第32話 スタシアさん家の料理教室

2話分の長さになっています。長いと思われた方は、途中で休憩をお願い致します。

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 翌日、家の作業を終わらせたタイチは、昨日約束したスタシアの家に向かって移動をしていた。

 途中、ニーナもこちらに来ようとしていたが、フェリスに捕まって連れていかれていた。どうやら、追加のミルクを手に入れてくるからと張り切っていた。

 ニーナは既に作り終えている事に感づいている様で、必死に抵抗していたが、もっと「食べたくないの?」と説得を受けて付いて行ったみたいだ。


 料理のベースに使えるベシャメルソースで大丈夫が不安を持ちつつ、目的地の玄関ドアをノックしながら挨拶を掛ける。


「こんにちは~、スタシアさん居ますか?」


 ドア越しに奥の部屋から、返事が返って来た。


「いま子供にミルクを上げているから、中に入って待ってて貰えるかしら」

「は~い、分かりました」


 家の中に入り、料理に使うミルクがあれば先に準備してしまおうと、スタシアに声を掛けて確認する。


「スタシアさん。今日、料理で使うミルクはありますか?」

「台所前のテーブルの上に用意してあるから、確認して貰えるかしら」

「は~い、ありがとうございます」


 テーブルの上に用意されていたミルクは、昨日貰った物よりも多く置いてあった。

一体どれくらい出るのか気になったが、余計な事は考えてはいけないと考える事を止める。


「少し先に使っても良いですか?試してみたいことがあるので」

「どうぞ~」


 許可を貰ったので昨日と同じ様に、コップに5個に小分けにしてアイテム欄へと入れていく。

 そう言えば、アイテムの説明を読んでいなかったと思い、「スタシアのミルク」の解説を見てみる事に。


「スタシアのミルク」

超が付く程の高級品。一流料理人達は、土下座をしてでも手に入れたいほど品。出荷箱で、お待ちしています。『味見をしたいので、1つお願いじゃ』


「……神さま。それはどうかと」


 昨日は特に気にもしなかった説明文が、神さまのコメント欄にもなっている様だった。そこでバターに変えた場合はどうなるのだろうと興味が勝ち、1つ合成してみる事にする。

 スタシアが授乳中な為、直ぐには来ないだろうと勝手に思い込んでの行動だった。

その結果、完成品のコメントはこちらが表示されていた。


「スタシアのバター」

その芳醇な味の仕上がりには、一流料理人達がこぞって手に入れる程の品。

加工品より生成前の段階で手に入れたい一品。出荷箱で、お待ちしています。


 更に気になったので、生クリームも作っていく。


「スタシアの生クリーム」

濃厚な仕上がりに、一流菓子職人達から羨望の眼差しで求められる一品。出荷箱で、お待ちしています。『お菓子作り以外の用途に使用した場合、天罰じゃ』


「……使いませんから。何を言いたいのか分かった自分が悲しい…」


 まだスタシアに料理を教えていないのにも関わらず、心が疲弊していく。もしかして、ずっと除いているのではと、別の疑問も立ち上がる。

 そんな考えを知っているのか、メニュー画面内にメールが届く。神さま自由だなと思いつつも、内容を確認していく。


『たまに下界を除いているだけじゃ。昨日作ったお菓子も出荷箱で待っているから、よろしく頼むぞ』


 メールの内容に、昨日からずっと覗いて居る疑惑が上がってくるが、考えない様にしておく。1つ余っていたお菓子の行先も、これで決まった形になる。

 ミリア姉さん辺りと交渉で使っても良さそうかと考えていたが、更なる問題になる気もしていたので、渡りに船かも知れないと考え直す。


「こんなに絶賛の言葉ばかりなんだから、高値で売れるとは思うんだけど…」

「何が高く売れるの?」

「スタシアさんのミルクと、それを元にで作ったお菓子です」

「それ程、気に入ってくれている方が居るのね」

「んん?」


 タイチはメニュー画面を見たままだったので、何気なく質問された答えに無意識下で返事をしていた。

 それが、近づいてきたスタシアから、問かけられた質問だとようやく気が付く。


「スタシアさん!なんで此処に?!」

「何でも何も、うちの台所だもの。授乳が終わったら来るのは当然でしょ」

「あ、あぁぁー、どうか今の内容は御内密に~~」

「え~、どうしようかしら♪」


 クスクス笑いながらタイチを揶揄からかっているだけだが、タイチにとってはそうではなかった。メールが連続して飛んできているのだ。


『ミルクの入手先を潰す気か!!』『平身低頭、交渉をするのだ!』『ぜひ、ミルクの定期購入を!!』等々


