第13話 地雷
私にとって苦行とも言える飲み会から助け舟を出してくれたのは、姪のシイである。
十二時過ぎではあるが、船の中で昼寝したらしく元気いっぱいだ。寝るように促す周囲を無視し、「遊ぼう」と言って、私を連れ出したのだ。
それに便乗してか、リュウも着いてきた。
しかし、同じ空間にいるのは変わらない。母を残して離脱するのに不安を抱いたが、故人を偲ぶために集まっているのだ。滅多なこともないだろう。
「えーと、なにして遊ぶ?」
「なんもないからなぁ」
私とリュウの言葉に、シイは少し考えて「おにごっこ」と答えた。葬式会場での鬼ごっこである。流石にマナー的に問題があるだろう。
妥協案として「会場内で走るのは禁止」とした。つまりは、競歩である。
それからというもの、ひたすらシイの遊びに付き合った。よっぽど興奮しているのか、眠気は顔を出すことなく、シイは午前三時を過ぎれども遊びを止めようとはしない。
リュウは、時々遊びに付き合っては席に戻り、会話に参加する程度だ。
私は疲労と長時間会話したことによる喉の腫れで満身創痍に等しい。子供と接する機会がないからか、やめさせる方法を知らなかった。
数回目の水分補給のため、歩き回った会場内をシイと二人、ノロノロとテーブルに向かう。
すると、飲み会を開いていた大人達の空気がおかしいことに気づいた。
「ーーふざっけんな!」
ガンッと母は椅子を蹴りつけ、テーブルの上に置いていた飲みかけのビール缶を倒し、そう叫んだ。とぽとぽとあふれる液体は、周囲にアルコールの臭いを漂わせる。
は? なにが、起こったんだ……?
私は混乱しながらも急いで駆け寄った。
シイはかん姉が控室に戻るように諭している。とりあえず、放っておいていいだろう。
その間も母は「ずっとそう思ってたってことよね!? 説明もしたのに! ふざけるなよ!」と怒り心頭に怒鳴っている。その矛先は、伯母であった。
私と目が合った母は、椅子にかけていたハンドバッグを手に取りながら言った。
「サクラ、帰るよ。車出して」
「え、いや……どういうこと? なに話してたん?」
「帰るよ」
よたよたと母の側に寄り問いかけるも、一刻も早く出ていきたいらしく、同じ言葉を返される。その様子に焦りを覚えた。
「待って待って! ごめん、伯母さん。なんて言ったの? お母さんに何を話したの?」
母と伯母に手を向けて制止する姿勢を取りながら、私は混乱のあまりこみ上げてくる涙を押し込め、聞く。声はみっともなく震えていただろうが、今は泣く場合じゃない。
だってじいの門出なのだ。じいが亡くなって、穏やかに見送るために私は帰ってきたのだ。母も、そう思ってたはずなのである。
母がこんなに取り乱す姿は見たことがない。先ほどの母の言葉を聞くに、伯母の発言が地雷を踏んだと見て間違いないだろう。ここは、話を聞かなくては。
しかし、伯母は私の声を無視して、母に向かって口を開いた。
「そういうところよ、シノ。そんなだからヒロのときだってーー」
「怒らせたのは誰よ!」
「だから、そういうところがあるから離婚することになったんじゃないのー!」
ドクリと心臓が跳ねる。背筋を撫でるように冷や汗が湧いた。
待て待て、今伯母なんて言った? なんで離婚の話が関係してるんだ?
まるで、わざと傷つけるように大きな声で母に投げかけられたその言葉は、私の鳩尾に冷たい感覚を覚えさせる。胃が収縮し、コポリと胃液がこみ上げてきた。
「お母さん!」
かん姉は伯母を静止するように怒鳴った。
母は伯母の声を無視して、泣きながらじいの棺に歩み寄る。そして、そっと顔を覗き込んだ。
「……っとうちゃん、ごめんね。葬式出れないわ。ごめんね父ちゃん……!」
そうして、母は涙を拭いながら会場を出ていった。迷いのない足取りだ。ふつふつと茹だる感情を、頭を冷やすための行動だろうか。 私の「待って、お願い……」というか細い声が会場に木霊する。
本当に、頼むから状況を説明してほしい。
かん姉に視線を向けると、彼女は伯母を鋭い眼差しで射抜いていた。薄々察していたが、原因は伯母らしい。
「なに、何を話してこうなったの? 離婚の話しも……どういう話の流れなん?」
しかし、伯母は母の出ていった扉を睨みつけたまま、私の疑問に答えることはなかった。
ーーどうやら、よっぽどのことが起こったようだ。
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