第39話 9.緊張の連続

哲也は、何度目かの呼びかけを終えた。


(もう、そろそろあの橋の近くに着いちゃう、みんな逃げてくれてるよな)


(・・逃げていて)


哲也の心には、正にその事しか頭になかった。


しかしそれは、哲也が友達を思いやる優しい子だった事だけでは無かった。


彼もまた自分の恐怖心と戦っていたのである。別の人を心配する事で、自分の置かれた状況を直視せず、受け流そうとしていたのかもしれない。


『佐上ぃ、未だか?カッチたち、全然、応答してくれないじゃないか?』


『先生、お腹ペコペコだよう。何でもいいから食べたいよ。』


後から加賀谷先生の声のアイツが、そう話しかけてくる。


『先生、もう直ぐだよ。オレ、此処見た事あるから・・』


加賀谷先生の声はどんどん大きくなり、それとは逆に哲也の声は低くなっていた。


『本当か?佐上ぃ、ウソついたら、先生怒っちゃうぞ』


『怒って、代わりにお前の事、食べちゃうぞ~。ハハハッ』


『冗談、冗談、冗談だぞ。イヒィッ』


加賀谷先生の声の男は、そう言い、歯の間からシィーと音をたて息を吸った。


『・・・、オレ、もう一度、』


哲也は、そう言いかけたが、その後言葉を続ける事が出来なかった。


もう加賀谷先生の顔を確認する為に、振り返ろうという勇気さえも無かった。


暫くの間、気まずい沈黙が続く。


後の気配が、音もなく、自分の身体に2,3歩近づいたのが分った。


『さ・が・みぃ・・』


その時である、哲也の持っていたトランシーバーから応答があったのである。


『佐上君、応答して、佐上君応答して、私、福岡です』


『OSU OSU 私以外の子達も此処で貴方達をまってます』


『私達は、吊り橋を渡った処に車を止めてまってます。』


『吊り橋は走ると危険だから、吊り橋をみても焦らずユックリと其処迄歩いてきてください』


『橋を渡ったら、直ぐに車に乗って下さい。繰り返します・・・』


福岡先生からの応答を聞いて、哲也は思わず声を出す。


『ヤッタァ、良かった。良かった』


『先生、聞こえた、みんながおれ達を待ってるって・・』


『オウ、そうだな、良かったなぁ・・』


『先生、もう腹ペコで、助かったよ・・』


『佐上、そんな事より、早く応答してやれ、応答が無いと思われて、別の場所に行かれたら面倒だ・・』


『早くしろ!』、声の調子は厳しくまるで命令する様であった。


『ハイ、スミマセン』と哲也は素直に応じて見せる。


『福岡先生、オレ佐上です。了解しました』


『橋は、もう直ぐ傍だと思います。』


『OSU OSU 言われた通り、吊り橋は注意してユックリ渡ります。橋を渡ったら、直ぐに車に乗ります。』


哲也は、2度同じ言葉をトランシーバーに呼びかけたが、それに対しては福岡先生は答えなかった。


『なんでだよ、福岡の奴、こっちからの呼びかけに対しては、どうして何も応答しないんだよ』


加賀谷先生の声が、不満そうに呟く。


『きっと、逃げる準備が忙しいんじゃないかな・・』


『逃げる?何からだよ?』


『・・・そりゃ、あの妖怪からに決まってるでしょ』


『・・・・・、おい、佐上、オレは一度も妖怪に会ったとは言っていないぜ』


『・・・』


哲也は、加賀谷先生の声の様子が変化した事に気がついた。


『佐上、後、気になってるんだが・・オマエ、トランシーバーで呼びかける時に、OSUって言ってるけど』


『さっき、福岡も同じ事を言っていたけど』


『どういう意味だ。オレ、聞いててわからんかったから、教えてくれよ』


『・・先生、それも忘れちゃったの?』


『OSUは、俺たちの暗号の号令、Oは、落ち着いて!のO、Sは、素直に!のS、Uは、頷きながら聞け!のUだって言ったじゃん!!』


『・・・・・・、そうか、そうだったな、わりぃ悪い、先生未だ、ボケーッとしてんだ、頭ん中が』


『大丈夫だよ、先生、みんなと会えば、元に戻るよ。早く先へ進もう、もう直ぐ傍の筈だから・・・』


哲也は、自分がついたウソがばれないように、なるべく平然に言う事を意識して演技したのであった。


それは、紛れもなく哲也の人生の中で一番の迫真の演技であった。


『急ごう、急ごう!』


そう言った加賀谷先生の声の様子が元に戻った事を感じ、哲也は心の中で喜んだ。


しかし、それをも悟られまいと演技を続けたのである。正に緊張の連続であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る