コンビニ弁当を頬張る俺と彼女だけの昼休み
ふてぶてしい猫
コンビニ弁当
「今日もいい天気だーっ!」
「……こんな曇り空でよく言えるな」
少し肌寒い灰色の曇り空の下。
立入禁止のはずの高校の屋上で、俺と
今すぐにでも雨が降りそうだったが、朝の天気予報では一日中曇りだと言っていた。
でも、俺は天気予報を信用していない。
「そう?私にとっては絶好のピクニック日和に見えるよ?」
そんな俺とは違い、彼女は嬉しそうに空を眺めていた。
彼女は、出会った頃から変わった人だった。
活発的な性格でポジティブ思考のツインテール少女というのが、俺の今も変わらない彼女のイメージ。
「俺にとっちゃ、この天気なら今すぐにでも教室に戻って読みかけの本を読んでる方がマシ」
「えー、雨の降りそうな曇りでもよくない?私は全然気にしないよ?」
彼女の薄茶色の髪の毛が、ふぅっと優しく吹くそよ風に揺れる。
そして、真っ直ぐに見つめる綺麗な黒色の瞳ともう片方の灰色の瞳にぼーっとした間抜けな俺の顔が映る。
「ほんとに見えてんのか?」
そんな彼女には、たくさんの秘密がある。
「見えてますー。もう、君ぐらいだよ?私のこと"そうやって"イジるの」
「イジって悪かったな」
「でも、全然良いよ。その方が、私にとって嬉しいし!」
淡いピンク色の唇の隙間から白い歯が見える。
可愛らしい笑顔を見せる彼女を横目に、俺は床に座り、持っていたレジ袋から弁当とジュースを取り出した。
「お前も早く食べろよ」
すると、彼女の顔がムッと不満そうな顔に変わった。
「お前って言わないでよ!私には、笹谷ユノっていうちゃんとした名前があるのに〜!」
「はいはい、ユノも早く食べな」
「そうそう、最初からそう言えば良いんだよ。それじゃ、隣、失礼するねー」
機嫌が良くなった笹谷は、レジ袋の中を漁りながら俺とギリギリ触れないぐらいの近さまで寄ってきて、隣にそっと座った。
相変わらずの距離感知らずの彼女だが、少し違和感を覚えた。
ユノからほんのり甘い匂いがしたのだ。
「……香水?」
その甘い香りは、普段の彼女からはしないフローラルな香りだった。
「あ、バレちゃった?へへーん、私ね、ついに香水デビューをしたんだよ!」
自慢げに胸を張ってニコッと明るい笑顔を見せるユノ。
ユノの着ているパーカーのポケットには、小さな香水が見えていた。
「やっぱり香水か」
「その反応…もしかして、私って臭かったの!?」
焦って自分の身体を見回す彼女に、俺は軽く笑いながら言った。
「いや、いつもの匂いより良い匂いだったから」
「なにそれ〜、その言い方だといつもの私が臭いみたいじゃん!」
「そんなことないよ」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ。あーあ、香水を使うなんて、ユノも大人になったんだね」
「なっ!?私がまだ大人じゃないって言いたいの!?」
「うーん、その身長じゃね〜?」
彼女の体は、俺の体なんかよりも小柄で少し幼さが目立つ。
しかも、休みの日に部屋に引きこもってゲームしている俺よりも白い肌であり、たまに心配になる。
「大人には、身長なんか関係ないんだよ!?大事なのは心!私が成長しているのかどうかは、私自身にしか分かんないんだよ!」
「はは、そうかそうか」
「なんで笑うの!?」
イタズラに笑う俺を真っ直ぐ睨む彼女の目。
「成長は、自分でしか分からないか…はぁ〜……」
俺は額に手を当て、肺の中の空気を全部出すように大きくため息を吐いた。
「どうかしたの?体調、悪い?」
「いや、なんでもないよ」
「そうなの?」
「俺のことよりも、さっさと弁当食べろよ」
「言われなくてもそうしますー」
彼女は、小柄故に少食だ。
