第2話 男爵家嫡子



「ただいま戻りました。エドワード様。話したいことがたくさんあります」

「おかえりルシアン。積もる話はあると思うけどまずは夕食にしよう。そのときに話を聞かせてくれ」


 適性検査を終えたルシアンは『教育者』という適性について、負の感情を持つことは一切なく、むしろウキウキでミーリス男爵領都であるラクシャクへと帰還していた。

 エドワードとは、騎士となった十年という期間も毎年、文通でのやり取りを続けていた。

 領都の状況も聞かされていた。その度にルシアンは、力になれる時を楽しみに、騎士生活をやり過ごしてきたのだ。


「それでルシアン。適性検査はどうだった」


 エドワードと男爵夫人のマリーダと共に夕食を取りつつ、騎士時代の話を披露したルシアンは、適性検査について問いかけられた。


「『教育者』という聞いたことのない適性でした」

「まぁ! 先生に向いているということなの?」


 手放しに喜ぶマリーダの姿に嬉しくなったルシアンは、尚も続けた。


「おそらくはそうだと思います。知恵や知識を他人へ授けることに優れた適性だと。加えて動きや仕草なども合わせると、より効果が高いかと思います」

「その口ぶりだと、すでにいくらか検証しているかのようじゃないか……」


 饒舌じょうぜつになったルシアンの様子を、ジーッと凝視するエドワード。


「僕を運んでくれた馬車の御者ぎょしゃに、馬の扱いを教えたら喜んでいました。それで実際に乗って見せたら……さらに馬車の乗り心地がよくなりました」

「その御者が成長したというのか!? もしくは馬の方がか!?」


 にわかには信じがたいという表情をしたエドワードであったが、実際に王都から男爵領までは最低でも五日はかかると言っていた御者が、四日でここまで運んだのだ。


「あら、ルシアンは子供の時から優秀だったけれど、もっと優秀になって帰ってきたのね?」

「マリーダ様だいすきです」


 エドワードが厳しく愛してくれる父親なら、マリーダは甘やかして包み込んでくれる母親だ。


「私は愛してるわぁ。騎士になってラクシャクを離れるときに、あなたが母上と呼んだことを忘れてないのよ?」

「ボロボロに泣きながら、私のことも父上と呼んでいたな」


 二十五歳となったルシアンには、あまりにも恥ずかしい過去の思い出だったので黙り込んだ。

 しかし幼い頃にエドワードとマリーダの子供になれたのなら、どれほど幸せだろうかと何度も考えたのは事実だ。

 貴族ではあるが強烈な野心を持たず、民と成長をしていくことを、野心としているエドワードとマリーダの信念は尊い。

 戦争も終わったこれからの世では、ことさら引き継がれていくべき信念だと、ルシアンは思っていた。


「……それでその力の使い道は考えているのか?」


 エドワードは真剣な表情で、ルシアンの瞳を見つめそう尋ねた。


「はい。この穏やかでのどかな愛するミーリス領を、更に安定した——いえ、発展させるために、この力をふるいたいと思っています」

「……ふむ」


 エドワードはまだ言葉が足りないとでも言いたいのか、短く返事をして先を促した。

 

「もちろんこの力の使い道は、エドワード様の意志を正しく理解した上で、民と共に歩み成長していけるものであると約束します」

 

 エドワードが慈愛に溢れた人間であることを知っているが、同時に恐ろしくもあるのだ。もちろん良い意味である。

 エドワードはミーリス男爵領という小さな土地の領主ではあるが、それは戦争屋としての機能を放棄しているが故にである。

 平和な世が訪れた今、争うことでしか結果を残せなかった領主達は、今後の領地の在り方に苦しんでいくだろう。

 戦争がなくなってしまえば、戦士や兵士は行き場をなくすのだ。そのような者達とエドワードの間には、領地経営において必ず差が生まれてくるだろう。

 今までは戦争で成果を出すために、領地経営の多少の荒さは認められたかもしれないが、これからの王家は、民と共に発展を目指していく方針に変わるのだ。これは王太子が勝利宣言をしていた時にも語られていた。

 一体、エドワードはどれほど先まで見据えていたのか……そう考えずにはいられない。

 ルシアンを引き取り、騎士として送り出したことにも、何かしらの確信があったのではないかと思ってしまうのだ。


「ならば養子になることを拒むことはないな?」

「え?」


 このように恐ろしい人間なのだ。


「僕は元々孤児ですよ? それを男爵の……あ……」

「おや? ルシアンは血筋が大事なものだと考えているのか? では民とはなんだ? さっき約束したことは嘘なのか?」


 詰まされた……そう感じた。

 何が『教育者』なのか。何が『賢人』なのか。

 おそらくルシアンを引き取り、騎士として送り出した時点でこうなることは、エドワードの中でとうの昔に決まっていたことなのだ。

 いくら賢くなろうと、知恵の泉から知識や策が湧き出ようと、逃れられない未来だったといえる。


「どうなんだ? 養子になるのは問題か?」


 心なしかニヤニヤしているエドワードの表情に悔しくなる。マリーダに関しては口に手を当てて、笑うのを隠すことすらしていなかった。


「……ち、父上と母上の子になれて嬉しいです」

「うむ! そうだろう? よく言った!」

「ルシアン……いい歳してかわいいわぁ! もう一回呼んでちょうだい母上よ! 母上!」


 失礼なことを言いながら抱きついてくるマリーダを、抱きしめ返しながらルシアンは心の中で呟いた。


 ——長生きしろよ……クソオヤジッと。

 


 

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