第51話 ただいまと花

 フェリスから昨日の様子を聞き終えた辺りで玄関の扉が開かれる。


「たっだいま~」

「ただいま」

「ん、こんにちは」

「あぁ、おかえり…」

「おかえりなさい…」


 帰宅したタイチは、両親の少し疲れた様子とフェリスが先に来ている事に、いち早く昨日の狩りの件でも聞いたのかなと辺りを付ける。

 その予想は当たった様で、さっそく鋭い視線を向けられるニーナの姿があった。


「丁度いい所に帰って来たわね。ニーナ、こっちにいらっしゃい」

「およ?フェリスちゃんが居る。って、お母さん何々?」

「昨日、危ない魔法を使ったって聞いてたけど、詳しくは聞いていなかったわよね」

「そうだっけ?」

「フェリスちゃんから詳しく聞いたわよ。どんな魔法なのかって事と、最初に使おうとしていた風の魔法の危険性も」

「タイチ、一応確認しておきたいんだが、どれくらい危険だ?」

「……フェリス、どれ位話したの」

「離れた位置から鹿を仕留められる魔法って事と、もう1つは風を使った魔法で、下手をすると人を削り取る位かしら」

「え~と、どっちも風魔法だよ。教えるのは良いけど、使おうとすると人を簡単に倒せるようになるけど、聞きたい?」

「……野生の獣と比較したらどれくらいだ?」

「魔法の方がはるかに危ないと思うよ。空気を操作するだけだから、気づきにくいし」


 その言葉を聞いた瞬間に、母さんはニーナの頬を両手で挟むように持ち言い聞かせる。


「ニーナ、人に向けて絶対使ってはダメよ。いいわね」

「分かってます~。鹿が目の前ですぐ死んだんだから、それ位気が付いてるよ~…」


 反省してない物言いで返事をし始めたと思ったが、徐々に声色が低く小さくなっていく。ニーナが今朝まで普通を装っては居たが、怖い魔法である自覚はあったようで、両親は安心する。