口を大きく開けて食べることが苦手で、ご飯を食べるだけでも精一杯になっている。
「今日も〜大好きな〜竜田揚げ弁当〜」
「ほんとに好きだな」
「大好物だもん!」
彼女が取り出したコンビニ弁当の中には、ほぼ毎日食べていると言っても過言ではないほど見覚えがある竜田揚げが入っていた。
「私はこれをここで食べるために、わざわざ屋上の鍵を盗んだんだよ?」
「なんだその理由」
「別に変じゃないでしょ?理由にはなってるんだから」
ポケットから屋上の鍵を取り出し、見せびらかすようにして笑う彼女に、俺はため息とともに笑いかけた。
「変だな。気味が悪いほどにね」
「え?どういうこと?」
「さーね。じゃあ、俺も食べるとするか」
レジ袋の中から完全にぬるくなってしまったオレンジジュースを取り出し、一口、口の中へと流し込む。
「……やっぱ冷たい方がいいや」
「う〜ん!やっぱり今日もコンビニの竜田揚げはさいこだ〜!」
ジュースを睨みつける俺に対し、ユノは竜田揚げに目を輝かせながら頬を押さえて、嬉しそうに食べていた。
「そんなに美味いか?」
「うんっ!これは毎日食べたくなるね。一口、食べる?」
「そう聞いてくるってことは、また食い切れないんだろ?」
「う、うーん……半分は当たってるかな〜?」
俺は彼女が弁当を完食したところを見たことがない。
だから、「一口食べない?」と聞いてくるのは、「ちょっと食べ切れそうにないから食べて」という意味で間違いない。
「分かった。どれ食えばいいの?」
「えっと、竜田揚げを…一つ」
「え、良いのか?でも、それ好きなんだろ?」
「ちょっと、今日の大きくてさ、食べるのが大変そうだし…」
俺から見たらどれも同じに見えるが、彼女にとっては明確な違いがあるのだろう。
「あーん…ってしても良い?」
「え、えっ…?な、なんで?」
突然の彼女の提案に、俺は驚いてしまった。
「良いでしょ?別に悪いことじゃないし、私が君のために食べさせてあげるだけだよ?」
「……いや、俺が恥ずかしいんだけど」
さすがに食べさせてもらうほど、俺は彼女に甘える気はない。
「もぉ!良いじゃん!」
だが、断ることができなさそうだった。
「はいはい、分かった分かった……」
「じゃあ、口開けて?」
彼女は竜田揚げを箸でつまみ、俺の開けた口の中へと放り込んだ。
「……」
「どう?美味しい?」
「……ああ」
美味しいのは間違いないのだが、俺はそれどころではなかった。
俺は、気づいてしまったのだ。
ユノが差し出してきた竜田揚げは、ユノがさっき食べていたものだということに。
「なぁ」
「ん?」
「これって……」
俺が自分の口を差すと、ユノは俺が何を言いたいことが分かったのか、「あっ!」という声とともに気まずそうに話し始めた。
「ま、まぁ…え、えっと……どれも同じだし〜」
「いいよ、別に俺は気にしない」
「えっ…?き、気にしないんだ…そっか……でも、普通はそうなのかな?」
訳の分からないことで頭を悩ませる彼女の隣で、俺もなるべく平常心を保ちながら弁当を開けた。
「んー…」
「美味しくないの?」
「いや、いつも通りの味だなって」
だが、いつも食べているはずのコンビニ弁当なのに、今日はあまり美味しく感じなかった。
きっと、彼女からもらった後味が消えなかったせいだ。
「はぁ、お腹いっぱいだぁ〜」
「結構残してたけどな?」
「良いんだよー、君が食べてくれたからねー」
大の字になって屋上の床に寝そべる彼女。
その横で、俺はただぼーっとどんどん暗くなっていく灰色の空を眺めていた。
「あっ!忘れてた!」
突然、彼女が飛び起き、慌ててポケットから何かを取り出していた。
「あぁ、まだ飲んでなかったのか」
「危うく忘れるところだったよ〜、あはは、私ったらうっかり〜」
彼女の手には、小さな錠剤が見えた。
