第15話 子供の意見


 外はむわりとした湿気があり、暑さと相まって不快感を煽る。会場内はすずしかったため、一瞬でレンズが曇った。

 私は視覚過敏故に、常日頃サングラスを身につけているのだ。

 あれほど騒がしく感じていたが、外に出ればそうでもない。むしろ、静けさが私の心をざわつかせた。

 街灯もなく、暗い視界。会場正面に車を停車させていなかったら、昼間と夜の景色のギャップで迷っていたかもしれない。

 憂鬱な気分のまま運転席側のドアを開け、乗り込む。

 つい数秒前に抱いた安堵は、霧散していた。気分の浮き沈みの激しさに、倦怠感を自覚する。

 母は、すっかり普段通りの表情で電子タバコを吸っていた。この数分のうちに、気分を落ち着かせたらしい。しかし、なんとなく不機嫌なのは感じ取れる。

 私も、普段通りを装いながら口を開いた。

 「そんじゃあ、車出すよ」

 「ごめんねサクラ。ばあ起きてきたんじゃない?」

 「起きてきたけど、今リュウとかん姉が詳細を説明してると思う。二人共、伯母さんに怒ってたし」

 慎重に車を動かし、車道に乗り出す。この島は野良猫が多いため、轢かないように十分に気を配る必要がある。動物好きの私は、運転する都度周りを警戒しているのだが、より注意が必要なのだ。以前、目の前で車に轢かれる猫を見かけて以来、その用心深さは異常とも言えるほどに。

 とはいえ、警戒するにこしたことはないだろう。

 「はー……じいがこんな時にこうなるとは……」

 「私、途中から……というか、お母さんがキレたとこしか知らんからよくわかんないけど、伯母さんが悪いって二人は言ってたよ」

 「そうなの」

 「うん。めっちゃ怒ってた。私もなんでいきなり離婚の話出てきたん? って思ってたし」

 そう言えば、母は「だよね!?」と大きな声で反応した。

 「なんでいきなり離婚の話になったのか理解できん。関係なくなかった?」

 「いや、はじめから聞いてないからしらんけど」

 そう答えた私に、母は「着いたら教えるわ」と真剣な顔で言った。私は母を送り届けた後に戻る予定であると告げれば、車から降りる前に聞かせるとのことだ。

 聞きたくない気持ちと聞きたい気持ちで複雑だった。

 事態はいつも、私が知らないところで急展開を迎える。もはやそういう星のもとに生まれたのだろうかと疑うほどに、私はタイミングよく居ないことが多い。その分、言いたいことも言えない状況であるが。

 後から聞かされて思うことは「その場に居なくてよかった」と「なんでそこに居なかったんだ」の二種類であるが、私の場合、圧倒的に後者が多い。終わったこととして聞かされると、それ以上どうしようもないのだ。

 その場に居て何かできるのかと言われれば、できないのが正直な答えだが、「できない」のと「できないけど行動する」は全く違う。子供には子供にしかできないことがあるのだ。

 偏見であるが、大人は子どもの意見を無視しがちだと思う。よく親のケンカや揉め事で話し合う時、大人が「子供が口を挟むことじゃない」と言う場面がある。私がその言葉について思うのは、自分が同じことを言われて納得できるのか、という点だ。

 小学生までならその言葉に納得がいくが、中学、高校生くらいの子供にその言葉が通用するかというと、そうではないだろう。そもそも、子供が口を挟まざるを得ない状況にしてしまったのだと大人は理解するべきだ。子供だからと意見を口にする場を奪ってしまえば、ストレスが貯まる一方であるし、子供の感情を無視した対応になりかねない。

 「子供だから」と言う人間は年齢で判断していない。立場で判断しているのだと思う。子供が成人しても「子供は関係ない。これは親の問題だから」と言葉が付け加えられる。私は成人して数年だが、未だ言われるのだ。成人して初めて「子供だから口出すな」と言われた際、腹が立ってしょうがなかった。ならば、その子供が口出す環境を作り出さないでほしい、と声を大にして言いたいほどに。

 因みに、当時私にその言葉を言い放ったのはばあである。大学の夏季休暇で帰省したとある日、母がちょうど席を外していた時のことであるため、存分に言い返した記憶がある。確か、じいとばあの今後について話していたと思う。それがどうして、そんな発言につながったのか覚えていないが……。

 そんな事をつらつらと考えていると家にたどり着いた。

 敷地に入らず、家の前の道に停車させて母の話しを聞くことにした。話を聞いた後、会場に戻って伯母の言い分を聞かなければ公平な判断ができない。もしかしたら、両者の間で認識が食い違っている可能性がある。

 何が原因で母がキレてしまったのか知らないことには、事態の解決は望めないだろう。

 伯母が思い込みの激しそうな性格であるのは今回の帰省で実感したし……。

 私は、父方の実家に置いてきてしまった愛犬チワワ(オス、二歳のおバカ)に会いたい衝動を抑えながら、話を聞くべく意識を母の声に向けたのだった。

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