第38話 8.バラバラになった懐中電灯

『犬崎君、トランシーバーの声が受信できる距離は?』


福岡先生が、少し焦った様子で、ナオケンに聞く。


『・・・・確か、遮るモノが無ければ、1キロから4キロメートルって、説明書に書いてた』


ナオケンが自分の記憶を辿り、福岡先生の質問にユックリと答える


『1㎞だと20分・・・、4kmってことは80分』


『・・・・・』


『4kmって事は、・・・大人の足で歩いて1時間半ぐらい』


『つまり、佐上君の足だと2時間ぐらいかしら・・』


福岡先生はブツブツ独り言を呟く。


暫くして、福岡先生は考えをまとめた様子で自分の判断を皆に告げた。


『みんな、聞いて!もうそんなに時間がないわ』


『今から、君たち3人は車で来た方向を戻るのよ』


『あなた達も、アイツの足の速さを知ってるでしょ』


『直ぐに、出発して、できるだけここから離れなさい』


『先生は、どうするの?』


ナオケンが不安な顔で福岡先生に聞く。


『私は、此処に残る。アイツを向かい討って、佐上君を助けるわ』


『じゃあ、僕たちだって、先生と残って一緒に戦うよ!』


『・・オレも』


『私も先生と一緒に戦う・・』


カッチといずみもナオケンに同調する。


その時、3人の言葉を聞いていた福岡先生が低い声で3人に話始めた。


先生の声は、冷静で、まるで同世代の友だちと同等に話す様な口ぶりであった。


『いい加減にして!、私がどういうつもりで、あなた達に逃げろって言ってるか分からないくせに・・』


『いま、此処に皆が残れば、全滅するのよ』


『そんな事も分からないの?5年生にもなって』


そう言うと、福岡先生は幼い教え子達3人の顔を見渡し、一度下を向き、地面をみて呼吸を整える。


そして、再び語り始めた先生の声は、大きくなり、そして怒りと悲しみの感情があふれていた。


『野田君のお祖父ちゃんもアイツに殺された』


『加賀谷先生もアイツに殺された・・』


『あなた達も二人みたいにアイツに殺されたいの・・』


『アイツの思い通りに・・・』


『してあげたいなら、勝手にすれば良いわ、勝手にしろ、馬鹿野郎ども!!』


そう叫んだ福岡先生は、自分の怒りを抑えきれず、持っていた懐中電灯を地面に叩きつけた。


地面に叩きつけられた懐中電灯は音をたてバラバラになり、入っていた電池が地面に転がる。


学校では、見た事が無い、見る事ができない大人が怒りで叫ぶ声を3人の子供たちは初めて聞いた。


ショックで、いずみは涙を零し、ナオケンとカッチは涙は出さなかったが言葉を失った。


そんな3人の様子を見ても、先生の表情は変わらなかった。


先生は、地面に転がった懐中電灯を拾い上げながら、3人に更に言葉を続ける。


先生の声は、泣き声だった。


『・・・正直ね、あなた達がここから逃げたって、誰も助からないかもしれない』


『三人の中で、一人でもって状況なのよ・・残念ながら』


『私が、できるだけ時間を稼ぐわ、だから早くここから逃げて、お願いだからみんな逃げてよ』


『アイツの思い通りにはさせないで・・・』


先生の悲痛な泣き顔を見た生徒たちは、3人とも声を出して泣いていた。


先生の怒ったのが怖かったのではない、先生の気持ちが伝わり泣いたのである。


しかし、その時間は長くはなかった。再び、トランシーバーから哲也の通信が入る。


『早く、早く逃げるのよ、アイツが来る前に、佐上君の事は私に任せて』


トランシーバーの音を無視して伝える福岡先生の指示に、従わない生徒はいなかった。


3人の教え子は、泣きながらその場から走り去り、生き残るために目的地へ向かったのであった。


3人の後ろ姿を見送った福岡先生は、自分の持っていたトランシーバーを握り締め、一度応答しようかと迷ったが、おもいなおしたのか、胸ポケットにトランシーバをかけ直した。


そして、3人が走り去った方角に足を進める。


吊り橋を渡り、止まっていた車のエンジンをかけ、吊り橋の前に道を塞ぐように止めなおした。


『ああ、どうしてこんな事に首を突っ込んでしまったのかしら』


福岡先生は自問自答する様に呟いた。


彼女の頭の中に、一瞬加賀谷先生の顔が浮かぶ。


『仕方がないわね。自分が選んじゃったんだから・・』


その声には、悲壮感はなく、覚悟の響きがあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る