第3話 奴隷教育
ミーリス男爵領は、セグナクト王国の北西部に位置する山と海に囲まれた小さな領地である。
領都ラクシャクを囲むように五つの村がある、人口六千人にも満たない、辺境の地とも言える。
したがってルシアンがミーリス男爵家の
「それで父上。一つ気になっていたことを聞いても良いですか?」
「なんだ? 私に実子がいない理由か?」
「父上は未来を見通す力があるのですか?」
「私は不能なのだ……なに?」
ミーリス家の養子となり数日の時が経った頃、ミーリス家の執務室では、ルシアンとエドワードが今後について話し合っていた。
そこでルシアンはずっと気になっていたことを聞いたが、返ってきた言葉の衝撃に吹き出しそうになっていた。
「その……すみません」
「……いいよ。私は人を見る目があるんだよ」
今度こそ欲しかった言葉が返ってきたルシアンは、少し驚きはしたものの納得していた。
ということは——
「ルシアンもバルドルもナイラも、その目に見出されたんだよ。でも逃げ出さなかったのは、お前達三人だけだよ」
バルドルとナイラは、ルシアンより早く保護されていた孤児である。二人ともルシアンとは仲が良く、兄と姉と言っても差し支えない。
特にバルドルに関しては、ルシアンの考えている領作りには必須の人物と言える。
「納得いきました。てっきり未来予知でもできるのかと」
「それほどまでに私が優秀ということだな」
その通りではあるが、まだ四十歳で若々しく男前にも関わらず、不能であるのはその目の代償なのかとルシアンは悲しんだ。
「それでミーリス領は高齢化に悩まされていると聞きましたが、どれほど深刻なのですか?」
聞きたいことを聞けたルシアンは本題へと入るべく、エドワードから自領の状況を聞くこととした。
「かなり深刻な状況だな。ミーリス領は田舎であるが故に、若者達は都会に流れていくということが続き、各産業の後継も育っていないということだ」
これは
歳を重ねた人間からすれば、ミーリスはのどかで穏やかな地であるため住みやすくはあるが、若者からすれば退屈な地とも言えるのだ。
そしてルシアンはこの問題を解消する方法を、騎士時代にすでに考えついていた。さらに自身の適性を知ったルシアンは、まるで運命のようなものさえ感じ取っていたのだ。
「父上——奴隷を買いませんか?」
「ルシアン……何か考えがあるのだろうな? 信用しているが、答えによっては……」
嫌悪感を隠そうともしないエドワードの姿に、この人が父親になって本当に良かったとルシアンは心の中で笑った。
奴隷——それは愚かな存在である。
これは奴隷となった人間が愚かなわけではなく、奴隷制度という制度自体が愚かなのである。
基本的に奴隷となる人間は、軽犯罪を犯した者、税を支払えず売られる子供や、親が養えなくなった者を売ることによって発生する。これは本当に愚かな事なのだ。
ルシアンは騎士時代に、数多の奴隷の姿を見て考えていたことがある。
『たった金貨数枚で売られているこの者達が、まともな教育を受けて、知性と教養を手にしたのならば、一体いくら稼ぐ人間になるのだろうか』と。
「父上が考えているようなことはありえませんよ? 僕はそんなに信用がないですか?」
「……話してみろ」
「僕が奴隷の借金を肩代わりして、やる気のある者に教育を
「なるほどな……それで働きながら借金を返したら、領民として住んでもらうというわけか」
ルシアンには退職金の金貨三百枚が手元にある。
そのお金で宿泊機能付きの教育施設を作り、奴隷を住まわせ教育を施す。技術や知識が身につき、働けるようになれば、自身を買い戻すのも早いだろう。
そうして領民を増やしながらも、領民の若返りにも繋がるというわけだ。
できればミーリス領に愛着を持って定住してもらいたいが、それも本人達次第ということにしておく。
「どうでしょう?」
「好きにするといい。バルドルの力も借りるのだろう? それと期間と人数だけ聞いておこう」
「ありがとうございます。まずは一年のうちに三人ほど。面談をして決めますが、どのような適性を持った者が好ましいなどありますか?」
「初めてのことなのだから好きにやりなさい。バルドルには私から言っておくよ」
はやるルシアンにもう仕事の話は終わりだと言うように、優しい眼差しでエドワードは言った。
「ありがとうございます! 父上!」
ルシアンはエドワードにあの地獄から救い上げてもらった。
そしてこのルシアンの策はエドワードの意志を継ぐこともできて、愛するミーリス領のためにもなり、ただ貧しいというだけで物扱いされる奴隷にも、人としての生活をする機会を与えられるのだ。
うまくいくかどうかを悩んでいる時間などない。
そのために不向きな騎士となって多くを知り、多くを学び、多くを救ってきたのだから。
ルシアンには裏付けがあるのだ。例え適性がなくとも騎士となって、強者達と打ち合ってきたルシアンには説得力がある。
密かに燃え上がっていたルシアンは、バルドルの顔を思い出して笑みが溢れた。
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