第8話 疑念を抱く



 時刻は午後十時。身内である伯母夫妻と三人の子供(うち一人は成人済み)、そして叔母の長女夫妻とその子供達の到着予定時刻に迫る頃だ。私は母に頼まれ、白のミニバンを運転し、港の傍に停車させた。

 このミニバンはリカコさんが貸してくれたものである。普段は軽自動車を利用しているため、ひどく緊張したが、運転してみればなんてことはない。この短い距離で事故を起こす心配はなさそうだった。

 夜遅い時間にも関わらず、港の待合所付近は人が多い。どうやら、迎えに来たり、入れ違いに島を出る人で混み合っているようだ。

 この人の出入りで、果たして数年ぶりの伯母たちを見つけられるだろうか。伯母やその長男は三、四年前に会ったが、他は初対面若しくは十数年ぶりである。

 かれこれ十数分程待ち続けると、大人と子供の混じった集団が、ミニバンの前に現れた。こちらに顔を向けると、ハッとしてにこやかに手を振ってくる。

 伯母だ。それを皮切りに、集団はゾロゾロと近づいてきて後部座席のドアを開けた。

 「サクラ、今日はありがとね」

 「あ、うん。後ろに荷物積んでね。あと、ごめんだけど一人しか乗せられないんだ。誰乗せるか決めてくれん?」

 「了解」

 声を掛けてきたのは一つ年上の従兄弟、リュウである。他の男性陣は無言で荷物を詰め込んでいた。

 少し緊張しながら作業を眺めていると、伯母は急に助手席のドアを開けて乗り込んでくる。かなり荒い動作で、車体が大きく揺れた。

 「え?」

 私は困惑の声を上げた。

 「サクラ、来てくれてありがとねー」

 「え、あ……うん。一人しか乗れんけど……」

 「うん、シノから聞いてるよ?」

 「あ、そう。聞いてるんだ……」

 聞いててあなたが乗るのか……。

 カチッとシートベルトまでつけて、伯母は笑顔を向ける。

 誰が乗るか話し合っていた従兄弟たちは「え?」と顔を見合わせて固まっていた。傍には姪っ子たちがいて、困ったように車内を見つめていた。その後方で、一番上の従姉妹、かん姉夫妻が居り、伯父は我関せずとばかりに佇んでいる。

 私は伯母を見て複雑な気持ちになった。

 それは、一番に助手席へ乗り込んできたからである。たくさんの荷物をもった自分の子どもたちや幼い孫を放置して。乗るのはいいのだが、明らかに疲れてそうな自分の孫を気にしないのだろうか。

 先ほど言った通り、荷物を運ぶため乗員は一名だけだ。私はてっきり、かん姉(一番上の従姉妹)の末っ子を乗せるのかと思っていたのだが、そうではないらしい。

 すると、伯母は自身の孫たち(甥姪)に向かって声を上げた。

 「みんな乗りよ! ほら、詰めて!」

 「え? いや、一人だけ……」

 話しを聞いてなかったのか。いや、先ほど確かに「聞いてる」と言っていたし、従兄弟たちは「なに言ってるんだ?」と怪訝な表情をしている。どうやら、困惑しているのは私だけじゃないようだ。

 しかし、幼い子どもたちは素直にしたがって、続々と乗り込んできた。倒された座席はそのままに、土足だ。借りている車だというのは、母が連絡してたはずだし、一人しか乗せないと言ったのに。

 「サクラ、運転よろしくねー」

 「ああ、うん……けど、お母さんは荷物だけって言ってたんだけど。これ、借り物だし」

 「聞いてるよ。でも子どもたちだけ乗せていいでしょ」

 どういう経緯でそんな結論に至ったんだ? もしかして私、言葉足らずだった? いや、お母さんが事前に電話で伝えてたはずだしな……。

 もはや自分の言動を疑ってしまう。

 それに、伯母の言葉を額面通りに受け取ると、伯母も子供に含まれてしまうのだが。

 「うーん……」

 「ほんと暑いねー」

 ……やっぱ、苦手だ。

 伯母は言葉をつまらせる私を気にすることなく、エアコンの設定をイジってガンガン強くしている。運転席の私はとても寒い。

 伯母の孫、つまり私の甥っ子姪っ子たちは「よろしくおねがいします」と丁寧に頭を下げた。とてもいい子たちだ。

 従兄弟たちは伯母の言動に困惑しながらも、「じゃあ俺達歩いていくから」と言ってドアを締めた。どうやら、時間の無駄だと思ったらしい。一つ年上のリュウはジェスチャーで謝ってきた。それに、しかたなく頷いて返す。

 まあ、港で揉めるのも、じいの葬式で波風立てるのも憚られる。ここはぐっと飲み込んで、早く会場へ戻った方がいい。靴跡は、私がなんとかして消そう。

 やっぱり私、心狭いかもなあ……。

 イライラとする感情を抑え込み、慎重に車を動かしながら、そう自己嫌悪した。

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