第34話 ネコはいつの間にか、忍び寄る

 急に声を掛けられ、言葉が直には出てこない状況の3人だったが、いち早く復帰したタイチが声を掛けて確認をする。


「……ヨミちゃん、いつからそこに?」

「近づいたのは今。でも聞いてたのは、ずっと前から。タイチ兄が、2人を口説いてたから、私もと思っただけ。それと美味しそうな匂いは何?」


 矢継ぎ早に質問を投げかけられる。興味のある事に我慢の限界が来て近づいてきたに違いなさそうだった。


「え~と、まず、ヨミちゃんは特別な力が手に入って連れて行かれそうになったら嫌かどうか教えて貰える?」

「ん~~~、イヤ?」

「助けて欲しいと思ったりする?」

「する」

「分かった、何かあったら助けに行くよ。これで良い?」

「ん。で、ちゃんと口説いてくれないの?」


 どうやらニーナとフェリスを口説いていたと認識を変えるつもりは無さそうだ。


「口説いていたわけじゃないんだけど、そう言っても信じて貰えないよね?」

「もちろん。早くワタシも」


 少しの間を取ってから、質問していいか確認を取る。


「口説くかは置いておいて、いくつか聞きたいけど良いかな?」

「仕方ない。早くする」

「全然見かけなかったのに、どうやってここにいるって判ったの?」

「向こうで釣りをしてたら、いい匂いがして辿って来た」


 スタシアの所で作った試食の事だと直ぐに検討がついた。バターを使ったムニエルが1番怪しかと思う。


「ヨミちゃん、今日食べたものをご馳走するから諦めたりしない?」

「ない!ここで逃がすといつ聞けるかわからない」

「お兄ちゃん、ヨミッチはこうなると引かないよ?」

「ん、ニナッチもよく分かってる。それと前から言ってた、呼び方も直す」

「ヨミヨミ?」

「ちがう!ヨミ」

「えぇ〜、可愛らしくていいじゃん」

「あと抱きつかない」

「ほらニーナ、前から嫌がってるって言ってるじゃないか。ごめんね、ヨミちゃん」

「だめ。タイチ兄も直す」


 ニーナは、同年代であるヨミを妹の様に構い倒して居る為に、最近似たやり取りを繰り返している。

 タイチも目の前で確認したので注意をしたが、今度はヨミの方からダメ出しが来た。

 1人だけ「ちゃん」付けが気に入らない様子。


「それなら、ちゃん付けをしない呼び方は、何か希望あるかな?」


 少し考え込んだ様子ではあったが、どうやら呼んで欲しい呼び方を決めたようだ。


「ヨミでいい。どうしても「ちゃん」を付けたいなら、可愛いヨミちゃん、愛しいヨミちゃんで我慢する」


 タイチには、ほぼ一択と言って良い選択肢しか残されていない為、諦めて素直に呼ぶ事に腹を決める。

 だが、その前にニーナから横やりが入ってくる。


「それはズルい。私も、愛しのニーナちゃんで良いよ♪」

「それはありがとう、ニーナ」

「ぷぅー」


 タイチはフェリスはどうするのかと思い、視線を向けてみると即座に反応が返ってくる。


「わ、私はこのままで良いわよ。普通にフェリスって呼んでくれれば大丈夫だから」

「ありがとう、フェリス。安心するよ」

「そ、そう、安心するのね」


 フェリスの少し挙動不審な態度が見受けられたが、頬を赤くしているので悪く思われてはいないハズだ。


「フェ~リ~ス~ちゃ~~ん、1人だけ点数稼ぎはダメだと思う」

「違うわよ。点数稼ぎなんてしてないじゃない」

「1人だけ良い子してた。タイチ兄も安心するって言った」

「あなた達が、言いにくい選択肢を出すのが悪いんじゃないの」


 タイチは、昔から「女三人寄ればかしましい」と言う言葉は本当だなと思いつつ、遠くを見つめて現実逃避を始める。

 そうか、恋愛ゲームの好感度は下がる選択しを選ばない限り、上限まで上がり続ける仕様だったかと、3人のやり取りをBGMにしながら記憶を探る。

 そこで名前呼びは、好感度上昇イベントに分類されていたことを思い出す。

 既にニーナとフェリスは名前呼びをしており、ヨミに関しても敬称を付けずに呼ぶ様に迫られている。


「あれ?ゲームを元に考えると、ヨミちゃんの好感度高過ぎじゃ…。なんでこんなに上がってるんだ?」


 タイチは、ヨミが小さい頃からニーナと同じくらい面倒を見ていた実績があるのだが、たいていの場合がトラブルに巻き込まれる形だったため、尻拭いのイメージしか持っていなかった。

