第42話 義理の息子に

 村長宅に近づくと、ミリアを心配していた村長が家の前で待っている姿が見えてきた。その様子を見たミリアは、すぐさまタイチの腕を取り、身体をしっかり密着する形で声を掛ける準備に入る。

 急に抱き着かれて、又してもタイチは声も出せずに固まる。


「なっ?」「ミリア姉?!」「ズルい」


 ミリアは外野の声を気にもせずに、村長である父に手を振りながら笑顔で声を掛けていた。


「おと~さ~ん!ただいま~~」


 心配していた娘が返って来たと思い、声のした方へ笑顔で顔を向ける村長の姿が見えたが、数秒もせずに、眉間に皺の入った顔へと変化していく。

 その様子を確認したタイチは、小声でミリアに確認を取る。


「ミリア姉さん、確か何も言わずに家を出てたんだよね?」

「そうよ、それもあって家の前で待ち構えてるのね」

「待ち構えてたんじゃなくて、心配で家の前で待ってただけだと思うけど…」

「えぇ?あんなに眉間に皺を寄せて待ち構えてるのに」

「いや、男に抱き着いて戻ってきたら、きっとこうなると思うよ」


 タイチも眉間に皺を作って村長の気持ちを伝えるが、ミリアはクスクスと笑うばかりであまり気にしていない様だった。

 それは傍から見ると、ただいちゃついている様にしか見えていない。

 離れた所に居る村長の表情がどんどん険しくなっているのだが、ミリアは一切気にせず、タイチは気づけていない模様。


「お兄ちゃん、村長さんの顔がどんどん険しくなってるから、さっさと近づいて説明した方が良いと思うよ」

「ミリア姉さんも、ワザとやって無いで説明を済ませましょう。タイチの印象がどんどん悪くなってるじゃない」

「えっ?うわ、さっきよりも睨んでる?!」

「仲睦まじい姿をみれば、子離れも出来るかな~と思ったんだけど、無理みたいね」

「それはムリ。突然娘が男を連れてくると、父親はしばらく不機嫌になるって母が言ってた」

「今日にでも家を出る訳じゃないのに、もう。それとも、タイチ君は今日にでもお嫁に行った方が良い?」

「まだの方向で、ぜひお願いします。両親にも何も言ってないし、準備も何も出来てないから」

「お父さんとお母さんなら、なんとなく突然嫁に来ても、『あ~来ちゃったか~』位で済むと思うよ」

「ニーナ、どっちの味方かな?」

「私を大事にしてくれる方♪」

「ニーナちゃん、大事にするわ~」

「わ~い♪」


 ニーナとミリアが抱き合ってふざけ合っていると、しびれを切らした村長が近づいて来るのが確認できた。

 

