第23話 欲しい言葉
暗い車内でスマートフォンを触って母にメッセージを送る。漢字変換する気力も無く、「発作起きたから、帰る」とだけ打った。
熱ぼったい目をぎゅっと瞑り、ハンドルにもたれ掛かって息を吐く。バクバクとうるさい心臓を鎮めるように、何度も深呼吸をした。
先程まで気づかなかったが、体の節々に痛みがあり、重だるさを感じていた。おそらく、発熱しているのだろう。高熱でなくとも、七度五分以上八度未満といったところか。パニック発作の後は大抵熱が出るため、感覚でわかった。嫌な慣れである。
ーー十分といわず、すぐに帰ればよかったな。
思いのほか長い時間感覚に苛立ちながら、私は暇を潰すべくメモアプリを開いた。
車に乗ってから数分も経たずに落ち着いたため、暇なのだ。昼間に書いていたエッセイを眺め、夜からの出来事を箇条書きでメモする。ほのぼのとしたエッセイにする予定だったが、まさか身内のもめごとを体験して書くことになろうとは思わなかった。
酸欠の名残が、低血糖になったのか、指先が酷く震える。家に帰って寝た方が良さそうだ。そういえば、完徹なんて初めての体験ではないか。
これは運転に気をつけないと危ないな。
目頭を抑えながらそう思った。
更に数分が経つと、会場の扉を開けて弟とばあが向かってきた。
弟はばあの背中をそっと支えており、ドアを開けて乗車の補助をしている。
ばあはドアを開けてすぐに私を見て「大丈夫なの、サクラ。あんまり気にすんなよ」と声をかけてきた。
「あんた何にも悪くないんだからね。泣くなよ。じいが悲しむから」
「ん」
泣き過ぎた影響で声が出しにくい私は一音だけ出して頷く。それになっとくしたのか、ばあは席に座り込んでため息をついた。
すると、乗り込んだ弟が私の後ろを指さしてくる。それに従って振り向くと、運転席側に伯母が立っていたのだ。
なんで居る?
率直な疑問だった。ぞわわわと鳥肌が立ち、不快感が鳩尾から広がる。
「サクラ、ごめんや。さっき嫌だったんでしょう? おばちゃんが全部悪いからね」
私は固まったまま伯母を見つめた。
伯母が悪いのはわかりきってることだから態々言わなくてもいいんだが。
拗ねたように告げられたその言葉は、本人が納得してないと察するには十分である。納得してないのなら口にしないでほしい。口にしてほしいのは「お母さんを悪く言ってごめんね」という謝罪の一言と反省の言葉である。
「おばちゃん嫌い? 嫌になった?」
ーーバカじゃないの……?
先ほどの惨状で学ばなかったのだろうか。普通距離置くだろう……。
なんだか、全ての感情が一瞬にして無になる。怒りだとか、悲しみだとか、そんなものも湧かない。
それより、言う事欠いて泣かせた姪に対する一言が自分を嫌ったかどうかなんてデリカシーに欠けるだろう。無論、接すると体調が悪くなる程の好感度である。確認するまでもないだろうに。
しかし、面と向かって嫌いと言うのも憚れるし、かん姉やリュウのいる前で肯定するほど人でなしではない。二人にとって唯一の母親である。そんな鬼畜なことはしたくない。
私は断腸の思いで首を横に振ることしかできなかった。言葉で否定するには、伯母のやらかしたことが衝撃すぎてできやしない。
すると伯母は嬉しそうに「嫌いじゃない? そっか、ありがとね」と返してきた。
あんまりにもあっさりし過ぎていて、唖然とするが、私は無言でエンジンをかける。
結局最後まで声をかけることはなく、私は二人を乗せた車で家に向かったのだった。
「なんで最後に声かけたんかね?」
「マジでそれな」
暗い車内で溢れた弟の言葉に私は食い気味で返したのだった。
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