第19話 報告会〜アーシェの部屋〜



「先生ってチョロいと思うなぁ」

「あたしもそう思うな! なんか頼んだら呆れた顔しつつもなんでもしてくれそうだ!」

「あーベルが言ってることわかるぅ!」


 ミーリス領都ラクシャクに移住してから初めての休息日を迎えた三人の奴隷は、アーシェの部屋に集まり、報告会——ルシアンを籠絡ろうらくするための話し合いが行われていた。


「……二人ともわかってないです。ルシアン様は間違いなく強者ですよ」


 ベルとウルスラが簡単にルシアンを手に入れることができると見立てている中、アーシェだけは一切の油断をしていなかった。


「それは強者なのは間違いないけど、恋愛面は強くはなさそうじゃないか?」


 ルシアンの拳の力強さをお腹で思い知ったベルは、なぜか恋愛面では勝てると思っているようだった。


「先生って防御ゆるゆるだよぉ? すぐ抱きつかせてくれるし、髪撫でられるのも最高だし、甘えさせてくれるもん」


 ウルスラはぬいぐるみのようにかわいい桃羊——モチコを撫でながら、自慢するように笑顔を浮かべていた。


「……ルシアン様は私たちに恋愛感情がないから、ご褒美をくれているのですよ」

「「エッ!?」」


 諭すようなアーシェの言葉に、モチコを撫でていた二人は衝撃を受けているようだった。

 しかしアーシェは確信していた。ルシアンがもし恋愛感情を持っていたなら、ウルスラを抱きしめるだけで終わるはずがない。ベルのご褒美に至っては、ほとんど行為の一歩手前とも言えるようなことなのだ。

 そのようなことをしても、ルシアンは困ったように苦笑いをして優しく許してくれている。まるで親が子供を許す時の顔をするのだ。


「ルシアン様は余裕なのですよ。私たちがドキドキしていても、ルシアン様は仕方ないなぁ……と大人の余裕でいなしているだけなのです」

「ッ!? た、確かに……それは男と女というよりも……」

「親子みたいなものかもぉ……」


 アーシェにここまで言われて、ようやく二人は事の重大さに気付いたようだ。


「ルシアン様は、女をダメにする男なのです。あのような方が、モテてこなかったわけがありません。私たちは子供のように可愛がられているだけです」

「「……ッ!」」


 二人はルシアンが知らない女に愛を囁く姿を想像したのか、ぎゅうっと胸を押さえて悶絶していた。

 アーシェもできるだけ想像しないように、精神を落ち着かせていた。


 世間知らずの小娘達から見たルシアンは、あまりにも魅力的に映っていた。

 ふわふわの金髪に可愛らしい顔をしておきながら、元騎士の程よくたくましい体、穏やかで話しやすさを感じさせる優しげな瞳。

 理知的でありながらもここぞという時には、漢らしい苛烈さも持ち合わせている。そんな男が女遊びをしてこなかったはずがないのだ。

 であれば女性らしい肉付きのベルのお腹を殴っても、美しいウルスラを抱きしめても、強引に抱くようなことをしなかったのは納得できる。

 アーシェ達が恋焦がれて胸を焼かれるように想っていても、ルシアンは父のように娘と遊んでくれているだけなのだ。


「うぅ……くそっ悔しいッ……悔しいのにッ!」

「せんせっ……いやだぁ……せんせっ」


 ベルとウルスラはクソ雑魚だった。

 特にベルに関しては、本当に終わっていた。泣きそうに悔しいと言いながらも、興奮しているのかフーッフーッと息を荒くして、モジモジと腰を揺らしていた。

 ウルスラはいつもの小悪魔のような生意気さは失われて、モチコを抱きしめてそのもふもふに顔を埋めて泣いていた。


「もうっ! 二人ともしっかりしてください! 私にいい策略があるんです!」

「「ほんとうッ!?」」


 ルシアンを一方的に支配した実績があるアーシェの言葉に、二人はすがるように顔を上げた。

 アーシェはすっかり考察癖がついていた。ルシアンと関わり、二人からは報告会でルシアンのことを聞く中で『強者』とは体の強さで決まるものではないと気づいたからだ。


 体が強い者。

 脳が賢い者。

 心が強い者。

 愛が深い者。


 これらの要素を多く持つ者が『強者』と称されるということを理解したのだ。その結果、アーシェは師であるルシアンのような思考手順を踏むようになってしまった。


「……三人で協力してルシアン様を襲ってしまいましょう」

「「なっ!?」」


 そして愛が深すぎると人はこのように狂うのだ。


「ア、アーシェ? な、何を言ってるんだ?」

「そうだよぉ! そんなことしたら嫌われちゃう!」

 

 ベルもウルスラもイカれ狂い倒したアーシェの言葉に混乱しているのか、挙動不審になっていた。


「……ルシアン様はそれでも私たちのことを嫌いませんよ? 感じないのですか? ルシアン様は、私たちのことを間違いなく愛しています」

「……それは、あたしもそう思う」

「で、でもぉ……」


 アーシェはルシアンとマリーダより愛の深い人間を知らない。見ず知らずの他人で、奴隷の三人にここまで愛を注いでくれる人はいない。そしてそれはベルとウルスラもよく理解しているようだった。


「ただ、私たちはルシアン様の親愛だけではなく、情愛も欲しいのです! 多少強引な手を使ってでも、女として愛されたくないですか?」

「ルシアン様をあたしの……お、夫にしたい!」

「先生……じゃなくて旦那様……」

「ちなみに私は家ではあなたって呼びたいです……じゃなくて! 多少強引な手を使ってでも意識してもらわないと、いつまでも子供扱いのままということです!」


 危うく三人まとめて妄想の中に旅立ちそうだったところをなんとか堪えたアーシェは、二人に力強く語りかけた。


「あたし、やる……ルシアン様……いや、ル、ルシアンをあたしの夫にする!」

「……私もぉ! 旦那様にするぅ!」


 愛の狂人となったベルとウルスラは、脳内でルシアンを好き勝手にぐちゃぐちゃにしているのか、暗い笑みを浮かべてから真剣な声色で宣言した。


「……ですが今の私たちでは、ルシアン様を籠絡することはできません。ルシアン様の横に立つということは、強い女であり、ミーリス領をさらに素晴らしい場所にできる能力が必要です!」

「わかった……夫のために最高の女になればいいんでしょ? ルシアンが手に入るならなんだってやってみせるから!」

「旦那様に褒められ続けたいもん! それくらい余裕だよぉ! 旦那様を育ててくれた人も場所も愛せるもん!」


 ベルとウルスラの表情は、完全に女のソレへと変貌していた。その姿を目の当たりにしたアーシェも自身の口元が自然に歪むのがわかった。

 そこでようやくアーシェは妄想した。ベルとウルスラという姉がいて、伴侶であるルシアンがいて、何人もの愛する娘や息子がいて、のどかなラクシャクの地で幸せに暮らしている姿を。


(ルシアン様がいけないのですよ……私たちを勘違いさせるようなことして……今まではうまくやってきたかもしれませんが……私たちは逃しません。私たちの底なし沼に沈めて、ぐちゃぐちゃにしてあげます……)


「ミ……ミィ……」

 

 女の欲望にまみれた暗い笑みを見てしまったモチコは、プルプルと震えながら綿菓子のように丸まっていた。

 

 

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