第43話 13.封印

ナオケンとカッチ、いずみの3人はひたすら暗闇の道を歩いていた。


3人はそれぞれ懐中電灯を持っていたが、3人が使っていたのは先頭を歩くナオケンの懐中電灯だけだった。


それはいずみの提案だった。


3人が向かう目的地までの距離だけではなく、今居る絵巻物の世界から出る出口を探す事を考え、懐中電灯の電池はできるだけ節約すべきという考えであった。


彼女の考えは冷静で正しかった。しかし、それを実行する事は決して容易では無かった。


なぜなら懐中電灯の一つの明るさは、思っているほど明るくなく、そして慣れない山道である。


視界の狭い暗闇の中で、平地でない山道をわずかな明るさを頼りに走る事は出来ない。


しかも、気持ちは焦り、気持ちばかりが先を行く。


案の定、福岡先生の元を離れ、歩き始めた頃、ナオケンといずみは道のデコボコや、木の幹に足をひっかけ転んでしまった。


いずみが転んだ後、ナオケンが思い切った決断する。


3人で並んで歩いていたのを、ナオケン、いずみ、カッチの順番で一列になり、そして決められた速度で歩く事にしたのである。


ナオケンの英断は、いずみを列の真ん中にした事である。


女の子であるいずみは、体力的にどうしても2人に劣ってしまう。


もし、いずみを最後方にして歩けば、彼女が疲れ遅れた時に、最悪はぐれてしまう可能性もあるからだ。


真ん中にする事で、それを防ぎ、運動能力に長けたカッチが3人のペースを監視する。


バラバラだった3人が、自然と一つのチームになれる歩き方をナオケンは選択したのだ。


気が優しいナオケンは、常に自分の後ろのいずみの速度を気にかけ、いずみが転びそうになったりすると、いずみの後ろにいるカッチが、転ばないようにフォローをいれる。


いずみは、そんな二人の優しさに感謝し、また自分の不甲斐なさを帳消しする様に必死に頑張った。


(不思議・・こんな怖い状況なのに、そんなに怖くない。二人が、仲間がいるから)