「ちゃんと自覚してくれてるなら、それで良いわ。不安だったらちゃんと話してね」

「うん…」


 母さんはニーナの返事を受けた後、抱きしめて頭を撫でている。

 タイチはニーナにはフォローが必要だったことを改めて気づかされる事となる。やはり、娘の不安を見抜いた母親と言う存在は偉大だなと感じ入る。

 しばらく抱きしめていたが、ニーナの顔を再度確認した所で母さんが納得してニーナを解放する。


「うん、もう大丈夫そうね」

「えへへ~」

「あら?ヨミちゃん、いらっしゃい。気づくのが遅れて、ごめんなさいね」

「んん、大丈夫。おじゃましてます」

「なんだか女の子が多くて華やかな日だな。なっ、タイチ」

「えっ、そ、そうだね」


 母娘のカウンセリングらしき行為が済んだ所で何を言ってくるんだとタイチは警戒する。父さんは、場の雰囲気を変えようと思っての発言だと思うが、タイミングが悪い。

 案の定、母さんの目が半眼にり笑顔が冷たくなっている。


「あら、それはごめんなさいね。私とニーナだけじゃ足りなかったみたいで」


 即座に父さんも気が付いたらしく、サッと誉め言葉を並べ始める。


「そんなことはないさ。小さな花の中に大輪の花が輝いてるようにみえているからね。今も眩しくて恐れ多いくらいだよ」

「まぁ、許してあげましょうか」


 そう言ってはいるが、母さんの顔は少し緩んでいる。後半の言い回しが悪く取られなくて一安心する。

 その様子を見ていたフェリスから、小さな声で話し掛けられる。


「納得したわ。タイチの急な口説き文句って、ここからなのね」

「そんなに口説くような事は言ってないんだけどな…」

「無自覚」

「追いつめられると結構出てくると思うよ?」

「そうなんだ……。気づかなかった」

「もしタイチがおば様を褒めるようなら、何て言うのかしら?」

「え~~」

「おもしろそう」

「聞きたいな~」

「タイチが褒めてくれるのかしら?ちょっとどんな言葉が出るのか楽しみだわ」

「聞かれてるし…」


 仕方がないと諦めつつ、前世の褒め言葉で場を切り抜ける事を決める。

 父さんが花になぞらえて褒めたから、この言葉を選択する。


「それじゃあ、『立てば芍薬しゃくやく、座れば牡丹ぼたん、歩く姿は百合の花ゆりのはな』で良いかな?」

「わっ?!お兄ちゃん、べた褒め?!」

「まぁ、3つの花に例えてくれるなんて、どうしようかしら♪」


 母さんの喜ぶ姿と、それにより背中を叩かれる父さんに少し悪いことをしたかもと罪悪感をいだく。結構強めにバシバシ叩かれている。


「タイチ、そんなに褒めたら次から大変になるんだぞ……」

「あなたも頑張って誉め言葉を探してね」


 やはり褒めすぎたらしい。そして直ぐに気が付く。このまま3人の少女たちからリクエストが降りかかることになると。


「お兄ちゃん、私たちには?」

「……いるの?」

「もちろん♪」「いる」「聞きたいわ」

「あーー……、可能なら加護の力を使ってもいい?」

「ん~、どうする?」

「ほめてくれるなら」

「タイチが言いよどむ位だから、他の花の名前をあんまり知らないんじゃないかしら?」

「いや、いくつも知ってるけど、知らない花の名前ばかりになると思うよ」

「例えば~?」

「チューリップ、バラ、ガーベラ、ゼフィラサンス、デンドロビウム、マーガレット、ダリアとか。まだあるけど直ぐに出てくるのは、こんな感じ」

「知らない花の名前ばかりね…」

「だから、加護の中に花の辞書が出てこないかな~と、今願ってる」

「なんで、桜とか梅とかの名前が出てこないの?」

「なんでって、花言葉が色々あるから」

「はなことば?」


 タイチは、シマッタと表情に出してしまった。特段とくだん、気にもしなくていい花言葉と言う存在を伝えてしまっていた事を。


「タイチ、花言葉の意味は?」

「……花の名前だね」

「はい、嘘!」

「ホントの事を言う」

「…はぁ、前の記憶に、花に色々意味付いてたんだよ。それを元に、相手に送ったりしてたから」

「それは、さっき花に例えてくれてたけど、ちゃんと意味があるのかしら?」

「母さんに言ったのだと、慎ましさ、思いやり(王者の風格)、純粋(威厳)かな」

「なんだか一部不穏な気配を感じたけど、そういう意味なのね」

「ほかには~?」

「さっき言ったのだと、バラかな?美しいとか、貴方を愛してますって意味があるよ」


 そのように説明を行っていると、視界の右下にメールのアイコンが突如表示される。


『メールが届きました』


「あ、神様から連絡かも」


 そう一言告げて、メニュー画面からメールを開く。内容は以下の通りだった。


『特別クエスト:花を育てよ

 この世界に広まっていない花を育てよ。

 ※どんな花言葉を選ぶか楽しみじゃ。

  報酬の先払いの対価として、今日の昼食会の料理を出荷箱に捧げよ。


 アイテム:バラの種、植物図鑑、植物図鑑(メニュー画面専用)』


 メールに添付されていた種と図鑑をアイテム欄に移し、書籍の図鑑だけを取り出す。

その場に居た全員が、突如取り出された綺麗な色のついた図鑑に驚きを隠せない様子。

 内容を簡単に確認してみると、花の育て方から花言葉まで色々と記載がされている。

 やはり興味が勝つのか、その場に居た全員が覗き込んで来る。


「うわ~、綺麗な色に知らない花」

「凄く分厚いのね。ちょっと読めない文字が多すぎるけど」

「スゴイ」

「ねえタイチ、この本は見てしまってるけど、大丈夫なのよね?」

「大丈夫だよ、いくつかお願い事と引き換えで貰えたから」

「おいおい、神様からの願い事って一体何なんだ?危険な事はないよな?」

「この本と一緒に送られてきた花を育てろって」

「どんな花なの~?」

「バラだね。ただ、かなり種類があるから、どの花が咲くか分からないけど」

「この本にも載ってるのよね?」


 みんなの興味がバラに移ったので、バラのページを探し出して広げる。

 そこで最初に載っていたバラは、よく花束などで使われる赤い色形の物であったが、バラとしか記載が無かった。

 次のページにも有名なバラの名前が載ってはいたが、どれが咲くのかは見当が付きそうにもない。


「ねぇ、この赤いのがバラで良いのよね?次の所にも色違いが載ってたけど」

「え~と、花の種類がいくつもあって、白だったり桃色だったり黄色だったりと、色々あるんだよ」

「へ~、で、どれが愛してるなの?」

「バラの最初のページに載ってるの赤い花を基本のにして貰えればかな。ほかの品種にも同じ意味があったりするから、どれとは言えないし」

「これは大変だな。この本に載ってる花の一つ一つに意味があるんだろう?」

「どうだろう…。全部に意味は付いてなかったんじゃないかな?そこまで詳しくはないし」


 いくつかページをめくっていたが、いつまで見ているわけにはいかない。

昼食用の料理を作らなければと、意識を切り替える。


「本を渡すから見ていてもらえる?お昼の料理を作るから」


 そう口にし机の上に本を置く。女性陣は図鑑を最初のページから見始めている。

 父さんも後ろから覗き見する形でみていたので、服のすそを引っ張って少し離れた位置に誘導する。

 そして、女性陣に聞かれない様に、そっと告げ口しておく。


「父さん、母さんに今度花の事を言われたら、ひまわりをお勧めするよ」

「どうしてだ?」

「あなただけを見ていますって意味だから」

「おぉ、そうか!ありがとうな!」

「いや、さっき色々言い過ぎたから」

「あぁ…、でも本もあるし、これから大変そうだけどな」

「無茶ぶりされない事を祈るよ」

「お前もな」

「あ…、後で調べとかなきゃ…」


 昼食後に、花と花言葉を要求される事になるのだが、この時は後日で良いだろうと考えていた。


「さてと、ジビエ料理を作りますか」


 鹿肉のステーキを基本として、いくつかレシピとして表示されるか試す事にも挑戦する。猪のカツ、鹿肉と猪肉のハンバーグが出来れば良いなと、淡い期待を持ちつつ、メニュー画面を開くのでした。


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