 ニーナがトラブルを起こし、タイチかヨミが巻き込まれ、それをフォローするのが大体タイチだった。

 その様に考え事に浸っていると、いつの間にか3人ともこちらを覗き込んでいることに気が付く。


「あれ、3人ともどうしたの?」

「こっちを一切気にしなくなったから、何を考えてるのかと思って」

「そうだよ、問題の中心はお兄ちゃんだったと思うんだけど」

「問題って、名前を呼ぶか、「ちゃん」を付けて呼ぶかだろ?あれだと選択肢が1つしかないと思うんだけど」

「タイチ兄はどっちにするか決まった?」

「…え~と、ヨミ。これで良いかい?」

「ん、それで我慢する。それで、その続きは」

「……ヨミが助けてほしいと思った時が来たら、必ず助けるよ。これで良い?」

「最後に質問してこなかったら合格だった」


 どうも、ニーナとフェリスよりも判定が厳しそうだ。猫と同じ様に頭を撫でて誤魔化せないかと思い、実行に移す。

 ヨミの頭をゆっくりと撫でてみる。そうすると、横から抗議があがる。

何故そっちからクレームが入るんだと思いつつ、ヨミの様子をうかがう。

 どうやら目を細めて気持ちよさそうにしているので、誤魔化せて入るようだ。


「ちょっとお兄ちゃん、私も撫でて!」

「なんでだよ…。はぁ、これで良いかい?」


 空いている手でニーナの頭も撫でることになる。すると、上着のすそわずかに引かれる。

 フェリスも撫でて欲しいのかなと思い、ニーナの頭からフェリスに手を移し頭を撫でてみる。

 すると、顔を赤くしたフェリスから、抗議?の声が掛かる。


「私は撫でて欲しいって言ってないわよ…」

「それはごめん。仲間外れはしない方が良いんだと思ったんだけど」

「その考えは正しいけど、わ、私は言ってないから!」

「服の裾は誰が引っ張ったか知ってる?」

「知らないわよ!」


 ニーナとヨミがジト目でフェリスを見つめている。さっきと同じ状況になったことへの無言の抗議だろうか。


「フェリス姉は抜け目がない」

「何かとお兄ちゃんの横を確保してるよね~」

「………」


 藪蛇になるからなのか、横を向いて無言を貫く姿勢のようだ。

 このままだと先ほどの繰り返しになる為、最初にヨミが聞いてきていた食べ物の件を聞いてみる。


「ここまで匂いを辿って来た件は、話さなくても大丈夫かな?」

「はっ?!ダメ、教える」

「了解。あれはね、スタシアさんのミルクで作ったバターを使った、川魚のムニエルって料理だよ。他にもいくつか応用できるのは教えたけど、匂いが一番あるのはこの料理だと思う」

「私の分は?」

「いやいや、その場に居なかったんだから、ここにはないよ」


 その言葉に、ヨミは耳を垂れさせてしょんぼりとしてしまう。何故だか罪悪感が湧いてくる。


「同じ味は無理だけど、普通のミルクで作る物なら出来るけど」


 その言葉を聞いた途端、今度は顔を上げて耳がピンッと綺麗に伸びる。


「食べたい!いつ食べさせてくれる?」


 加護の力を使えば直ぐに出来るだろうが、そうするとヨミは今まで以上に行動を共にしそうな為、器具とかまどがない事を理由に先延ばしを狙う。


「ここだと火も起こせないし、鍋もないからまた今度ね」


 再び耳を垂れさせ上目遣いで、じっと見つめてくる。ニーナ辺りなら、「はいはい、また今度ね」で済ませそうなのに、ネコ耳がダイレクトに感情を表現してきてあしらい辛い。

 その状況を見ているニーナとフェリスは、小声でコソコソ話している。


「あれ、絶対お兄ちゃんが折れると思う」

「間違いないわね。なんだかんだ言って、ヨミに一番甘い気がするのよね」

「お兄ちゃん、ヨミッチの耳と尻尾が好きそうだし、無理だよね~」

「あれを見ると耳と尻尾が欲しくなるわね」

「えっ?それズルくない?フェリスちゃんお兄ちゃんに信頼されてるのに、そんな追加装備したらダメだよ」

「ちょっと思うくらいは良いじゃないの。あなただって、ネコ耳と尻尾があればって思うでしょ」

「思うことはあるけど、私が付けると扱いが雑になりそうでちょっとイヤ」

「あぁ、甘えすぎてる弊害ね」

「フェリスちゃんのいけず」


 タイチは、その様なやりとりが行われているとも気づいていない程、現在の無言のお願い攻撃に感情を揺さぶられていた。


「ぐっ…、ヨミちゃんはいつ食べたい?」

「スグにでも。あとヨミ」

「……はぁ、家に来てくれれば作るよ」

「んふぅ~、やった♪」

「あ、やっぱりお兄ちゃんが落ちた」

「ホントね。タイチ、あなたその甘い対応ばかりだと、その内周りが女の子だらけになるわよ」

「それなら2人とも、あの攻撃に耐えられるのかよ」

「半々かな」「まあ、状況次第ね」


 同姓だと通じない事もあるようだ。

 それにしても、甘い対応と言われてしまうと、猫に弱いのかそれとも年下の女の子に弱いのか不安になってくる。

 そんなタイチの心の内を見透かしたように、フェリスから一言飛んでくる。


「あなたは基本的に女性に甘いわよ。ネコ耳はある方が効くみたいだけど」

「そうなんだ…、気を付けるよ」

「えぇ、そうすると良いわ。それよりも、ヨミを巻き込む方向で良いの?」

「いや、それは考えてないよ。バレる迄は良いんじゃないかな」

「あなた、これもヨミに聞こえてるの分かってるんでしょうね?」

「……」

「そう。ヨミ!!ご馳走してあげるから秘密よ!」

「ん、わかった」


 こうしてヨミを連れて一路家に帰る事となるのでした。

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ご覧いただきありがとうございます。

風邪を引きました。皆様もお気を付けください。


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