第11話 コワイ夫妻
私の進路の話題を逸らすように、母は今回の葬式諸々について話し始めた。それにホっとして、ペットボトルのお茶を飲む。伯母は滑舌が甘く、少し酔っているようにも見えるが、リュウ曰く「普段通り」だそうだ。
時々、母について「この子はバカだからねー」と下に見た発言が多くて気分は悪いが、大人の兄弟姉妹とはこんなものだろうか。当人同士はともかく、子供がいる前でそういう発言はしないようにしようと、私は心に刻んだ。なにせ、私も弟と貶し合ったりするので。
「リカコっという友達が、色々助けてくれたのよ。従業員なんだけど、割引とかいろいろしてくれて……もし会ったらお礼言ってね」
「え、どういうことよ」
母の言葉を聞き、伯母は怪訝な顔をして問いかけてきた。
「ほら、再婚してたときお義父さんの葬式があったって言ったでしょ? その時、ずっと面倒見てた私のことを尊重してくれた子よ。飲みに行ったりするうちに仲良くなったの」
「え? それがどうして今回の葬儀に関係するわけ? アンタ、何してそんな世話してくれるようになったのよ」
その言葉に、私と母は困惑した。何がそんなに気になるのだろうか。言葉もトゲがあるというか、攻撃的だ。
「何がってなに? どういう意味?」
「あんたが心許すって何したの?」
この人、話を聞いていなかったのか、というのが私の感想である。
「はあ……?」
「何したの?」ってなんなの?
思わず漏れた声は誰にも聞こえなかったらしい。伯母の言葉は母に対してどことなく棘のあるような気がしたが、尚更だ。もう少し言葉の選び方というものがあると思うのだが。
母は理解できないと言いたげな顔で伯母を見ていた。
「ごめん、意味がわからないんだけど」
「あんた、あんまり心開かないでしょ。その子に何したのか気になるー!」
なんだそのカースト上位女子高生のようなテンションは。しかも声がかなり大きい。声の響きやすい会場であるが尚大きい。耳がキンとした。
こんな人だったかーー……?
何より、言うこと欠いてそれでいいのだろうか。
母も一瞬だけ固まり、よくわからないものへ向ける眼差しで伯母を見ていた。
「とりあえず、会ったらお礼だけ言ってね。本当に、色々お世話になってるから」
「わかった。それで、何して仲良くなったわけ?」
「え、しつこすぎん?」という言葉が口から溢れそうになった。
何がそんなに気になるのだろう。仲良くなるきっかけなんて人それぞれだし、わざわざ話すことでもないだろうに。それより、具体的にどうお世話になったかの方が気にならないのだろうか。
母もカチンと来てるだろうに、再度同じ説明をしだした。それも聞いていないのか、はたまた聞いた上で無視しているのか、同じ質問をしてくる。要は、母とリカコさんの詳細な馴れ初めを知りたいのだ。
果てには、「リカコ? 私知ってるわ、その子。会ったことあるもん。〇〇さんの前のお嫁さんでしょ?」などと言ってくる。人の家庭事情とかプライバシーとかの配慮はそこにないようだ。
「え、いやリカコはミヨのこと知らないって言ってたけど? それに、ミヨは島にずっといないから分からんでしょ」
「わかるよー。聞いたことあるもん」
「いや、知らんでしょって」
「知ってるよ?」
私は察した。
これは「私の方が先に知り合ってますよー」っていうマウントだ、と。意図的なのか無意識なのか定かではないが、小中学校でよく見た女子の会話である。
母も、しつこく知ったかぶる伯母の態度に業を煮やしたのか、すこし語調を強めて言った。
「だから、アンタは島にいないから知らないって。リカコだって会ったこと無いって言ってたのよ?」
すると、母は「ごめん。アンタって言っちゃった。口悪かったね」と謝った。別に、伯母も「アンタ」って言っていたし、謝る必要は無いと思うが。
しかし、伯母は癪に触ったのか「口悪、怖ッ!」と大げさに言い、芝居がかった仕草で手を口に当てた。
「ほんと口悪いねーシノ。こういう子なのよ、この子は。昔からずっと暴れん坊で……」
そこからは怒涛の文句だった。やれ粗暴だの、やれ馬鹿だの、やれ……。ともかく、実の娘が同席している飲み会で平気な顔をしてよく言えるものだと思う。それに笑う伯父もだが。
しかし、私は次第に、伯母の言動を注意しない伯父や従兄弟たちに違和感を抱いた。いや、かん姉やリュウは居心地悪そうな顔をしている。注意したくとも、実の母親となるとそうもいかないのだろうか。それとも、私の不機嫌を察したのか。チラチラと視線を送られる。
一方、伯父は背もたれに体重を掛け、普通の顔でビールを煽っていた。そこは、注意すべきだろうに。
これは私の勝手な意見だが、伯母の過剰とも言える母への言動や交友関係の深堀りは、身内以外にもやらかしている気がする。これは確信と言ってもいい。それは、伯父の態度が物語っている。つまり、疑問に思わないほど日常的な出来事なのだ。
私は、伯母夫妻を恐ろしく感じてしまった。
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