「ミリア、一体どういうことだ?朝から行方が分からなかったのに、返って来たと思ったら男に抱き着いてだなんて!」

「あら、お父さん。男女が腕を組んで居たら、思う事は一つじゃないの?」

「そこのタイチと恋仲にでもなったというのか?」

「違うわよ。旦那さまよ」

「………ダ、ダンナサマ?」

「姉さん、まだ結婚してません…」

「そうね、だったわね♪」


 先ほどまでふざけ合っていたニーナが、可哀そうなモノを見る目をしている。フェリスもヨミも、やってしまったと言った感じの表情が伺える。


「旦那様とはどう言うことだ!!」

「それは、近い内にタイチ君の所へお嫁に行くからよ」

「ミリア姉さん、……近い内って言うのは決定事項で?」

「そうよ、だって、今結婚してくれる意思を見せてくれたでしょ」


 その言葉を聞いた途端に、村長の呼吸がヒュー、ヒューと怪しい様子を見せ始めた。


「ちょっとお父さん、しっかりして!」

「村長!大きく息を吸ってからゆっくり吐いて!後ろから支えるから、ゆっくり座って下さい」


 その場に居る人数で村長を支え、ゆっくりと座らせた後に呼吸を落ち着かせるように口を狭めて吸う指示を送る。

 その甲斐あってか、徐々に村長の呼吸が落ち着いてくる。


「ミリア姉、やり過ぎ」

「ホントだよ~。ミリア姉、全てを飛ばしてお嫁に行きますじゃ、村長さん受け入れられなかったんだよ」

「仕方ないじゃない、まさかここまで子離れがダメだと思わなかったのよ」


 ようやく喋れる様になった村長から、すがるような質問が届く。


「な、なぁミリア。その、お、お嫁になんていかないよな?」

「ううん、行くわよ」

「うわ~」「オニ」「容赦ないわね」

「あの、村長さん、今はその事を考えずに、心を落ち着かせて呼吸に集中してください」


 村長はこの状況下でよぎる思いがあった。

 娘のミリアには、にべもなくあしらわれ、娘をさらっていくはずのタイチが、この状況下で一番親身に助けようとしてくれる事に。

 この事によって、村長はタイチに対して若干印象を良くはしてたが、まだ娘はやれない気持ちが抑えられず、苦し紛れの抵抗を見せる。


「な、なあ、タイチ君。私の息子むすこ(養子)にならないかね」

「ん?義理の息子むすこですか?いずれはそうなると思いますけど」

「イヤイヤ、そんなに時間を空けずにどうだろう」


 タイチからはミリアと結婚して義理の息子になる事を進める話かと思わせておきながら、狙いは実はそうではなかった。

 村長は、ただ単に義理の息子にして姉弟の結婚は認めないと言い張るつもりで声を掛けていた。

 だがその考えも状況が悪かった。その言葉を、あっさりと逆手に取られてしまう。


「あら、お父さん。すんなり結婚を認めてくれるのね。ありがとう!」


 そう、タイミングが悪かったのだ。言質を取る事で、言い逃れさせない事を見計らっていた人物ミリアがいた。


「あ、いや、あ、違うんだ」

「違わないでしょう。私とタイチ君が結婚すればよね。ほら心配いらないじゃない。なに?それとも、それ以外の何があるって言うの?」

「………ミ、ミリアの弟から…」

「んん?」


 村長は最後の意地でミリアに抵抗しようとしたが、言葉を続けることが出来なかった。

 横でやり取りを見ていたタイチは、家に帰宅した後、父親であるカインに向かって『笑顔の中に鬼の姿が見えた』と口から零していた事を補足しておく。

背中を叩かれて励まされる姿があった事も忘れてはならない。


「うん、それじゃあ、お母さん達にも紹介しなくちゃね」

「村長さんは?!」

「うん?ほら、お父さん行くわよ」

「あ、あぁ…」


 うなだれている村長をうながして家に向かうミリアの姿に、少女達から感想が漏れ聞こえる。


「何だろう。うちのお父さんより扱いが雑な気がする…。ミリア姉、意地になってない?」

「畳み込むなら今が一番」

「私の家では穏便に済ませられる様に、お父さんにそれとなく伝えておこう…」


 家に近づいた所で外でのやり取りが聞こえたのか、家の中から女性が出てくる。


「あぁ、良かった。ミリア、おかえりなさい」

「ただいま、お母さん」


 生みの親のシーリアが安堵した様子で帰宅を喜んでいる。

 ただ、上機嫌な娘と違い、落ち込んだ様子の夫を見つけ頬に手を当てつつ首を傾げている。


「ミリア、お父さんが項垂れてるけど、何かあったの?」

「ううん、良い知らせはしたけど、落ち込まれるような事は言ってないわ」


 タイチ達は内心、平静をよそおいつつ『言い方~!』と思っていた。


「そうなの?プルプル肩を震わせてるけど」

「大丈夫よ、お茶でも飲んで落ち着けば戻るわ」

「分かったわ。それと、後ろのお友達にもお出ししても大丈夫?」

「えぇ、お母さんに伝える事もあるから、一緒に中に入るわ」

「あらあら、何かしらね。ただ、他の2人はお父さんの代わりに外に出てるから、私だけになっちゃうけれど、良いかしら?」

「うん、大丈夫。また別の機会にするから」


 そんな母子のやり取りを見ていたニーナから小声で一言漏れる。


「ミリア姉、なんかお母さんの前だと少し幼くなってない?」

「そう言われればそうね。何だかさっきよりも幼い感じがするわね」

「村長に甘えると五月蠅うるさそう」

「「それだ」!」

「みんな、もう少し村長さんに気を使ってあげなよ…。聞こえてるから…」


 先程よりも更に落ち込んだ様子の村長がたたずんでいる。


「あ、ごめんなさい、村長さん」

「村長、ごめんなさ~い」

「ん、娘の視点だとその感想になるから気を付ける方がいい」


 タイチは、咄嗟にヨミの口を塞ぐが、もう遅い。

 涙を堪えているの村長の姿が其処にあった。その村長の姿を確認したシーリアは慣れたもので、サラッと流してしまう。


「さ、皆さんも中へどうぞ」

「みんなも一旦休憩しましょ」

「あなたはいい加減ミリアを構うのを止めなさい。もう、いい年なんだから」

「ぐっ…、あ、う……」


 言い返したいが、返事をして言質を取られたらと葛藤する村長を最後尾にしつつ家の中へ入っていくのでした。


------------------------------------------------------------------

ご覧いただきありがとうございます。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る