第29話 9.カッチの秘密兵器

福岡先生が車に乗る頃、福岡先生に蹴られて倒された男は立ち上がっていた。


右手の方の部分を押さえているのを見ると、相当痛いらしい。


『福岡先生、あれは何をしたの?』


いずみが息を切らして戻って来た福岡先生に聞く。


『私ね、ハンカチに水に浸した後、その上から大量に塩を振りかけていたのよ・・』


『病院で、佐上君が塩がついた手で、相手を掴んだら、苦しんだって言ってたじゃない』


『普通の人には、効き目が無いから、不思議がられても、謝ればいいじゃない』


『ゴミじゃありませんでしたとか、見間違いでした・・・とか』


『妖怪と人間を見極めるには、丁度良いかなあって・・』


『福岡先生、頭良い!』


いずみが賞賛する様に言った。


『‥‥やっぱり、それだったらオレの秘密兵器も・・』


カッチがひとりごとのように小さい声で呟くと、自分の持って来た大きいリュックから何かを取り出そうとした。


『カッチ、何してんだよ』


『オレな、祖父ちゃんの仇を取る為に、オレなりに考えたんだよ。結論は、福岡先生と一緒』


『水鉄砲さ!、弾となる水は、お清めの塩タップリの塩水』


『野田、水鉄砲なんて、届く訳ないだろう・・・』


『チョロチョロした水なんて、焼け石に水みたいなものだ・・止めとけ』


カッチの言葉を横で聞いていた加賀谷先生が、少しあきれたように言う。


『先生、窓開けるよ!』


カッチは、加賀谷先生の言う事を無視する様に、そう言うと窓を開けた。


『何だカッチ、その銃は、カッチョイイ!!』


ナオケンが、感嘆の声を上げる。


カッチが、取り出した水鉄砲は、まるでヒーロ戦隊が使う様な、スナイパーが使う様な長い水鉄砲であった。


窓を開けたカッチが身構え、立ち止まっている男に銃口を向け、引き金を引くと、機関銃の様に水が連射された。


男は、最初無防備にそれを受けたが、一発右肩に受けて理解し、表情が一変する。


『ギャ~、何だこの水は、焼ける様に熱い・・』


『・・・そうか、塩か、あの女もそうだが、塩を使いやがったな!』


『このクソがぁ、クソガキめ、人間達の分際でワシに・・・』


大きい声で、男は叫び声をあげた。


その声は、車の中に居る6人にもしっかり聞こえる大きな声であった。


男の表情が怒りに変わり、化けの皮がはげ、その顔は老女の顔に変わった。


口は裂け、鋭く、長い二本の牙も現れる、たまらず山姥は正体を現したのである。


『先生、車を出して!アイツのもっと近くに、祖父ちゃんの仇はオレが取る!』


『・・ワカッタ、しかし、スゲエな、今の水鉄砲って、オレの子供時代、無かったぞそんなモン』


『私知ってます、今の水鉄砲って、電池を入れて、自動で乱射できるモノがあるんですよ』


福岡先生が加賀谷先生に、説明する様に言う。


『・・高いですよね、そういうの・・』


『・・・それが、ドンキだと、4,000円ぐらいで・・』


『ゲェッ、今の子供って、昔のオレが見たら、羨ましがるだろうな』


そんな言葉を呟きながら、カッチに指示された加賀谷先生は、車のアクセルを踏み山姥に近づいた。


山姥も、自分の劣勢に気がつき、山奥の方へ逃げ出した。


山姥の逃げ足は速く、直ぐに6人の視界から消えそうな速さであった。


『佐上、野田の身体はお前がしっかり押えてろよ!スピード上げるぞ!』


加賀谷先生は、真ん中に座っていた哲也にそう指示をし、アクセルを全力で踏む。


車が急加速し、逃げる山姥の後ろ姿が視界に現れた。


『加賀谷先生、そんなにスピード上げて、大丈夫でえすか、私怖いです。』


助手席の福岡先生が、半分叫び様に言う。


『バケモノめ逃げれると思うなよ、日本車の4駆を舐めるなよ!!野田ぁ、撃て、撃て、撃ちまくれぇ!』


『ウォウッ、加賀谷先生もカッチョイイ!ヤレヤレ!』


日頃温厚な加賀谷先生が、既に興奮状態、それを見たナオケンが火に油を注ぐ様に声援を送る。


『カッチ君、ガンバ!』


いずみもカッチに必死に声援を送る。


哲也はそれどころではない、カッチを助ける為、必死にカッチの身体を両手で抑える。


カッチも山姥に弾を当てるのに、夢中ですこしづつ窓から身を乗り出していくからである。


カッチの撃った弾(水)が、再び逃げる山姥の背中に当たると、山姥は苦しみの声を上げた。


すると、山姥は2足を止め、手をついて低い姿勢になり、逃げ始めた。


その姿はまるで手負いの獣が、必死に逃げる様子そのモノであった。


しかし、逃げる速度はケガの為か少し落ちた。


これは、直ぐにとどめが刺せると思った時、カッチの攻撃が止まった。


『アッ、クソ、水切れだ。120発、撃ち切っちゃった・・・』


悔しそうなカッチの声が聞こえた。


『・・・佐上、野田を引っ張れ、野田、座ったら窓閉めろ・・』


カッチの様子を聞いた加賀谷先生は、そう言うと車の速度を緩め始めた。


それにともない、やまんばがすこしずつ見えなくなる。


『野田、未だ補充する水はあるのか?』


車を止めた加賀谷先生が、カッチに確認する様に言う。


『スイマセン、もう無いです。夢中になりすぎて、撃ちすぎちゃいました。クッソ、オレのバカ』


『いや、上出来だよ。スゲェ理想の先制攻撃だったぜ、多分相手ブルってるぞ』


加賀谷先生は、カッチを褒め、そして励ます様にそう言った。


『先生、先制攻撃したのは、福岡先生だよ。先生が攻撃したから、まさにセンセイ攻撃!、ナンチャッテ!!』


ナオケンがワザとボケる!!


『そうだな、福岡先生、野田のお蔭で、相手は手負いだ』


『これでアイツも、迂闊うかつに攻撃をしかけて来れなくなったかもしれん』


『だけど、皆気を付けるんだぞ、窮鼠きゅうそ猫を噛むっていう言葉がある』


『先生なんですか、その言葉は?』


ナオケンが直ぐに加賀谷先生に質問する。


『追い込まれると、ネズミでも逃げずに猫に噛みつくって事さ、狂暴きょうぼうになり、いつも以上の力を出しちまう』


『今やった俺たちの先制攻撃は正にソレ、エサにされそうになったネズミの俺たちが奴に噛みついたのさ』


『妖怪退治だと、難しそうですけど、猫退治だったら、オレたちにもできそうですね』


哲也は、皆を鼓舞する為にそう言った。


『そのいきよ』と福岡先生も言う。


『ヨシ、猫退治に出かけるとするか!


加賀谷先生は、自分の教え子たちに向け声をかける。


『ハイ!』


4人の生徒が力強く返事をしたのを確認すると、先生は再び車を動かし始めた。


山姥が逃げた方向に、6人は勇気を出して再び追いかけたのである。

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