第20話 アーシェの教育③
ルシアンはアーシェの策略に気を張りながらも、彼女の教育の日を楽しみにしていた。その理由は毎日食べていた新種の根菜について話をしたかったからだ。
両親を含めたミーリス家の屋敷の人間達からは、肌の調子が良くなり、髪が綺麗になったと言われていたが、当のルシアン自身は『言われてみればそうかも?』程度の変化にしか感じていなかった。
しかしアーシェの変化には気づいていた。これはマリーダも言っていたが、明らかに女性らしくなり、可愛いというよりは綺麗になったと感じていた。
そこでルシアンは男と女で効能の差があるのではないかと推測して、アーシェの身に起こった変化を具体的に聞く必要があると考えていた。
「ルシアン様! おはようございます! 今日もよろしくお願いしますね!」
「おはようアーシェ! よろしくね」
教育施設の大部屋で出迎えたアーシェの笑顔に癒されたルシアンは、ソファに腰掛けて出されたお茶を飲みながらアーシェを見つめた。
「……どうしたのですか? ルシアン様にそんなに見つめられると、少し恥ずかしいです……」
「あ……ごめんね? この短期間で、アーシェがすごく綺麗になったことが気になってね」
「ふぇっ……ま、またそうやって! ルシアン様の手口には引っかかりませんよ!」
「本当だよ? アーシェもわかってるでしょ? 薬局に来るみんなも、アーシェにデレデレしてるって聞いてるけど……」
マリーダのデレデレ加減は言わずもがな、最近は警備隊や工業区の男達が、大した事のない傷で訪れるから大変だとメリックが苦笑いしていた。
みんなアーシェに癒されにきているのだ。そして薬局が繁盛することで、アーシェの借金は凄まじい勢いで返済されている。
その話を聞いたルシアンは、アーシェがラクシャクに馴染んでくれたようで、嬉しくなっていた。
「……自分で言うのも恥ずかしいですけど、私が女性らしくなったのは、多分あの根菜のおかげです」
「……詳しく話を聞いてもいい?」
アーシェはルシアンの意図を理解したのか、ジトーッとした目で責めるように見つめた。
『根菜の効能を聞きたくて綺麗って褒めたな?』
アーシェの視線にそう言われているような気がしたルシアンは、誤魔化すように苦笑いを返した。
「……あの根菜は多分、女性に特に効果があるんだと思いますよ」
「やっぱり! 僕の変化はわかりにくかったけど、アーシェが綺麗になったことはすぐにわかったから、そうじゃないかと予想してたんだ! 具体的にどういう効果があるか聞いてもいい?」
渋々、話し始めたアーシェの言葉を聞いたラクシャク狂いのルシアンは興奮が抑えられなかった。
女性が綺麗になる食品など、人気が出ること間違い無しだ。それを愛するラクシャクの地で、ルシアンの生徒が見つけたのだから興奮するのは当然だった。
「根菜を食べ始めて、五日目頃に気付いたんですけど、肌や髪に効果があるのはルシアン様もご存知と思いますが……」
「えっ!? 他にも効能があるの!?」
「その……明らかに胸が大きくなりました……」
アーシェは、恥ずかしそうにそう答えた。ルシアンはアーシェの胸をガン見した。ニヤニヤしながら。
「ル、ルシアン様……目つきが……ちょっと……」
「あ、あぁ……ごめんアーシェつい……これはとんでもないことだよ! うまくいけばアーシェは富豪になれるかもしれないよ!」
ルシアンは歓喜の笑みを抑えることができず、アーシェの胸に最低な視線を向けてしまったことを詫びた。
元々は小柄で痩せ型だったアーシェの薄い胸は、確かに膨らみを増しているような気がした。つまり育乳効果があるのだ。肌や髪を美しくしてくれて、尚且つ育乳効果もある根菜を、ミーリスの森でアーシェが発見した。その事実にルシアンは、漏れ出る下品な笑いを止めることができなかった。
「アーシェ……名前をつけよう」
「ええっ! 私がですか?」
「当たり前じゃないか! アーシェが見つけたんだよ?」
「では……無難に『
美しくなる紫色の根菜で『
実にアーシェらしい、真面目で納得できる命名だった。
「紫美根……うん……すごくしっくりくるよ! アーシェは天才だ! ミーリスの女神様だ! 本当にお手柄だよ!」
「そ、そんな言い過ぎですよ……でもルシアン様の力になれたのなら嬉しいです!」
アーシェはどこまでも謙虚だった。ルシアンの反応は大袈裟ではなく当然である。うまく軌道に乗れば、紫美根を欲しがる富裕層は多くいるはずだ。
現在のセグナクト王国は、国の方針を切り替えている最中であり、貴族や王族といった血筋や身分を重んじていた世の中ではなく、能力によって個人を評価する世の中に変わりつつある。
従って、人々の生活に関係する産業や人々の生活水準を上げることを最重要事項として考えられている。
しかしルシアンは紫美根の扱いについて悩みもしていた。ルシアンはセグナクト王国の発展を望んでいるが、あくまでその中心に立って先駆けるのはミーリス領でありたいと考えている。
(問題は、どう売り込むかだね……薬として売るのか、調理して料理として売るのか。商会に
ルシアンの目的はアーシェが正当な利益を得られるようにして、ミーリス領が魅力的な土地であると主張することにある。
「ルシアン様? あの……役に立つかはわからないですが、紫美根の調理方法をいくつか考えて、書き記したものも作っておきました……」
「えっ……アーシェ……君は……」
「ひぁっ……ルシアン様?どうしたのですか?」
真剣な表情で詰め寄って肩に手を当ててきたルシアンに、アーシェは視線をあちこちに動かしながら戸惑っていた。
「本当に天才だ。薬師として働きながら、植物の栽培もしながら、根菜の調理方法まで研究していたなんて……アーシェは本当に素晴らしい女性だね」
「ルシアンさまぁ……い、言いすぎですょ……頬を撫でてくださぃ……ルシアン様のために頑張ったのですよ?」
あまりにも真剣な表情で浴びせられる賞賛の言葉に、アーシェはふにゃふにゃになりながらも、貪欲にルシアンを求めた。
「うん! よく頑張ったアーシェ! 君はラクシャクの希望だよ! 必ず僕が軌道に乗せて見せるよ!」
その要求を受け入れたルシアンは、アーシェの頬を撫でながら褒め殺した。
(紫美根はとりあえず、ラクシャクの名物料理にしよう。ウルスラと母上、できればナイラにも紫美根を摂取してもらって、広告塔になってもらおう)
ルシアンはアーシェを撫でながら、紫美根の方針を決めていた。
貴族夫人や富裕層との交流があるマリーダ、王都の偉大な学者であるナイラが美しくなれば、一気に注目を集めることができる。さらに奴隷であるアーシェとウルスラの美しい姿を目にすれば、『紫美根』の説得力を補強できる。
広告塔にベルを含まなかったのは、これ以上胸が大きくなると戦闘に支障が出ると判断したからだ。
一応、本人の意志を聞くまでは保留とした。
魔物牧場で愛らしい魔物達と触れ合いながら、美容効果のある料理を食べて、お茶することができると知れ渡ればラクシャクは一躍、人気都市となるだろう。
「んふっんふっ……るしあんしゃま……わたしは、だまされませんよぉ!」
ルシアンは、とろけきった表情でよくわからないことを言っているアーシェを目一杯可愛がった。
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