第49話 買い物に来ました

 タイチはずぶ濡れのままでは風邪を引くと、一旦家で着替えをする事にした。

 そこはニーナも反対するわけでもなく、大人しく付いて来てくれていた。


「お兄ちゃん、昨日言ってたパン粉って言うのを買おうよ」

「パン粉って言うか、パンを買って細かく砕くだだけだよ。パンはみんなそのまま食べてるだろう?わざわざ細かくする人は居ないし」

「そっか、パンの粉って何だろうって思ってた。小麦の仲間なのかな~って」

「疑問に思ったら聞いてくれてよかったのに」

「あんまり聞いてると、出てきた料理の楽しみが減るでしょ?」

「まあ、期待を裏切らない様に頑張るよ」


 着替えも滞りなく済み、いざ買い物へ出発する。

 出荷箱からメニュー画面へ支払われたお金を、ちゃんと先に取り出しておく。


 雑談を交えつつダインの店に近づくと、店先で掃除をしているヨミの姿が目に入る。

 いつも自由に振舞っている様にみえるヨミだが、家の手伝いはしっかりしている。


「ヨミチ!おはよ~」「ヨミちゃん、おはよう」

「ん、おは~。ところで何しに来たの?」

「何しにって、買い物しに」

「ん~?」

「今日のお昼のしなを増やす為に買いに来たんだよ」

「あぁ、なっとくした」

「で、何かお勧めの物とかってある?」

「一応買いたい物はあるんだけど、それが無い場合はお勧めにしようと思ってるんだよ」

「分かった。先に買いたい物はなに?」

「パンと玉ねぎと人参辺りかな」

「あれ?パンだけじゃないの」

「多分、あると違うモノが出来そうかなと思って」

「へ~、ちょっと楽しみ」

「ん、ワタシもご馳走して貰う」

「うまく作れたらね」


 そう会話をしながら3人は店内へと移動する。

 勿論、店主が居る訳なんだが、ヨミがどの様な会話をしているか分かっていないので、聞かれた事だけ話して対応しようと、タイチは心構えをする。


「いらっしゃい。おや、タイチ坊に、ニーナちゃん。いや~、ニーナちゃんは随分綺麗になったね」

「こんにちは、ダインさん」

「こんにちは~。えへへ、そう?綺麗になった?」

「あぁ、もちろん!」

「じゃあ、買ったらオマケを付けてくれる?」

「まったく、買い物上手になって、オジサン大変だよ。ハッハッハ~」


 タイチは何となく自分との会話が避けられている様な印象を受けた為、ヨミに耳打ちをする形で話しかける。


「なんだかダインさんが、こっちをあんまり見ないんだけど、理由を知ってる?」

「ん~?」


 これはヨミからは分からないのかも知れない。そう考えたタイチは、取り合えず目的の物を買ってしまおうと気持ちを切り替える。

 この耳打ちをしている時に、ダインの瞳が鋭さを増していたのを、タイチは見落としていた。


「あの、パンと玉ねぎと人参ってありますか?」

「あぁ、あるよ。いくつ欲しいんだい」

「いくつオマケしてくれます~?」

「いや~、ニーナちゃんは油断できないね~。買ってくれる数で決めさせて貰うから、それからかな~」

「それじゃあ、パンを5つに、玉ねぎが7個と人参を4本程」

「はいよ~」


 紙袋等は勿論用意してあるわけでもないので、家から持って来ていたカゴに入れて貰う。


「オマケは~♪」

「じゃあ、ニーナちゃんにはこれだ」


 リンゴを1つ渡してくれた。まあ、こちらには何も無さそうなのは雰囲気で分かるのだけれど、ヨミから何かおかしな話でも行ったかなと考えていると。


「あんた、何やってるんだい!」


 その掛け声と共に、ダインが後頭部をひっぱたかれていた。その相手は、ヨミのお母さんであるヨナさんだ。

 名前が似てるから、『ちゃん』を中々外しにくい原因の1人目ヨナである。


「全く、買い物に来てくれてるってのに、なんだいその態度は」

「いや、別に普通だろう」

「父、タイチ兄だけそっけない」

「ほら、ヨミにだってバレてるじゃないか」

「本当に、タイチくんには申し訳ないね~」

「いえ、ヨナさん、気にしてないので」

「たく、こんなに出来た子なのに、うちの人ったら、まったく」

「父、理由を言わないと、口を利かない」

「ぐぅぁう~、ったく、最近、ヨミの口からタイチ坊の事しか話さないからだよ!」

「しょうがない人だね~。いつかは嫁に行くんだから、それくらい覚悟しときな!」

「まだだろうが!そんなに早く嫁には出さないんだからな!」

「父、タイチ兄の所にお嫁に行く」


 何故それをここで言うのかなと、ヨミを少し問い詰めたい。

みるみるダインの目が座って行くのが分かる。対照的に、ヨナの方は頷いて喜んでいる様子がうかがえる。


「そうかい、そうかい。やっぱりタイチくんかい。良い人を選んだね、うちの子は!」

「ちょっとまった!!どうして、嫁に行く話が出てくるんだ!」

「ん?いつか嫁に行くって言ったから」

「いや、そうじゃないだろう。こう、親としては相手の人となりとかを選んだりするもんだろ?」

「でも、もう選んだ」

「往生際が悪い人だね。ヨミが決めたって言ってるんだから応援しておやりよ!」


 ヨナが肯定的な意見を言うので、ダインがどんどんヒートアップしていく。

 いま口を挟むと収拾が付かなくなりそうなので、ヨナに期待しよう。

 しかし、そんな考えを打ち砕くトラブルメーカーが横にいた。


「ダインさん、落ち着いて。お嫁にいくのは4人だよ~」


 あ、これは拙いと判断し、一方の手で頭の後ろを抑えた後、空いた手でニーナの口を塞ぐ。


「おやおや、モテ男だね~。これはヨミも頑張らないと」

「ん!ニーナとフェリス姉とミリア姉には負けない」


 そうか、そっちにも『敵ハイタカ』と、タイチは心の中でつぶやく。

 ダインの方をちらりと見てみると、顔から表情が消えている。

 わなわなと肩を震わせた後、怒声の混じった台詞が飛んでくる。


「一体どういう了見りょうけんで、うちの子も入れて4人も嫁に貰おうってんだい!!えっ!説明して貰おうか!!」

「父、うるさい」

「まったく娘が絡むとすぐこれだから、困った人だね~」


 ヨナは慣れた様子で、前のめりになって頭の位置が下がったダインの頭部に拳骨げんこつを落としている。『ゴンッ!』と良い音が響いた。

 その姿に、どこに行っても女性陣は強いなと、改めてタイチは思う。


「がぁッ~……、痛てえじゃねぇか!こっちは理由を聞いてるだけだってのに」

「そんなに血走った眼で迫っておいて、何を言ってるんだい」

「ヨミの選んだ男に4人もとつぐって言われたら、こうもなるだろうが!」

「へぇ~~、あんたのよめは何人だい。言ってごらんよ!」


 ヨナの切り返しに、ダインが急に黙り込んだ。何か色々あったんだろうと、口を挟まずに傍観ぼうかんする。この場の天秤はヨナに傾いたのだと思うが、タイチは向こうからの質問を待つ心算つもりでいた。