 (神さま、それは今じゃないと思います…)と心の中で呟きつつ、打開策を検討するが、それよりも早くスタシアから更なる質問が飛んでくる。


「タイチ君、ここにあったミルクが1つ無いんだけど、どこに行ったか知らない?」


 加護のアイテム欄に仕舞って加工しましたとは、直ぐに答える事が出来ない。

苦肉の策として、スタシアに提案をしてみる。


「スタシアさん、ちょっと後ろを向いてて貰ったりしませんか?10秒くらい」

「あら、何か見られたら拙い事なのね。私に危険があったりとかするかしら?」

「いえ、全くないです!!それよりも、今日使う材料を追加で出しますから、お願いします」

「いいわ。10秒程で良いのね?」

「はい、お願いします」

「襲わないでね~♪」

「スタシアさん!!」

「うふふふ、冗談よ、冗談♪」


 今の冗談に一瞬搾乳してやろうかと思ったが、色々と後が怖いのですぐに考えを打ち消す。直に食材を取り出さないと行けないと考えを切り替え、アイテム欄から小分けにしたミルク・バター・生クリームと、まだ残っていた魚も出していく。


「タイチ君、もう良いかしら?」

「はい、振り向いて大丈夫です」

「あらま、さっきまでは無かった物がいっぱいね~」

「どうか秘密でお願いします」

「昨日フェリスちゃんが言ってた事は、こう言う事ね。大丈夫よ、安心なさいな」

「そうして貰えると助かります」


 だが、タイチは少し心配をしていた。何故ならば、秘密と言う言葉は、よく井戸端会議で話されている印象が見受けられた為である。

 特に年配の女性になるにつれ、「ここだけの話なんだけどね」という文言と共に秘密を共有している気がしてならない。

 秘密についてスタシアは話す事は無いと思うが、料理の感想は一気に広めそうな気がする。

 タイチは気を取り直して、予定に無かった魚料理の方も説明する事にした。


「今日は色々な料理に使えるソースと、ついでに魚を使った料理を教えます。なので、口留めをお願いします」

「あらあら、口止め料って事ね。でも、料理の感想とか作り方は、話しても良いのよね?」

「はい、そっちは広めて貰っても大丈夫です。どうやっても、材料の入手と加工に手が掛かるので、直ぐには無理だと思いますけど」

「でも、タイチ君は出来ちゃうんでしょ?」

「まぁ、そうですね」

「良いわね~。サーナさんが羨ましいわ」

「あ、母さんは、今日の料理をまだ知らないですけど…」

「…タイチ君、話しても大丈夫よね?」

「……たぶん」

「この様子だと、フェリスちゃんだけが苦労するわね~」

「あれ?だけって事は、ニーナは入らないんです?」

「あの子は楽しんでるでしょ?だから、止める側はフェリスちゃんね」

「あぁ、そんな気がしますね」

「それじゃあ、お喋りもここまでにして、教えて貰えるかしら」

「はい、分かりました」


 予定していたベシャメルソースの説明をしていく。溶かしたバターに小麦を入れて満遍なく炒ったあと、ミルクで整えていくだけだから失敗は無いと思いたい。火力が強すぎて焦げるのだけ注意すれば問題ないだろう。


「こんなに簡単にミルクがソースに変えられるのね」

「はい、塩で味を調節して貰えば完成です。スープに入れてミルクで濃さを調節すれば、今までのとは少し違うとろみのあるスープになりますし、麺と絡めればそれだけで1品分作れます」

「そうなのね、じゃあ今日中に1品で作ってみたいわね」

「それなら、さっき出した魚をバター炒めにして、その上に掛けるのはどうですか?」

「普通に塩焼にするのではなく、バターで焼くのね」

「え~と、バター焼きといっても、ホワイトソースと合うようにちょっと手を加えますけど」

「じゃあ、そっちの作り方も教えて貰えるかしら」

「もちろんです」


 魚を3枚に捌いて切り身だけ使う。切った身に塩と小麦を付けて、溶かしたバターでゆっくりと焼き上げていく作り方を伝えていく。


「このままの完成品でも美味しいと思いますけど、このホワイトソースを掛けても良いと思います。切り身には余裕があるので、試食をどうぞ」

「用意が良いわね~。では、遠慮なく、いただきます」

「本当はもっと調味料があると良いんですけど、手に入りにくいので我慢してください」

「ううん、とても美味しいわよ。本当に教えてくれてありがとうね」

「いえ、本当は麺の仲間のパスタも伝えようかと思ったんですけど、卵を使用するのでどうしようかなと考えています」

「そうよね、ダインさんの所で手に入れるか、リネットさんの所でお願いするしか方法が無い物だしね」

「……そうですね」

「凄いわね、別の方法で手に入れられるのね」

「えっ?なんでしって…」

「あのねぇ、会話の途中で途切れるような態度を取ったら、怪しまれるでしょう?それに、ちょっと揺さぶっただけで口にしちゃ駄目でしょう。手に入れられますってバレたわよ~」


