて、賢人ルシアン良い返事をくれぬか?」

「……謹んでお受けいたします。ゼナード王太子殿下!」


 脅迫だ。これまでに幾度となく味わってきた脅迫である。王となるために育ってきたゼナードの、威圧感に溢れる笑顔の前では、肯定すること以外許されなかった。


(僕って騎士をやめてから脅されてばっかだ……というかこれもう僕に問題がある? ゼナード王太子殿下の傲慢、腹黒、狡猾の三拍子は、父上もそうだから家系的なものだろうけど……アーシェとかナイラも脅し上手だし……なんなのこれ……)


 すっかり脅され慣れているルシアンは、さほど慌てる素振そぶりを見せなかったが、自身を取り巻く人間達の脅迫のうまさを、心の中で愚痴っていた。


「ですが、アウルさんとリルベスに連なる方々はどうなるのでしょうか?」

「そのような事を気にする余裕があるか……存外やる気ではないか」


 ルシアンはリルベスからこれ以上奴隷が出てしまうようであれば、バルドルの力になるために、強引な策ではあるが考えていることはあった。

 その策を取りたくなかった理由の全ては、当主であるアウル・リルベス——延いてはリルベスの戦士達を尊敬しているからだ。


「僕は元騎士です。セグナクト王国の未来のために、リルベスもガロンも多くの犠牲を支払いました。彼らに感謝することはあっても、ぞんざいに扱うことなどできるはずがありません!」

「……その通りだな」

「ルシアン殿……」


 元騎士であるルシアンは知っている。


 リルベス子爵家当主アウル・リルベスがナスリクとの最後の戦で、息子を亡くしている事を。


 リルベスの戦士達が多く所属していた第二騎士団の役割は、攻勢時は先陣を切り、撤退時は殿しんがりを務める最も過酷で重要な部隊だった。

 そのような偉大な戦士達を育てたリルベスとその当主を、誰が責めれるというのか。

 元騎士であるルシアンは理解ができる。

 味方を逃すために戦い抜いたアウルの息子の生き様、ポータの両親を含めたリルベスの戦士達の偉大さが。


「ふむ。やはりおぬしを信じてみたくなるものだ。リルベスにもミーリスにも、王家からは口出しさせぬ故、好きにやると良いわ」

「ありがとうございます!」 

「それに策はすでに考えてあるのだろう? ミーリスとリルベスは繋がっておるからなぁ?」

「……ッ……ご存知でしたか」


 ゼナードが辺境の地であるミーリスの細かな地形まで、把握していることに動揺を隠せなかった。

 ミーリスとリルベスの間にそびえ立つ山脈には、一箇所だけ二つの領地を繋げる場所がある。

 それは——約二〇〇年前にミーリスの森の最深部に現れた『剛鼻竜ごうびりゅう』が開通させた巨大な洞窟である。


「おぬしが知っていて、我が知らぬはずがないであろう? セグナクト王国のことごとくは我の家であるぞ?」

「……とか言ってエドワードさんのことが気になってミーリス領のこと調べただけでしょ。ブラコン王太子」

「ッ!? ナイラッ!?」


 ゼナードの評価が勢いよく上がっていたルシアンの口が開くより先に、ナイラが不敬極まりない態度を披露した。

 ここまで爪をいじっていたり、ルシアンを見てニコニコしていたナイラの突然の暴言に、目玉が飛び出そうになったルシアンは、恐る恐るゼナードを見やる。


「ッな! ナイラ! 何を言うかッ……」

「——殿下。そろそろお時間です」

「……ちっ、そうか……ま、まぁ我も忙しい身でな。この話はここまでとする。アウルとは個別に話を進めるとよいわ。そして改めてナイラ——大義であった」

 

 そばに控える執事から何かを耳打ちされ、突然立ち上がったゼナードは、威厳のある表情を引くつかせながらそう言うと、足早に応接間から退出した。


「……え? なにこれ……ナイラ?」

「ブラコンっていうのはねー。高度文明時代の言葉で、兄弟を溺愛してる人のことを言うんだよー? だからルシアンもブラコンだよー?」


 嵐の如く去ったゼナードに取り残された四人は、ナイラに全く必要のない知識を詰め込まれながら、突然訪れた会談の終わりに、呆気に取られていた。


(なにこれ……夢? 不敬だけどゼナード王太子殿下、雑魚すぎない? いや……本当に忙しい人なんだろうけど、なんかもっとあったよね? かっこつけた瞬間にナイラに一撃でやられたように見えたけど……うん! 忘れよう! やるべきことは決まったわけだし!)


 威圧感の発生源であるゼナードがいなくなったことで、いつも通りに戻ったルシアンは、リルベス併合について話し合うべく、アウルとバルドルに視線を向けた。


 ——リルベスの併合を成功させるためには、二人の協力が必要不可欠だ。



 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る