第41話 11.最期の笑顔
車のボーンネットに転がり、車のフロントガラスにぶつかった時、加賀谷一という男の精神が一時的に目覚める。
山姥によって支配されていた体が、外部から激しい衝撃を受けた事で、部分的に解放されたのであった。
(此処は、何処だ。オレは何をしているんだ)
不思議な感覚であった。まるで自分の身体と精神が別々に分離しているような状況であった。
車にぶつかり、身体は何回転した結果、偶然にも仰向けになった。
加賀谷の視界にも、漆黒の空が見えた。
物凄い音をたて、何かが自分に向かって来ている事が分った。
(車が動く音・・・物凄い勢いで向かってくる。・・・こりゃ数秒後に、牽かれるな)
加賀谷一は不思議とまるで他人ごとのような感覚でそう思った。
ぶつかると思った時、思わず左目を瞑った。
しかしそれは違った。
実は両目を瞑ったつもりであったが、瞑られたのは左目だけだったというのが正しい状況であった。
自分の思い通りにならない右目からの情報が加賀谷にも伝わる。
加賀谷の目の前に、バックしてくる車の後方が見えたと思うと、ものすごい勢いで自分にぶつかろうとしていた。
(あれは、オレの車だ。オレの車、誰が運転してるんだ・・)
加賀谷の精神はぶつかると、思ったが、気づけば自分の身体がそれを受け止めていた。
受け止められた車は、足掻くようにエンジンをふかしている。
しかし、それは無駄な様で、どんなにエンジンの音が高くなっても、加賀谷の身体を一歩も退かせる事はできなかった。
信じられない事に、気がつけば、加賀谷の腕と思っていたモノが、別の生き物のように変形し巨大になっていた。
そしてその両腕が、車をひっくり返したのである。
車は、まるでオモチャの車の様に、重力を無視して前に転がった。
ヴァン、ガシャン、ドドドッドシャン、弾けるような音と鈍い音が交錯する。
音と共に車の形は変形していく。その有様は無残の一言であった。
(あんな衝撃では運転手は、無事でいられるわけがない、誰なんだ・・死なないでくれ)
暫くすると、ベコベコにへこんだドアを蹴り飛ばして、なんとか運転手が自力で出て来た。
その姿を見て、加賀谷の精神は発狂した。
出て来たのは、血だらけになった女性、しかも自分が愛する女性だったからである。
精神体で頭を抱え叫ぶ加賀谷、すると、数秒遅れ、実体の身体も同じ姿勢になる。
『ギギギツ、ワシの身体を動かす奴は・・・誰だ』
加賀谷の身体で、声で、叫ぶ山姥の声が聞こえる。
(何言ってんだ、これはオレの身体だ・・・チキショー、何でオレの思い通りに動かないんだ』
加賀谷がそう思っていると、またユックリと自分の身体が意識とは別に動き出した。
身体は、ユックリだが車から這い出て来た福岡先生の方へ歩いていく。
(お前、うあ、ヤメロ、やめてくれ、止まれ、止まってくれ、動くな、動くなオレ)
加賀谷は必死に身体をコントロールしようと念じるが、心と体は裏腹に、歩くのを止めない。
焦りと、どうしようもない、無力感に襲われる加賀谷に突然誰かの思念が聞こえて来た。
(加賀谷先生、どうかワシの力を使って下され、そして孫とその友達たちを救ってくだされ)
その思念が聞こえた瞬間、加賀谷は突然体の感覚が自分に戻って来た事を感じた。
目の前には、頭から血を出している福岡先生が直ぐ傍にいた。
正に、加賀谷はギリギリのタイミングで山姥から自分を取りもどしたのであった。
『イヤッ、ヤメテ、こっちに来ないでよ』
福岡先生は、恐怖に顔を引き攣らせながら叫ぶ。
暴れる彼女を、加賀谷は仕方なく腕力で抱きしめ、そして出来るだけ彼女がケガをしないように方角を注意して遠くへ投げ飛ばした。
福岡先生は、投げ飛ばされた場所で転がり、一瞬自分を襲って来た筈の男の意図が分からず、困惑した表情を見せ男を眺めた。
男は、彼女を優しく見つめ、そして一言言葉を発した。
『福岡先生、どうか幸せになって下さい』
彼女がその声の主が誰なのかが分かったのは、男の悲しそうな笑顔を見た時だった。
男は、彼女の貸したハンカチに着火マンで火をつけ、片手に持ち、もう片方の手で給油口を開けた。
燃えたハンカチが、給油口目がけて落とされる。
彼女にとって1秒が、数秒に感じられた。
ハンカチの火がガソリンに引火し、爆音と共に男の身体は火に包まれたのであった。
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