いずみは歩きながら、そんな事を思っていた。


それはナオケンとっカッチも口には出さないが、同じことを感じていた。


出発から2時間が経過した頃、3人が歩いて来た方向、後ろからバーンという花火玉がはじける様な大きい音が響いて来た。


3人は、思わず立ち止まり、後ろを振り向く。


爆音は響いて来たが、流石さすがに遠く、何処で一体何が起こっているのかは分からない。


『福岡先生・・』、いずみは、自分達を逃がした福岡先生の名前を呟く。


『テッカ死ぬな、福岡先生、加賀谷先生も誰も死なないでくれよ・・』


カッチが不安な声で、祈る様に呟く。


ナオケンは、何も言えずただ、爆音が聞こえた方角の空を見上げた。


ザザザッザザ・・ザザと、動く筈が無いと思っていたトランシーバーから雑音のいずが聞こえた。


いずみとカッチは、咄嗟に音の聞こえた方向を探す。


ナオケンも慌てて探すが、360度回転しても音が聞こえるだけで何もなかった。


『ナオケン、お前の胸だよ。胸』、いちはやく状況を理解したカッチが焦っているナオケンに、驚きながら指摘した。


『トランシーバーが鳴ってるよ』といずみも、ナオケンに教える。


『エッ、あ、お、おれか・・・』


ナオケンは、やっと状況を理解し、持っていた懐中電灯を地面に置き、胸のトランシーバーを片手に取った。


一瞬で懐中電灯の明かりが無くなった為、いずみも慌ててナオケンが置いた懐中電灯を拾いあげる。


気がつくいずみは、直ぐにナオケンには灯りが必要だと思ったのか、懐中電灯をナオケンに向ける。


『あれぇ、オカシイぞ、何も聞こえない、ノイズだ・・』


ナオケンがそう言おうとした時、トランシーバーが語り出した。


その声は、聴きなれたテッカの声だった。


『カッチ、聞こえますか?そっちに山姥やまんばが向かってます。』


『こちらテッカ、今すぐ、お祖父さんの瓢箪ひょうたんを開けて下さい』


『カッチ、聞こえますか?そっちに山姥が向かってます。』


『こちらテッカ、今すぐお祖父さんの瓢箪を開けて下さい』


トランシーバーから聞こえる哲也の声は、4度同じ事を繰り返し、そして止まった。


『カッチ、カッチ、聞こえたか?瓢箪ひょうたんだって・・直ぐに出せるか』


『山姥がこっちに来るんだって、とにかく、瓢箪を出すんだ』


『・・・いきなり、何言ってんだよ、何処にしまったっけ・・・』


突然の指令に慌てるカッチ、ナオケンも急かす事しか出来ない自分にヤキモキする。


『野田君、落ち着いて、こういう時は、探そうと思っちゃダメ』


『先ずは、リュックサックに入れたモノを全部出す事だけを考えて』


『私の指示に従えばいいわ、先ずは、その一番上にある小さい所から開けて・・・』


いずみが、慌てているカッチに落ち着かせる様にそう言った。


カッチは、素直にその指示に従い、リュックの上にあるそのポケットのチャックを開け、其処に入っているモノを取り出した。


其処にはカギや、御札が入っていて、先ず其れを取り出し、地面に置いた。


『ハイ、其処は終わり、次は、その横、右側のポケット開けて!』


いずみの声は優しく、決してカッチを急かさない。


いずみの指示に従い、3か所目のポケットからモノを出した時、カッチが喜びの悲鳴をあげる。


『あったぁ!見つかった。委員長、見つかったよ』


カッチが、小さい瓢箪を片手に持って、二人に見せようとした時、風を切る音共に奴が飛んできた。


『委員長、ライトをアイツに!、カッチ、瓢箪の蓋を開けるんだ!』


ナオケンは、二人にそう叫ぶと同時に、自分の持っているトランシーバーを飛んでくる山姥にむけ力いっぱい投げつけた。


いずみは、無我夢中で勘で懐中電灯の上空へ向ける。


一瞬、光に驚いたのか、飛行してきた物体は空中で静止した様な気がした。


パシィッーと軽い音が響く。


其処に、運よくナオケンが投げたトランシーバーが当たり、ほんの数秒山姥の動きが止まった。


『グッ・・誰・・』


山姥の声がそう言おうとした時、カッチがやっと瓢箪の蓋を開けた。



ポンと蓋が抜ける軽い音が響いたと思うと、飛んできた物体の上に、金色の糸が現れた。


物体に巻き付いているその金色の糸は、意思を持っているかのように、自分から瓢箪の中に入っていくように吸い込まれていく。


そして、先端が入ったと思うと、糸に巻き付かれた物体も引きずられて瓢箪の中に吸いまれていく。


山姥は必死に抵抗するが、その身体はユックリ確実に瓢箪の口に近づいていく。


『ギャアギャア~、何じゃこれは、ワシの身体が吸い込まれるぅ・・・』


『おのれぇぃ、人間どもめ、クソガキどもめぃ、許さんぞ、許さん・・・』


『ギィィイイイアアアァァァ・・・』


山姥の断末魔の悲鳴が消えた時、山姥の身体は完全に瓢箪の中に入っていた。


(克彦今じゃ!、蓋を早く、お前の持っている瓢箪の蓋を、口を締めるのじゃ)


糸の切れ端がほんの少し瓢箪の中から出てきた時、その声は聞こえた。


カッチは、言われるがまま、慌てて持っていた蓋を瓢箪の口に押し込む。


数分の間に、色々な事が起こり、自分達の置かれた状況を全く理解できない3人。


3人は、ほぼ同時に力なく、地面にひざまずく、まるで腰が抜けた様に。


呆然とする彼らの前を、少し強い風が吹き込む。


風が去った後、糸の端きれがユラユラと舞い上がった。


糸が舞い上がったと思うと、ある一定の場所でとまり、そして一つの形に変形した。


それは、透明な人間の姿をしていた。


カッチがその人物の顔をみて、堪らず泣き出してしまった。


『お祖父ちゃん・・お祖父ちゃん、お祖父ちゃん』


孫に呼ばれた初老の男は、優しい笑顔で孫の頭を撫でた。


(よくやったな、克彦、みんなもよく頑張ってくれた。ありがとう)


その一言だけを残し、お祖父さんは又逝ってしまった。


『みんな、あれを見て、明るさが戻ってきたわ』


いずみが指さした方角が、暗闇から薄明るくなり、そしてユックリと明るくなっていく。


まるで、魔法が解けたかのように、世界は色を取り戻していくようであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る