第14話 束の間の安堵


 どうすればいいんだこれ……お母さんを連れ戻すか? いやでも、今冷静に話せる感じじゃ無いしな……。

 私は痛みを訴える胃を抑えながら悩み、一旦母を家に送ることにした。

 壁際のテーブルに置いていたバッグを手に取り、中身を確認する。リカコさんから借りたミニバンを運転するため、免許証を忘れてはならない。

 涼しい会場内にいるはずなのに、背中を伝う汗が止まらなかった。

 「……とりあえず、送ってくる」

 「うん、わかったよ」

 「ごめんねーサクラ、シノがああだからねー」

 神妙な表情で頷いたかん姉に対し、伯母はにこやかだ。それに少し怖くなる。今し方起きた出来事を忘れたかのような態度だ。そして、紡がれた言葉はどこまでも母が悪いと訴えるものであった。

 その時、ばあが奥の控室から顔を出してきた。どうやら、この騒ぎで目を覚ましたらしい。

 カツ、カツと杖をつきながら怪訝な顔で口を開いた。

 「なによ、うるさい。シノは?」

 「 寝とかんねよー、何でもないのに」

 ばあの問いかけには答えず、伯母はしっしとジェスチャーをしながら冷たく吐き捨てる。

 私は、ばあの登場に涙腺が緩みかけたが、ぐっとこらえて答えた。

 「あー……ばあ、お母さん家に送ってくるわ」

 「は? なんでよ」

 「よく分からんのやけど……伯母さんとケンカになって……もう、通夜も葬儀も出ないって言ってた。……とりあえず、送ってくる」

 「あんたシノに変なこと言ったんじゃ無いでしょうね!?」

 私の言葉を聞いたばあは、伯母に向かって叫ぶように言った。

 信じられないと言いたげな表情をしており、ばあが抱く母への信頼が透けて見える。

 そんなばあに、伯母はキョトンとした表情で首を横に振った。

 「言ってないよ? シノが勝手に怒って出てったのよ」

 「いや言ってるよ」

 かん姉は、眉間にシワを寄せて腕を組みながら、伯母に対して間髪入れずに突っ込む。それに続いてリュウも「ママが全部悪い。叔母は悪くない」としかめっ面で言った。

 「はぁ?」

 「ママが余計なことずっと言ってたじゃん」

 リュウは溜息を吐く。

 私の推測通り、伯母に原因……いや、伯母が火種を自ら炎上させたらしい。 私自身、母がこういった場でなにかするとは到底思えなかった。

 それはばあも同じようだ。

 「あんたいい加減にしよえ。父ちゃんが死んでシノはずっと頑張ってたのに……生きてるときもよ。あんたはなにもせんで来ただけだがね」

 「あーはいはい、私が悪いわけね」

 「あんたが全部悪い!」

 鬱陶しそうな顔をした伯母に、ばあは怒鳴った。

 「シノが出ないんだったら私も出ないからね! シノがいなかったら父ちゃんはここまで長生きしなかったし、私も生きてないんだから!」

 ばあの怒声には、並々ならぬ思いがこもっているように感じた

 私は、ばあが怒鳴ったことに少しだけスカッとしながら、今度こそ母を送ろうと会場の扉へ歩む。途中、「ごめんねサクラ、シノをよろしくね」とかん姉が申し訳無さそうにそう言ってきた。リュウも、「大丈夫、サクラ。絶対解決させるから」と言ってくる。

 「うん。でも、送ったらすぐ戻って来るから。その時に詳細教えてね」

 「わかった」

 頷いて、伯母に向き合う二人。ばあは「サクラ、頼んだよ」と言って、席についた。三人で伯母と話すようだ。

 その光景に、なんとかなるかもしれないと少し安堵しながら、私は扉を開く。

 扉を閉める際、「なんで余計なこと言うのママ!」と怒鳴りつけるリュウの声が聞こえた。

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