「毎回飲むなんて、大変そうだな?」
「もう慣れたよ」
普通に答える彼女を見て、俺は心が痛かった。
「ねぇ、薬飲んだらまた眠くなっちゃうからさ、昨日みたく膝枕してもらって良い?」
下から覗き込むように聞いてくるユノに、俺が断れるわけがなかった。
「……竜田揚げもらったお礼」
「ありがとっ!」
無邪気な笑顔を向けた後、彼女は少し苦しそうに薬を体の中へと流し込んでいた。
そして、だんだんと元気がなくなっていき、とうとう俺の膝に頭を乗せて眠ってしまった。
「はぁ、雨が降ったら…どうすれば……」
優しく呼吸をして眠る彼女の顔を見て、俺の頭の中で蘇ってくる。
それは、放課後、彼女と二人きりになったときに打ち明けてくれた"彼女の秘密"だった。
"私さ、こっちの目、見えないんだよね〜"
最初に教えてくれたのが、目のことだった。
初めてユノの灰色の目を見たとき、俺はカラコンを付けていると思っていた。
実際に彼女もクラスの人たちにそう言い回っていたのを何回も見てきた。
だが、彼女の言う通り、片方の目は何も見えていなかった。俺が試しに手をかざしてみても全く気づいていなかった。
"あと、体が弱くて脆いんだ〜"
彼女の元気な性格に対して、体はあまり丈夫ではなかった。
体育のときも、やる気は人一倍にあるのだが、それに体は応えてはくれなかった。
あと、よく怪我もしていた。
彼女の不注意がほとんどだったが、保健室で何回湿布を貼ってあげたか、もう覚えていない。
少食なのも、それが原因なのだろう。
"最後にさ、君にだけ言っておきたいことがあるんだよね。私の命はもう、あと少ししか生きていられないんだってこと。"
彼女が苦しそうに笑顔を作りながら言ってくれたことだ。
彼女に残された時間は、俺の何分の一にも満たないのかもしれない。
「はぁ…なのに、なんでそんな笑って生きてられるんだ?」
眠る彼女に問いかける。
「誰よりも苦しいはずなのに、お前はずっと笑っていた」
彼女は、俺が知り合った人間の中で、誰よりも強い人間だった。
笑顔を絶やすことなく、笑って過ごせる強さが彼女にはあった。
「一人で生きていこうとする俺は、お前がいたからこそ、寂しくなかった……でも、お前がいなくなるって考える度に、俺の心のどこかに穴ができる……」
俺の心の痛みなんかよりも、彼女の痛みの方が何十倍、何百倍も上だろう。
「でも、香水をつけたお前を…俺はまた、好きになりそうだった」
ユノのことは、出会ってから今まで、俺にとってヒロインのように輝いて見えた。
でも、絶対に好きとは認めたくなかった。
彼女に愛を示すことは、俺が彼女を縛りつけることに変わりないからだ。
屋上の鍵を盗んだ彼女を見て、俺はずっとそう思うようになっていた。
"彼女の自由を奪いたくない。"
この思いが、今までずっと俺の想いに蓋をしてきた。
「お前が、"あんなこと"を言ってくれたおかげで、俺は安心したよ」
彼女が言った「私が成長しているのかどうかは、私自身にしか分かんないんだよ!」という言葉に、俺は心から安心できた。
彼女は自分の体のことを誰よりも知っている。
たとえ先が短いとしても、大人へと近づいている彼女を見て、俺は嬉しかった。
「だから…このまま……大人になってくれよ……」
彼女のほんのり香る香水の匂いが、俺の体を震わせる。
いつか、彼女に言いたい。
俺はユノが好きだからこそ、ユノは自由に生きて、また二人で何気ない会話と一緒に弁当を食べようって。
どんよりとした曇り空の下、彼女の顔に二滴の雨が溢れ落ちた。
コンビニ弁当を頬張る俺と彼女だけの昼休み ふてぶてしい猫 @futbut_sineko
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