第40話 10.鼓舞する歌、そして激突

トランシーバーへの呼びかけを終えた福岡先生は、加賀谷先生の車に乗り込んだ。


車にエンジンをかける。


音の無かった世界に突然エンジンの音が鳴り響く。


福岡先生は、自分の習慣にならい、車のガソリン量を確認する。


自分の車では無い為、ガソリンゲージを探すのに少しかかった。


(良かった。ガソリンは未だ半分あるわ・・)


(加賀谷先生、多分、この山の近くでガソリン入れたんだ・・)


福岡先生は、加賀谷先生の顔を思い出し、堪らず涙を零す。


『本当に私を置いて行ってしまったの・・・・バカッ』


ハンドルに頭をもたれかけさせ、悲しくなって、悲しみに目を背ける様に少し目をつむる。


『ダメだ、心がどんどん後ろ向きになっちゃう、未だダメよ』


福岡先生は、気を取り直すように自分にそう話しかけた。


(・・・・あの子達、何処まで行けたかな・・?)


ナオケン達3人が走り去ってから既に1時間半は経過していた。


(・・・そうだ、こういう時は、音楽の力を借りよう)


福岡先生は、自分の携帯をつけ、ダウンロードしてある楽曲のリストに目を通した。


(・・何か、元気づけられる曲がいいなあ・・・)


目に留まった曲の名前に、思わず苦笑いをしてしまう。


Power  明日の子供 渡辺美里。


『正に、一番ふさわしいじゃん』


曲を選択すると、ユックリと前奏が始まった。


声量と情感に溢れた歌手の声は、彼女を別の世界に連れて行ってくれるようであった。


自分の過去を振り返らせてくれる歌詞とリズムが彼女の心を落ち着かせた。


1番目の曲のサビの部分が来る。


遠い空、淡い恋 新しい恋生まれる


明日の~子供たちは~、風の中歩いていく


明日の~子供たちは~、まっすく歩いていく


その歌詞は、正に彼女への、いや彼女達への応援歌であった。


聞けば聞くほど、勇気が湧いてくるのを彼女は感じた。


感慨に耽る先生は、何だか嬉しくなって涙を零した。


『私って、本当に単純・・・バカよね』


最後のサビの部分が来る。


光の~子どもたちは、口笛を吹いている。


光の~子どもたちは、口笛を吹いている


明日の~子供たちは~、風の中歩いていく


明日の~子供たちは~、まっすく歩いていく


気がつけば、歌手の声に自分の声を重ねていた。


曲が終わり、福岡先生は静かに携帯のスイッチを切る。


静寂の世界が戻って来る。


『はあ・・・。』


深いため息をつく。


『ヨシ、来いバケモノ野郎!私たちを舐めた事を後悔させてやる・・』


低い声で、自分に言い聞かせる様に彼女は呟いた。


数分後、橋を渡る人影が見えた。


人影は二つ。一人が全力で吊り橋を走って渡ってくる。


その後ろからは、もう一つの影が追いかけている様であった。


彼女は咄嗟にライトつける。


後の大きい影は、ライトの光に驚き、一度小さい影を追うのを止め、立ち止まる。


しかし、小さい影は走るのを止めなかった。


影は近づき、それが少年である事に気がつくと、影は一度、車を叩き、叩かれたボンネットはドンと音をたてる。


それは、まるで彼女に向けた合図の様であった。


少年は、その場に留まらず、逃げる様に車を離れていく。


少年が居なくなった橋の上に、遅れてきた大きい影が現れ、車を目指して物凄い勢いで向かってくるのが分った。


普通の者であれば、いや平時の彼女でも、その迫力に負け、何も出来なかっただろう。


しかし、その時の彼女は違った。


右足の下にあるアクセルを全力で踏みつける。まさにベタ踏みだった。


彼女の怒りが、車に伝わったかの様に、ものすごいエンジン音と共に急発進する車が大きい影に向け疾走したのである。


狭い吊り橋を、車が落ちずに走って行く。


離れていた哲也にもそのドンという音が聞こえた。


鈍い大きな音が、その場に響いたと思うと、男の身体が車のボンネットに乗り、ガラスにヒビが入る。


車は、そのまま走り、橋を渡り切った。


渡り切った後、男の身体が、車から振り落とされる。


男は流石に起き上がれずにいた。


其処を目指して、車が物凄い勢いでバックしてくる。まるで止めを刺すように。


哲也には、何が起こっているのか、理解できなかった。

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