第7話 元同僚
日が暮れ、家の灯りが景色を彩る頃。母はお弁当を注文し、取りに行くついでにスーパーへ買い物をしに行った。私は心細いと言うばあに付き添って待機である。
すると、会場入り口から、一人の男性従業員が荷物を台車に乗せて入ってきた。
乗っているのはどうやら、箱詰めのジュースらしい。ガタン、と音を立てながらクーラーボックスを開けて、中身をガラガラと投入していく。
私と雑談していたばあは、その男性に気づいて「ユウ!」と声をかけた。
呼ばれた本人は振り返り、箱を台車に乗せてこちらに歩んでくる。ずんずんとやって来た彼は、近くで見れば、四十代から五十代ほどであることが分かった。
「おー、ゴリ子ね」
「忙しいね」
ばあに気安い態度でそう声をかけた男性ーーユウさんに、私は思わず吹き出しそうになり、そっと口を抑える。
開口一番にソレかよ。とかろうじて出そうになったツッコミは喉の奥に消えた。
ばあは「ゴリ子」と呼ばれたのに気づかず、親しげな態度で話しかけていた。
これは確実に知り合いだ。何せ、ばあは事あるごとに、じいから「ゴリ子」やら「猿子」などと揶揄われていたのだ。歳が離れていてもそう冗談を言えるということは、そこそこ親交があるのだろう。
「色々ありがとうね、ユウ。本当に、助かってるよ」
「なんよ、猿子がしゅんとしてらしくない! その調子だとタケ兄(じいの名前)も『ゴリ子ー』って呼びに来るんじゃない?」
「そうねぇ」
ばあは頷く。すると、数拍置いて「誰がゴリ子ね!」と怒鳴る。気づくのが遅すぎである。怒鳴られたユウさんは楽しそうに笑っていた。
ユウさんは服装を見る限り、この葬儀場の従業員である。おそらく、ばあが勤めていた頃の同僚なのだ。狭い島内ゆえ、それ以前からの知り合いの可能性もあるが。ともかく、同僚であったならば楽しく(不謹慎だが)働けていたのだろうと察することができる。
ばあが腰を圧迫骨折したのは約二年前。それまで十数年勤めていた葬儀場から離れてまだ二年だ。本人の感覚だと、長く感じるだろうが、彼は「腰折ってからもう二年か」と感慨深げに呟いていた。
「シノの娘?」
ユウさんは私をチラリと見ながらばあに問いかける。
「そうよ。一番に帰ってきたからね」
ばあはそう言って、私に顔を向けた。私はユウさんへペコリと会釈する。
「あ、はい。長女です」
「よお帰ってきたね。偉いわ」
そう言って、彼は笑った。じいとばあの知り合いは、カラッとした人が多い印象である。彼も例に漏れず、明るい人らしい。
「なに、新幹線で来たの?」
「特急と新幹線乗ってきました。その後船ですね」
「かーっ、ほんとよくやるわ。だって昨日亡くなって今朝来たんでしょ? ばあもお母さんも鼻が高いわな」
身内の不幸に駆けつけただけなのだが、島に来てから褒められることが多い。普通のことではないのだろうか。県は違えども、同じ州にいるのだ。来るのは容易である。実際、弟も来ようとしてたわけだし。
そう思い、困惑しながら私は二人を交互に見た。
ユウさんは、ばあの顔を覗き込み、「気ぃ落とすなよ」と言う。笑いながらではあるが、その声音は真剣味を帯びていた。
「テル、気ぃ落としちゃダメで。タケ兄が突然こんななってびっくりじゃけど、テルまでああなるのはいかんよ」
「何かあるって何よ。不吉なこと言うな!」
「真剣な話っちゃ! こう言う時、後を追うように亡くなる人が出たりするんや」
捲し立てるように怒鳴ったばあに苦笑して、ユウさんは「気をつけてほしいんよ」と言った。
その気持ちはよくわかる。実際、そんな話は沢山ある。生きる気力というのは大切で、生に前向きでなければ体もそれに倣うのだ。病は気からというが、非常に的を得た考えだと思う。強い思い込みは時に体調不良をも引き起こすらしいし、ばあに気をつけてほしいところだ。
それだけじゃなく、不幸ごとは続くともいう。今回じいが亡くなるという不幸ごとが起きた以上、連鎖してばあに何か起こるかもしれないと考えるのは変なことじゃない。立て続けにばあまで亡くなれば、母も立ち直れないかもしれない。
「ああ、そうね。確かにそう聞くね」
「やろ? ほんと気をつけよな。それに、タケ兄が寂しがって連れていきたがるかもしれんし、怒鳴りつけとけよ」
「気持ち悪いこと言うな! サクラも同じこと言いよったんよ」
「えー。でも、ありえるやろ。な」
「はい。本当に有り得そうですよね」
嫌そうに顔を顰めるばあを横目に、私たちは顔を見合わせて頷く。
ばあはいつもより静かで疲れた様子を見せているが、こうして知り合いと会うと生来の我の強さが表れる。それに安堵しつつ、口であーだこーだ言うものの、やはり寂しい……いや、悲しいのだろうなと思った。
今は実感が湧いていないだけで、そのうち言語化できるほどの感情が湧き出てくるはずだ。無気力から寂しさへ、寂しさから悲しみへ、悲しみから懐古へ……。
そのためにも、ああすればよかった、こうすればよかったと……そういう後悔のない別れを出来たらいいなと、心からそう思う。
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