 そんな中、店の奥から女性が2人出てくる。


「ヨナ姉さん、凄い怒鳴どなり声が聞こえてきたんだけど?」

「一体何があったの?」


 現れたのは、ダインの奥さんのヨルさんとモアさんだ。

ヨミと名前が似ていて、『ちゃん』を中々外しにくい原因の2人目ヨルの登場であった。


「ヨミが自分の嫁ぎ先を決めた報告をしたんだけどね、うちの人ダインが納得できなくて叫んでるんだよ」

「状況的に、タイチちゃんで合ってる?」

「あぁ、その通りだね」

「まぁ、タイちゃんがうちの子になるって事?良いわね。ね、ヨル」

「そうね。まだ成人の議をしてないから、少し先になるでしょうけど」

「ヨルもモアも、こいつヨナに何か言ってやってくれよ!タイチ坊にヨミを含めて4人も嫁が出来るって言ってんだ!」


 この発言に肩を竦めているヨナの姿があった。

 それと同じく、ダインの抗議もどこか悪いのかとばかりに気にも留めない母親たち。

 ヨルとモアはダインに近づき、左右から手を抑え反撃できない状態にしてから頬を引っ張る。


「何を言ってるのかな?この口は」

「娘の幸せを潰すつもりですか~?」


 目の前で起きている折檻せっかんに、タイチはこの光景が自分の未来の姿になるのではないかと、薄っすらと錯覚する。

 ダインは両頬を捻り上げられており、満足な返答も出来ない状態から逃れようとするが、しっかりと捕まえられいるため、少しづつ大人しくなっていく。


「落ち着いて話を聞くことが出来るんなら、2人に離すように言うけど、出来るのかい?」


 ヨナの質問に、細かく首を縦に振るダイン。

やっと頬を解放されたが、両腕の拘束は解かれてはいない。いつでも、再開できる状態で確保している。


「たく、何でここまで攻められるんだよ…。娘の心配して何が悪いってんだ」

「そうかい、反省が足りないようだね。ヨル、モア」

「ちょ、ちょっと待った!反省してる!してるから」


 その言葉が本当か調べる心算つもりのようで、ヨミがタイチの肘の辺りに腕を絡ませる。

 タイチも咄嗟の事で、反応できずにされるがままなってしまう。


「おいっ!まだ許してないってのに、腕を組むたぁどう言う事だ!」

「ヨル、モア」

「ちょっ。あだだだ…」


 ダインは、再び頬を捻り上げられている。

 軽く10秒程強く捻り上げられてから解放されたが、言いたい事と納得が行かない事が拮抗しているらしく、苦々しい顔をしていた。


「やっと大人しくなったようだね。少し黙ったまま話を聞いてるんだよ。いいかい?」


 ダインは渋々と言った感じで頷く。

 ヨナが中心として、こちらに質問を投げかけてくるようだ。


「タイチくんにはみっともない所を見せて悪かったね。所で、いくつか聞いておきたいんだけど、答えて貰っても良いかい?」

「はい、それは勿論」

「ありがとうよ。じゃあ、まず1つ目。ヨミが嫁ぐって言うのは納得してるかい?」

「あの、来てくれる事に不満は無いんですが、一気に4人に周りを固められたので、戸惑ってはいます」

「正直にそこまで言わなくていいのに。しょうがないねぇ~」

「ん?タイチ坊から口説いたんじゃないのか?」

「いえ、囲まれた側です」

「……ヨミ、本当か?」

「捕まえておかないと、逃げられる」

「もう1つ良いかい?」

「はい」

「ヨミを含めて、4人もやしなう当てはあるのかい?」

「そこは大丈夫だと思います」

「お兄ちゃんの加護が凄いから、大丈夫だよ」

「そう言ってもね、私たちは加護がどんなモノか知らないから、何か教えても大丈夫なものはあったりするかい?」


 何を伝えるべきか考えていると、ヨミからお願いが来た。


「タイチ兄、甘い物とか渡してもいい食材があったら出して」

「えっと、一度外に出てからでも良いかな?」

