第2話 帰省と対面


 

 愛犬を祖母と父に託し、費用をもらった私は特急列車と新幹線を経由してO県を越え、K県の埠頭までやってきた。電話をして僅か一時間で準備をし、出発したおかげでなんとか船の時間に間に合ったのだ。四時間ほど座りっぱなしであったからか酷く肩が重い。

 本当は駅で弟と合流する予定であったが、バイト先の店長からどうしても無理だと言われたらしく、明日の夜の便で実家に戻るらしい。つまり、明後日の朝に着くのだ。

 弟は「普通帰れるよね?」と言っていたが、お盆シーズンはどこも人手不足。不幸ごととは言え、無理なものは無理なのだろう。

 そのため、私は一人フェリーに乗り、じいが亡くなった翌日早朝に母の実家ーー島へ降り立つこととなった。

 島は神秘の島と言われており、近々文化財登録されるかもしれないと噂を聞く。海は澄んだグリーンで染まっており、さとうきび畑やゴマ畑に囲まれた一本道は大層美しい。海へ続く自然のレッドカーペットのような存在感だ。

 これといって遊び場も無いが、島特有ののんびりとした時間感覚があり、心を癒すだろう。定期的にテレビで取り上げられたりもする。

 船内アナウンスに従い、降ろされたタラップを渡る。海風や飛沫で濡れているため、滑らないように慎重になる必要がある。現に私は、過去二回転んでいるのだ。無事に渡り切れた時は一安心であった。

 あ、そう言えば学割証発行してなかったや。まあ、突然だったし仕方ないか。

 カラカラとキャリーケースを引き、寝起きでぼーっとする頭を振りながら迎えの車を探す。港から数百メートルほどの距離に葬儀場があるため、歩いて行っても良いのだが、母が迎えにきてくれたのだ。

 母は車検が長引き、いつもの軽自動車ではなく青いジープ。マニュアル車で迎えに来てくれていた。オートマ限定普通自動車免許しか持っていない私は、今回の滞在で運転することができないらしい。

 バタンとドアを開けて乗り込む。約四ヶ月ぶりの再会であるが、母はどこか疲れた顔で私を出迎えた。

 「ごめんね急に。よく眠れた?」

 私の顔を見て少しだけ笑いながら、母は掠れた声で問いかける。

 「いいよ。くるの当然じゃんか。それに、不謹慎だけどめちゃくちゃ寝てた。お母さんは?」

 「寝れてないのよ」

 そう言って「ばあも寝てないの」と母は言った。

 「いやまあ、寝れんでしょうよ。今からどこに行くの? 葬儀場?」

 「昨日はそこに泊まった。ばあの薬を塗らないといけないから、午前に一旦家へ行くけど、それまでは葬儀場」

 「わかった」

 「じいに線香あげて、顔を見てやってね」

 「当然!」

 なぜだかいつも以上に元気な自分に違和感を抱きながらも、私は母に笑顔で頷くのだった。

 

 車に乗り込み、数分もしないうちに葬儀場へ到着する。

 この葬儀場ーーM社は数年前、祖母が腰を圧迫骨折するまで十数年ほど勤めていたらしい。集落にある葬儀場でなく、ここにしたのはその縁だ。

 日も出ていないため暗く、近寄りがたい雰囲気を出している建物。入ったことは一度もなかった。

 車から降りて荷物を取り出す。母はガラスの扉を開けて、中に入って行った。後を追うように会場に入る。

 会場はあらかた設営を終えていたらしく、正面にじいの棺と祭壇、写真が飾られており、周りを花で囲まれていた。

 「ばあ!」

 声を張って視界に映った人物へ投げかける。母方の祖母、ばあだ。ばあは耳が遠いためハッキリ、ゆっくりと話す必要がある。方言がキツいため、何を言っているかわからないことも多いが、よくじいと口喧嘩をしていた。一の言葉をじいが言えば、二十の言葉がばあから放たれる。それはコントのようで、じいはいつも口喧嘩に負けていたのだ。

 圧迫骨折の半年後に脳梗塞で入院したため、言葉が詰まったり出てこなかったりするが、それでも口は達者の方だろう。

 本人は歯痒そうにしていたが。

 振り返ったばあに小走りで近づく。ばあは、設営されたテーブルの端ーー喪主の席に座っていた。四ヶ月前と比べると体が薄く、痩せている。ぼんやりとした表情だ。

 「サクラ……よくきたね」

 いつも声を張り、早口で捲し立てるばあの静かな声音に心配が込み上げる。

 「お母さんから電話来てすぐ準備したからね」

 「感心よ。お母さんを手伝ってやってね」

 「もちろんですとも」

 いつだってばあは、お母さんのことを心配している。それはじいも同じだった。「食べんねよ! こんなに細いのに!」なんてよく言い、母に食べ物を勧めていたのだ。お母さんに苦労をかけるからと、心配のあまり喧嘩になることだって日常茶飯事だった。

 「一番遠いところにいるサクラが一番乗りよ」

 母は少し笑いながらそう言った。

 「そうだねぇ。感心じゃや」

 「いや前から言ってたし、当たり前じゃんか」

 当たり前のことで褒められる筋合いはない。なんだかんだ大好きな祖父母なのだ。来ないと言う選択肢もない。

 「うん。サクラは前から言ってたもんね? 看取り介護になったって言った時も、何かあったら連絡して、すぐ帰るからって」

 「その知らせ聞いた時、一応看取り介護について調べたけど期間とかよく分からなくてさー……結局間に合わなかったけど」

 しっとりとした曲の流れる会場に私の溌剌とした声が響く。二人の静かな声音とは正反対だ。

 そこで、私はハッとしてじいの棺ーー線香の元へ駆け寄った。雑談してる場合じゃない。先に線香あげないといけなかったのだ。

 スッと小壺に入れられている線香を二本取り出し、蝋燭の火で煙を焚く。そして、横に倒しながらそっと納めた。

 軽く手を合わせて、棺の開いた窓からじいの顔を眺める。

 ーー眠ってるみたいだ。

 本当に、死んでるように見えない、眠ってるだけの顔だった。苦しんだ様子もなく、静かに、眠っている。

 可愛らしく愛用していたキャップ帽をちょこんと被り、眠り込む姿。

 血の気が引いてるだけで、本当は生きてるんじゃないだろうか。呼べば起き上がりそうなほど、いつも通りの寝顔だった。

 実感が湧いてこない。本当に、じいは死んだのかな……。

 ぼんやりと顔を眺めながら、私はそう思ったのだった。

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