じいの葬祭

四季ノ 東

第1話 母からの電話



 ーーじいが死んだ。

 その知らせを聞いたのは、八月の中旬。ギラギラとした日光とカラッとした暑さに茹だる、お盆最終日の朝七時過ぎである。

 カーテンの隙間から強い光が差し込み、空調の効いた自室のシングルベッドで眠っていた私は、テリンテリン、と軽快な音を奏でるスマートフォンに手を伸ばし、アラームを停止した。

 ぼーっとしながら少しずつ意識を現実に浮上させ、のそのそと起き上がる。愛犬たるチワワはその拍子にひっくり返り、飛び起きた。

 キョトンとした顔をするチワワを撫で、グッと伸びをする。さて、今日の夕飯は確かすき焼きの日だったか。お盆の最終日に豪勢なメニューである。朝になったばかりだが既に待ち遠しい。

 すると、ティリリリ、ティリリリとスマートフォンが再び軽快な音を奏で出した。もしかしてアラーム設定を解除できなかったのかと訝しみながら画面を見ると、母からの着信だ。

 父方の実家に数年前から住んでいる私は、母とは暮らしていない。私は上に兄、下に弟を持つ三人兄弟の真ん中だ。両親が離婚しており、母に親権が渡ったということと、母方の実家は離島故に進学を考えて私一人、父方の実家に移った。

 念願の国立大学に入学してからは長期休みの度に帰省しているため、疎遠になっているわけではない。むしろ、私は母が大好きである。兄はつい先日失踪、弟は本土で一人暮らし。従兄弟たちは別の離島に住んでいるため会う機会はほぼない。

 そんな調子なため、母方の祖父母からすると一番関わりの多い相手であろう。

 母からの着信に応答する。一体何の用だろうか。最近母の愛犬が百グラム痩せたというし(チワワにとってはすごいこと)、そのことについてだろうか。はたまた、兄や弟についての愚痴だろうか。そんなことを考えていると、電話先が何やら騒がしいことに気がついた。

 ビービー、ガコンガコン。

 こんな調子で、とても騒がしい。環境音にしたって、一体どこから電話をかけているのか。

 数拍、母の呼吸音が木霊する。普段の様子と異なることは容易に察することができた。泣いているような、そんな呼吸音だ。

 母は言った。

 「ーーサクラ、じいが死んだ」

 「は?」

 私は唖然とした。

 じいが、死んだ?

 母の言葉がぐるぐると駆け巡る。一瞬理解できなかった。

 じいーー母方の祖父はつい先週看取り介護に移ったと聞いた。長期休みの度一月ほど帰省する際、私は母方の実家で過ごすため、つい四ヶ月前に会ったばかりだった。

 「サクラちゃん、またきてねぇ」と酒気を帯びた赤い顔に満面の笑みを浮かべ、じいに見送られたのである。当然、また帰ってくる気であるし、じいとばあにも会う気であった。何だがんだ、長期休みの度にひと月以上も滞在する私は一番付き合いの長い孫だろう。次点で弟だろうか。

 「今、救急車で運んでるんだけど、多分ダメ。帰ってきて……!」

 「えっ、死んだ?」

 嗚咽混じりに聞かされた言葉に思わず聞き返してしまう。最後にあったあの日までトリップしていた思考は現実に戻った。母は、肯定する。その事実は私の思考を止めた。しかし、それは一瞬で、次の瞬間、半ば反射的にこう答えた。

 「……うん、わかった。すぐ帰る」

 お盆の最終日、どうやらご先祖様は、じいを連れて逝くことにしたらしい。

 

 通話を終わらせ、すぐさま立ち上がる。起立性低血圧によりクラリとしたが、気にしている場合ではない。父方の実家から母方の実家である離島まで特急列車と新幹線で合計三時間から四時間。そこから港まで向かい五時過ぎ出航の船で約十二時間。受付を考慮すれば最低三十分前の午後四時半までには着いておく必要がある。なんせ帰省シーズンと丸かぶりしているのだ。

 「その前にお父さんたちに言わないとならんな……費用もらおう」

 心は既に帰省することを決めていた。就活の関係で今年の夏季休暇は帰省しないつもりだったが、身内の一生に一度の門出と比べるまでもない。こうやってすぐに決断できるのは、ひとえに家族の存在だろう。前々から葬式などに関しての交通費は出すと言われていたのだ。一週間前には看取り介護に移ったと母から聞いていたし、急ではあるが構わないだろう。

 大変だ大変だ。

 冷静な頭の隅で、そんな言葉がずっと駆け巡っていた。

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