「今ここで。それだけで、納得させられる」


 ヨミの強い確信の言葉に、ヨミの家族の事は任せた方が良いと判断し、タイチはアイテム欄からいくつか取り出す。

 ヨルとモアがダインから腕は離して、率先して受け取りに来た。


「何もない所から突然物を出せるって、何か仕掛けがあるのかい?」

「ヨナ姉さん、それだけじゃないわ」

「ピンク色の塊かと思ったら、岩塩だわ」

「この小瓶は、蜂蜜か」


 ヨミの家族の顔が、娘を案じるモノから、商人の表情へと変化していく。

先程と打って変わって、ダインが顎に手を当てて考え込み始めている


「タイちゃん、これハチミツって手に入れらるって考えて良いの?」

「蜂蜜は、季節の関係でいつまで取れるか分からないです。岩塩の方も、どれ位手に入るかは不明です」

「そっか~。いつでも売れるならって思ったんだけど」


 モアは常設販売を計画した様だったが、タイチはまだ1度しか入手していないので、不明と返答していた。

 そこに考え込んでいたダインから、ヨミの意図を確認する質問が来る。


「ヨミ、タイチ坊の事を守る様にしてくれって事か?」

「そう、加護が凄すぎてさらわれる」

「これは加護の力で取り寄せてるって事で合ってるか?」

「取り寄せではないです。手に入れた物を出し入れしてます」

「ってこたぁ、下手をすると密貿易を疑われる可能性があるって事か。それと、岩塩の勝手な販売もご法度だし、知られると拙いだろうな」

「他の人には知られない様にするつもりですが、何かあったら協力をお願いできませんか」

「一応確認だ。他に知ってる人物は?」

「両親と、村長さん、あと神父様です。ヨミちゃんとニーナとフェリス、あとミリア姉さんも一応知ってます」

「ま、妥当な人選だな。タイチ坊、確認だが他に出来る事はあるか?」

「色々あるんですけど、全部は判ってないです」

「はぁ、本人にも分からないってのは厄介だな。で、その仕舞う事が出来る加護は、どれ位物を入れられるんだ?」

「さぁ…?限界まで入れた事が無いので」

「たく、その1つだけでも商人には夢の様な加護だな…」

「タイチ兄、巨峰ない?」

「いや、あるけど、出すの?」

「ん」


 まだ何か考えがあるのだろうと、言葉通りに1房取り出してヨミに渡す。


「これ、皮を剥いて食べる。種は飲み込まないで出して」

「また、可笑しなモン出して来やがって」

「随分、濃い色合いだね。おや、中はうす緑かい」

「ヨナ姉さん、モア、良い匂い」

「これは期待できそうね~」


 ヨミの家族が思い思いに巨峰を手に取り味を確かめていく。


「はぁ、今まで食べてた果物って何なんだろうね…」

「これは凄いわ。いくらになるかちょっと見当が付かないわ」

「ん~、素敵。タイちゃんがうちの子になるって決定よね」

「……献上品か、いやダメだな。出所を探られる」

「たね頂戴」

「あぁ、植えるのか」

「タイチ兄、どれくらいで収穫できる?」

「えぇ~~~。育てた事ないんだけど…。加護の力で、どれくらい短くなるか予想できないよ」

「そっちの加護もあんのかよ?!」

「お兄ちゃんの加護を使うと、種芋を使った作付で2日から3日位で収穫できたよ」


 タイチは、ニーナが余計な事を言ったと瞬時に判断できた。

 ヨミの母親たちの瞳が怪しく輝いている。

 タイチは、瞬時にきびすを返して店舗から外に逃げようと試みるが、ヨミに腕を取られたままだった事もあり、初動が遅れる。

 両肩と、空いたもう一つの腕を後ろから取られ、身動きが取れなくなる。


「詳しい話を聞こうじゃないか。なぁ、婿殿」


 ダインの腹の底から響く様な声が後ろからささやかれるのでした。


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