第4話 複雑な相手
時刻は午後一時過ぎ。私はばあと葬儀会場に戻った。
母は用事を済ませるべく外出中である。私も同行しようと思ったが、ばあはどうやら、一人で会場にいたくないらしい。
本人曰く、「魂が吸われそう」とのことだ。確かに、じいはばあが大好きであったため、連れていかれてもおかしくはないと思う。思うが、どこまで行ってもじいの扱いは雑なのだなと感じさせられた。
しかし、不幸ごとは続くと言うし、心細くなっても不思議でないだろう。後を追うように妻、または夫が亡くなるなんてよく聞く話だ。
線香が消え、新しい線香を立てるごとに私はじいへ祈った。ばあを連れて逝くなよ、と。
連れて逝くなら後数年は待ってほしい。母とばあを遊ばせてやってからにしてくれ。散々我儘言って困らせたのだから。
寂しん坊なじいからすると、受け入れ難い願いかもしれない。
先ほどとは違い、私は喪主席、ばあはその二つ離れた席に着きお茶を飲む。たった二人しかいない会場に席順も何もないのだ。用意されているお茶菓子を適当に頬張る。
「ばあ、さっきも言ってたけどさぁ。じいならやりかねないと思うよ。正直、年内にばあの訃報を聞いても『やりやがったな』くらいにしか思わんかもしれん」
「変なこと言うな!」
ばあは嫌そうな顔でそう言った。
「いやいや、お母さんもそう言ってたし。だからまあ、じいにはお願いしとかんといかんのよ。すぐに連れてくなよーって」
島についてから母とそんな話を幾度も交わした。冗談でなく、本心から心配しているのだ。
ばあには長生きしてもらわねばならない。ばあはよく「愛犬死んだらお母さんはダメになるよ」なんて私に言ってるが、ばあが死んでも母はダメになると思う。
ダメになると言うか、気付かぬうちに衰弱してそうだ。自分のことになると無頓着気味であるので。
すると、会場の扉が急に開けられた。
「お、帰ってきたんサクラ」
そう声をかけてきたのは、母の元再婚相手、ヒロである。数年前に別れたが、狭い島内だ。交流は絶えていない。
帰省するたび声をかけられたりと何かと気にかけてくれている……私の心境は至極複雑だが。
正直、気が引けるのだ。悪いことをしてないのだから、気にしなくていいと友達や家族に言われるが、それでも引け目を感じてしまう。
ヒロはじいの棺に歩み寄り、線香を立てる。
これ、知り合いだったら勝手に入っていいシステムだったりするのだろうか?
葬式の経験なんて一度しかない上、記憶も朧げである。特に、島独自の文化だったりする可能性もあるため、判別がつかない。
ヒロはテーブルを挟んだ正面に来て、私に話しかける。
「サクラも大変だね。じいが突然こんなことなって、ビックリしたでしょ」
「まあ、うん」
この状況にもビックリしているが。私は複雑な心境で言葉を濁した。
「ばあとお母さん、支えてやれよ。じゃあ、俺は帰るわ」
「はーい、ありがとー」
ばあにも軽く声をかけ、ヒロは足早に会場から立ち去っていった。
「え、なんで今来たん?」
「さあ?」
私とばあは顔を見合わせた。
なんというか、嵐のようだ。一言言葉を交わしただけだし。
元再婚相手の子供を思いやり、父親を偲ぶ。側から見ると褒められるべきことなのだろうが、離婚の原因や生活スタイルを知るとどうしても複雑な目を向けてしまうし、嫌悪感を抱いてしまう。田舎というのは厄介で、変な噂も出回りやすいのだ。
通夜は大丈夫だろうか。身内でない以上、出過ぎたことは控えてほしいと願うばかりである。下手にこちらに干渉されると、母に風評被害が出てしまうので。
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