第12話 齟齬と配慮
「葬式が終わったら控室泊まれなくなるけど、どこに泊まるの?」
母は唐突に尋ねた。私も気になっていたことである。事前に、実家の方は泊まれないと話していたため、どこに泊まる予定なのだろうか。
すると、伯母は「え? 実家よ」と答えた。
それに困惑したのは私達である。
「実家は泊まれんよ。虫も出るし、エアコンは一部屋だけしかないし。ばあがそう連絡したはずだけど? 私も連絡したじゃん」
「え!?」
母の答えに驚愕の声を出したのはかん姉だ。次いで、伯父も「え、泊まれんの?」と声を上げた。伯母も驚愕の表情である。
「あの狭い家にこの人数が泊まれるわけないよ。考えればわかるがね」
「母ちゃんから聞いてないけど?」
ばあの言葉に、伯母はそう返した。ばあは脳梗塞してから自分の記憶に自信が無い。そう返されると口を噤む他無いだろう。
「ばあが連絡してなくても、私も連絡したよ?」
「いや、聞いてないけど?」
伯母はそう言って「泊まれるでしょー?」と続けた。
「じゃあ旅館に泊まろうか」
「……まあ、ヒロも泊まらせてやろうかとは言ってたけど……私断ったよ?」
「えーなんでよ!」
「いや、冷静に考えて? 普通離婚した元旦那のとこに泊まらせないでしょ。もう関係ないんだから。断ったら、後でメッセージ来たのよ。『ごめんなさい。団体客来るのを忘れてました』って……普通忘れないでしょ」
実は、昼間にやって来たヒロは、昨日と合わせて三回も会場に来たのだという。一度目はともかく、二度目の行動は異常だったと母は話していた。なんでも、クーラーボックスのビールを勝手に取り出し、飲み始め、席順リストなども無断で見たらしい。更に、「その焼酎もあけていい?」と言ってきたそうだ。
焼酎は、じいに供えるためにリカコさんが自腹で贈ってくれたものである。それを飲もうとするのだから、さすがに母も物申したらしい。
この話は、飲み始めてすぐに母が言った。聞いた時、私は心底驚いたのだ。
それはともかく、母がヒロの申し出を断るのは当然だと私は思う。
私が母の立場なら、いくら泊まる場所に困っていたって頼らない。そうやって甘えるのは、言葉にできないが、『違う』と思うのだ。もしかしたら、他の人は頼れるなら頼るべきと考えるかもしれないが、こちらも世間体というものがある。
島の悪しき風潮というか、とにかく、変な噂が出回りやすい。母が再婚していた当時、根も葉もない噂が流れていたという。私は、母への風評被害を許せない。
幸い、徒歩圏内にホテルもあるのだ。旅館に泊まらずとも、そちらに泊まればいい。
すると、かん姉が「アタシ電話するわ」と席を立ちながら言った。
その手にはスマートフォンが握られている。
「え? でも、夜中の十二時前なんだけど……早寝の人だから、もう寝てるよ」
そう言った私に、伯母は「大丈夫よ」と笑みを向けた。
いや、なにも大丈夫じゃない。別に今すぐ泊まるとかではないのだから、電話するのなら明日すればいい話である。こんな夜中に電話など、失礼だろう。
それに、身内の元旦那を遠慮なく頼る姿勢も、私は不快だった。そこは、気を遣う場面では無いだろうか。
「気に入られてるから、電話してお願いする。泊まれんって知らんかったし」
かん姉は、引きつった笑みを浮かべた母に、そう言って会場の奥へ向かった。その背中に向かって、伯母は「おー、そうしよ!」と声をかけた。
賛成の構えである。
誰も止めない。伯父も、話を聞いていたリュウも、全員止めない。
ばあは困惑の表情である。
母は、「私はノータッチだからね! 本当に、私関係無しで話してね」と声を上げた。
「ノータッチ?」
「そう、ノータッチ。交渉するなら、私は無関係よ」
「わかったー」
そう言って、奥でスマートフォンを操作しだすかん姉。伯母は「はいはい」と適当な返事をして、手元のビール缶を傾ける。
私と母は、ここで事を荒立てても仕方がないだろうと、苦笑する他なかった。
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