第10話 不要なアドバイス
予想通り、クーラーボックスに缶ビールがあることを知った伯母夫妻とかん姉夫妻は設置された席に自由に座り、飲み会となった。私は炭酸が飲めず、アルコールも好まないためジュースで参加である。といっても、懐いたシイが定期的に私を引っ張って行くため、時々抜けるのだが。
久しぶりの対面で人見知りを発揮している私は、会話をぼーっと聞くに徹していた。時々、同席しているリュウが話しかけてくるが、緊張するものは仕方ない。
しかし、伯母や伯父は「サクラ、ビール持ってきて」と当たり前のように私を使ってくるし、持ってきても「おお」だの「あーこれかぁ」と銘柄に不満そうな顔をするのみだ。お礼の一言もない。
少しずつ、心にフラストレーションが溜まっていくような感覚を覚えた。自分で完璧にできるかと問われれば否と答える他無いが、お礼は基本中の基本である。私は結構、礼儀にうるさいのだ。
以前、ばあが母の用意したご飯に対し、お礼も無く「このお米おいしくないね」だの「あんまり好きじゃない」だの言ったことがある。それに対して、母が傷ついていたことは容易に気付いた。
「ばあ。ばあ、よく聞いて。お母さんが用意してくれたんなら、最初に言うのは文句とか不平不満じゃないんよ。最初に『用意してくれてありがとう』って、感謝を示さんとダメ」
私は誰かが自分のために行ってくれたことに対して感謝を示すように心がけている。母に対しては尚更だ。ご飯を用意されれば「ありがとう」、一口食べれば「おいしいよ」と伝えるのだ。
ばあに言い聞かせた後、改善されはしなかった。しかし、私は帰省するたびに同じ話をばあにしている。母のありがたさを実感してるばあが、母を軽んずることのないように。私がばあを嫌うことのないように。私の逆鱗は、母を軽んじられることにあるのだ。
話は逸れたが、人にお礼を言うのは礼儀の基本である。それが欠けると、どうも引っかかりを覚えてしまうのだ。
飲み会では、いつの間にか私の進路についての話で盛り上がっていた。私は公務員志望で、県庁を受けたのだが二次試験の面接で落ちた。もともと、内定されたらいいなという感覚だったため、そこまで落ち込んでいない。今は市役所を受ける予定である。諦めきれないのなら、社会人枠で数年後に挑戦すればいいのだし。
母が一次試験に合格したのに二次試験で落ちるのも珍しいと話しただけに過ぎないのだ。
すると、伯母は私の名前を呼んで、深刻な表情をして話し始めた。
「サクラ、大丈夫よ。人生これからだから、こんな失敗くらいなんとも無いのよ。あんまり落ち込まずに、次を見据えんとね」
「え、うん。市役所受けるよ」
あっけらかんとした私の態度にみんなはうんうんと頷く。母は、「あそこ受けるんだもんね」と笑っていた。
「うん、そうよ。いつまでも落ち込んでちゃだめよー。大丈夫、大失敗ってわけじゃないんだから。面接なんて練習すればいいのよ。たっくさん練習するの、ね!」
「うん……?」
「面接で失敗って私にはわかんないけど、世間話したらいいのよ」
「いや、行政についてとかやりたい施策とかめっちゃ聞かれるけど……」
アルバイトの面接のようなノリで受ければ失敗するのみである。
なぜか強く励ましてくる伯母の言葉にそう返すと、彼女は「それでもよ。なんでもハイ! ハイ! って言っとけばいいのよ」と言ってきた。正直、アドバイスとしては落第も良いところだ。
「うちの娘(かん姉)も三十過ぎて準公務員になったんだからー。人生なんてね、何歳からでもやり直しきくのよ。だから大丈夫」
「そうそう、挑戦すればいいのよ」
かん姉も戸惑いながらそう言ってくる。急に名前を出されたからだろう。話を聞けば自治体に属しているのではなく、金融機関に属しているらしい。まったく参考にならないことが確定した。私はあくまでも、自治体に所属することを目指しているのだ。面接内容も全く違うはずである。
そもそも、なぜこんなに励まされているのだろうか。全く悲観してないのに「人生の大失敗を犯した」ような気持ちになってしまう。
一応、国立大学に在籍しているし、先を見据えて試験に備えているからそんなはずはないのだけれど。
むしろ、本当に落ち込んでいる人に同じ言葉を向けたら、余計気にしそうな言葉だ。
ひどく居心地が悪い。これが世にいう親戚のおじさんのノリとやらだろうか。伯母だが、辟易としてしまう。就活生に対しての配慮がない。普通は触れないだろうに。もしかして酔っているのだろうか。
その後も失敗前提の話をツラツラと並べ立てられ、「大丈夫よ。失敗はだれだってする」などと、起こってもいない失敗について慰められもした。
私が気にし過ぎているのかもしれないが、あまりにもしつこいため母に視線で助けを求める。母もこんな流れになると思ってなかったらしく、戸惑っていた。
ともかく、私はこの飲み会で、伯母は人の心情を察することが下手なのだと、肌身に感じて理解したのだった。
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