第32話 2.命を賭けたゲーム

紅い目玉が目の前を飛び去った後、かなりの時間を待ってから加賀谷先生が恐る恐る山道へ戻った。


加賀谷先生は、目玉が飛び去った方向を見て、戻って来ないと判断すると隠れさせていた5人に向け低い声で呼びかける。


『福岡先生、佐上、野田、犬崎、松本、もう大丈夫そうだ、出て来て良いぞ』


5人の中で、最初に加賀谷先生の元に走り寄ったのは福岡先生であった。


『危ない所でしたね・・』と福岡先生が加賀谷先生にホッとした顔で話しかけた。


『えぇ、佐上があの目に気づかなかったら、又、もしあのまま吊り橋を渡らず、車の中にいたらと思うとゾッとします』


『佐上、大手柄だぞ!』と加賀谷先生は、思い出したように哲也を褒める。


『テッカよくやった』


『佐上君、お手柄よ』


『テッカ君、ファインプレー』と他のメンバーも皆次々と哲也の事を褒めた。


『イエ・・たまたまです、加賀谷先生こそ、凄いです』


『しっかり指示をしてくれて、先生の指示が無ければオレは何もできず、橋で立ちつくしてました』


『・・オマエ、ちょっと出来過ぎだぞ、小学校5年生だろ・・もっと素直に喜べよ』


加賀谷先生が、哲也にそう返すと、6人は一斉に笑った。


皆の笑いが収まったところで、加賀谷先生が福岡先生に一つの事を提案した。


『福岡先生、一つ提案ですが、此処でメンバーを二つに分けたいと思うのですが・・どうでしょう?』


『二つ、どうして分けるんですか?』


『結論を先に言うと、危機回避りすくへっじです』


『先生!リスクヘッジって何ですか?』


ナオケンが、横で聞いていて、直ぐに加賀谷先生に質問する。


『犬崎、お前、ちょっと待ってろ、今福岡先生とオレが相談してんだから』


『ハイ、スミマセン・・』


『・・・後で説明してやるから・・』


加賀谷先生は、ナオケンにそう言うと福岡先生に話を続けた。


『この先、真っすぐ行けば、多分十中八九じゅっちゅうはっく、アイツが待ってます』


『あの目玉の大きさを見ると、相手の身体は、想像以上に大きいか、大きくなれると考えた方が良いと思うんです』


『そんな処に、皆が揃っていけば、一網打尽というか、相手にとってみれば、私達が一緒にいた方が・・』


加賀谷先生がそういうと、福岡先生がそれに続くように言葉を続ける。


都合つごうが良い・・』


福岡先生の理解が正しいという様に、福岡先生の言葉を聞いて加賀谷先生が頷く。


『分かりました!それで、加賀谷先生はどの子達と、私はどの子達をみればイイの?』


流石さすがは、福岡先生、話しが早くて助かります』


福岡先生の同意を得て、加賀谷先生はメンバーを二つに分けた。


先行部隊として、加賀谷先生、哲也、カッチの3名。


後方部隊として、福岡先生、ナオケン、委員長の3名を指名したのである。


そして最後に加賀谷先生の仮説にともなう作戦を皆に説明した。


『オレの考えでは、此処はあの登って来た山に似ているが、あの山じゃない』


『此処は多分、燃やそうとして、燃えなかった紙の中の世界だと思う』


『じゃあ、俺たちは何をすればいい?犬崎どう思う?』


加賀谷先生が、まるで授業中に生徒に質問するようにナオケンに聞く。


『・・・・山姥を倒す・・』


『まあ、結果的にはそうなると思うけど』


『野田は?』


『山姥を捕まえる、封印する』


『・・・まあ、どれも外れじゃないんだけどな』


『最後、佐上、お前はどうだ?』


『・・燃やす』


哲也が、ドキドキしながら答える。


『そう、燃やす、何を?松本』


『・・この世界で、山姥を燃やす』


『そう、その通り』


『何らかの力で、俺たちの世界で、絵巻物に火をつけようとしたが火はつかなかった』


『外から火をつけてダメなら、今度は中からさ、やってみる価値はある』


『アイツはさ、多分俺たちが、絵巻物を燃やそうとしたから、仕方なくこの世界に吸い込んだだと思う』


『つまり、オレたちも相手の縄張りに引き込まれたから窮地きゅうちなんだけど、それは相手も一緒』


『先行部隊の、オレと野田、佐上がアイツに火をつけ、そして逃げかえる』


『もし、俺たちが成功すれば、後方部隊は、オレたちの掛け声と共に、先に逃げる』


『失敗した時は、後方部隊がおれ達の作戦を引き継いでもいいし、ダメだったら逃げりゃいい・・』


『その時の指示は、オレが出す、もしおれが出せない状況であれば、先行部隊の誰でもイイから、判断すればいい』


『まあ、簡単に考えようぜ、ゲームだよ。山姥あいつに火をつけ、逃げる。逃げきれれば俺たちの勝ち』


『逃げるって何処にだよ。先生?』


『多分、俺たちが最初に居た場所が、俺たちの本当の世界に一番近かった筈だ』


『あの場所まで戻れれば、きっと出口がある筈だ・・』


加賀谷先生が、そう自分の仮説と作戦を説明すると、皆は暫く黙ってしまった。


『先生、オレも先行部隊が良いよ。カッチとテッカと一緒がイイ』


『犬崎、そりゃダメだな。お前は、後方部隊だ』


『どうして、先生、なんで俺だけ後方部隊なんだよ』


『野田は、うちのクラス一足が速い。佐上は、サッキの様に目が良くて、機転が利く』


『じゃあ、俺には良いとこ無いのかよ。・・・だからオレを連れていかないのかよ』


『ば~か、お前が男の中で一番勇気があるから、俺たちがいないときに、松本や福岡先生達を守ってくれるっていう判断だよ。オレはそれだけ、お前を見込んでるだぞ』


『・・・先生のバカ!この大馬鹿!』


『そんな事言われたら、断れねぇじゃねぇかよ、クッソ・・』


気がつけばナオケンは、悪態あくたいをつきながら泣いていた。


『縁起でもねえ、泣くなよ。松本と、福岡先生をしっかり守ってくれよ』


加賀谷先生は、そう言って教え子の頭をそっと撫でた。


カッチと哲也もそれぞれ、残されるナオケンに声をかける。


それを横目に見ながら、加賀谷先生は、思い出したかのように、福岡先生に話しかけた。


『福岡先生、山姥の腕を掴んだハンカチ、よければ私に貸してくれませんか?』


『何ですか?急に。アレ、山姥の何かがついてるかもしれませんよ』


『いや、お守りみたいなものです。あのハンカチを持ってれば、勇気100倍・・見たいな』


『嫌ですよ・・』


『アッ、そうですか、じゃあ、仕方が無いなぁ』


加賀谷先生は、残念そうに呟いた。


そんな表情をみて、福岡先生が自分のリュックから一枚のハンカチを出す。


『これなら、洗ったばかりです。お気に入りのハンカチなので絶対に返して下さいね・・』


『絶対ですよ』と福岡先生は、励ます様に大きな声を加賀谷先生にかけた。


『ハイ、必ず戻って来て、返しますね!』


数分後、泣いていたナオケンが落ち着くのをまって、加賀谷先生が声を上げる。


『ヨシ、試合開始だ。先ずは俺たちが行きます。何かあればトランシーバーで連絡します』


命を賭けたゲームの始まりだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る