第29話 体質と気分
気分の落差というのはジェットコースターのように激しくなく、振り子のように緩やかな緩急で生じるものだ。
アニマルセラピーによって多少落ち着いた気分は、会場に近づく程ゆっくりと上がり下がりを繰り返し、やがて最低位置で停止した。
容赦なく照りつける日差しは湿気など含まず、地上を焦がすような渇いた熱を発している。
窓ガラスや道路に引かれた真っ白な線が目に突き刺さるような眩しさを纏っており、私の視界は八割ほどが白く、うっすらとした建物の輪郭や色味を捉えるのみである。
流石に、通夜の席でサングラスの装着はできない。昨今は医学の進歩やら情報発信の加速によって様々な病気、体質が広まってきたが、理解には程遠い。
視界が真っ白で何も見えない時でも「こんな時くらいは外しなさい」と言われることが多いし、茶化す人もいるわけで……私はもはや諦めているのだ。
雨の日や気圧、気分の浮き沈みによって普段平気な屋内でも目を開けられないことがあるし、できるなら外さずにいたいが、絡まれる要因を作りたくはない。
そう考えると、中学まで過敏症に気付かず裸眼で過ごしていた頃の体調不良の多さも納得である。サングラスしていても体調を崩す頻度やら眩しくて目を開けられないことも多いので、当時は本当に大変だった。
先天的な体質故に、当たり前なそれらが「過敏症」と知った時、「だから仮病を疑われてたのか……」とすごく複雑だったのは印象深い思い出だ。
ーーそんな話はさておき。
私は力が入らずフラフラとする身体を叱咤して車から降り、ゆっくりと会場入り口まで歩く。
母はスタスタと先を行き、受付をしている人達に挨拶をしていた。弟は私の後ろでのんびりと歩いている。
「よろしくお願いします」
私は弟と共に頭を下げて、会場内に足を踏み入れた。
「はー……しんど」
「体調的に?」
「体調とメンタル」
「なるほど」
弟は心なしか強張った表情で会場を見渡した。私たちに気づいたリュウやカン姉、そして姪っ子たちは棺の前をうろうろとしている。そこに伯母夫妻の姿はなく、ほっとした。
ノロノロと近づいてきた私たちに、リュウは「サクラ、大丈夫?」と声をかけてきた。
声を顰めて、そっと表情を伺うリュウに「ん、大丈夫」と返答するが、眉を顰めて「体調悪そうだね」と指摘される。
「いや……まあね」
「リュウー、サクラ熱あるみたいだから」
私は言葉を濁したが、母はそう言って私の背中を撫でる。リュウは驚いた表情だ。
「まじかー。ごめんな」
「いや、リュウ達は悪くないじゃん。いいよ、大丈夫」
申し訳なさそうなリュウに、こちらも申し訳なくなる。
そんなやりとりをしながら、私は弟と揃ってじいへ線香をあげた。
これ以上話が拗れませんように……。
じいは神様ではないけれど、そんな祈りを捧げてさっと棺の前から退こうとすると、背中を大きな手のひらでポンと叩かれる。
振り向けば、伯父が立っていた。
「サクラ、ごめんね。俺寝てたからさー」
唐突にそう告げてきた伯父に驚きながらも、私は「いや……大丈夫」と返す。
流石に旦那さんに向かって奥さんの文句を口にすることは憚られた。
そもそも、現在視界がほとんど白いのだ。席について一息つきたいところである。やはり、私はストレスやら気分で症状にムラがあるようだ。
普段ならもう少し視界良好なのだが……。
とりあえず、伯母は近づかないでほしい。今近づかれたら、体調不良も悪化するので。
じいの葬祭 四季ノ 東 @nonbiri94n
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