 この一件により、女性陣に翻弄されることが多くなったと感じたタイチは、加護の力を隠しながら生活する事を放棄し始めようかと悩み始める事になる。

 そんな状況も相まって、昔の事が頭によぎり、賄賂を進呈する事に気持ちが傾く。


「お、お代官様、ここは一つ、こちらの山吹色のお菓子で一つ」

「誰が、お代官ですか。それに、卵じゃないの」

「……今日は、会話してるだけでスタシアさんに色々感づかれるし、昨日は昨日で、リネットおばあちゃんに加護で不思議な事をしてるのを気づかれるし、隠し事に向かないみたいで…」

「ご、ごめんね。そんなに隠し事を気にしてるとは思ってなくって。ねぇ、相談に乗るから」

「このままだと、偉い人に監禁される未来が……」

「話さないから、絶対しゃべらないから。ねっ?信じて」


 スタシアも慌てた様子だった。それは、タイチが突然やさぐれた態度で、隠し事の下手くそさを口から零し、自分の未来を悲観を始めたからである。

 ここへ来てスタシアは別の勘違いをしてしまう。

 フェリスがストッパーで、ニーナが意識が悪い方向へ向かわせない様に行動しているのでは無いかと。その2人が居ない状況で、タイチにイタズラを仕掛けると沈み込んでしまうのではないかと。


 もちろんタイチも本気でやさぐれて居る訳ではないが、連日見抜かれてばかりなので、愚痴の一つも零したくなっただけである。

 更にタイミングの悪い事に、ニーナとフェリスが、偶々居ない状況だっただけである。


「本当に話さないでくれますか?」

「え、えぇ、本当に話さないわ!」

「スタシアさんは優しいな~。ニーナはフェリスに平気でばらしたのに…」

「……」


 スタシアは、余計な事は言わない方が良いと判断し、沈黙を返す。

 軽く不満を口から出せた為なのか、タイチはすっきりした顔で気持ちを切り替えていた。

 ただ、面を食らったスタシアは気が抜けない状況になり、イタズラを仕掛ける事が出来なくなっていた。


「それじゃあ、気を取り直してパスタ作りをしましょうか」

「えぇ、お願いするわね…」


 以後、タイチが1人の時に、スタシアからのイタズラが無くなるのは当然の結果であった。

 タイチは、スタシアが突然気遣ってくれる様になった事に、首を傾げつつも「まあいいか」と結論付けてしまう。


 パスタが完成したころ合いで、玄関ドアから来客を知らせるノックがくる。

 そこには、ミルクを手に入れたニーナとフェリスの姿があった。

 スタシアは、助けが来たとばかりに2人を中へ誘い、今日のタイチの様子を、本人に悟られない様に説明していく。


「2人とも、助かったわ~。ちょっと困った事が起きて、1人だと間が持たなくなってたのよ」

「どうかしたんですか?もしかして、お兄ちゃんがスタシアさんのお乳でも揉んでミルクを搾ったんですか?」

「そんな事はしてません!」

「ちぇ~、違うのか~」

「ニーナ、あなたの行きついた困ったことがそれって、あなたも大概よね。それで、スタシアさんどうしたんです?」

「え?あ、あぁ、そうね。お喋りして居た時にカマを掛けて、卵を手に入れられるのねって話したら、タイチ君が目から光を無くして愚痴を言い始めちゃって…」

「あ~、昨日リネットおばあちゃんにバレたやつだ」

「ごめんなさい、2人が居ない時は、タイチ君に変な詮索しないから」

「スタシアさん、どうやってもその内、村中にバレると思うんですけど、今は秘密にして置いて下さいね」

「えぇ、約束するわ」


 スタシアの焦る事に納得がいった2人だったが、ニーナが余計な事を言った為、質問が帰ってくる。


「所でニーナちゃん、何で困った事がお乳を搾られることになるのか教えて貰える?」

「スタシアさんって、ミルクが配るほど出るじゃないですか」

「えぇ、そうね」

「お兄ちゃんの加護だと、そのミルクが2倍以上搾乳出来るって言ってたので、それで胸をもまれて困ったって事かな~と」

「……そう言う事なのね。家族以外には触らせてないから」

「ニーナ…、あなた何でもかんでも喋るんじゃないの」

「ホント、タイチ君の言っていた事が理解できるわね~」

「え?褒めてました?!」

「違うわよ!あぁ、だから気持ちが落ち込む暇が無いのね」

「えへへへ~」

「ニーナちゃん、褒めてないけど、感心する事ではあるわね。タイチ君が傍に居させる訳だわ」


 それを聞いたフェリスは少し悲しそうな顔をする。だが、スタシアはそこも直にフォローをしてくる。


「ニーナちゃんは引っ掻き回す係で、フェリスちゃんはそれを止めて上手く回す係ね。どっちも今のタイチ君には必要だから、離れちゃ駄目よ」

「えっ、あ、はい!」

「はぁ、2人の居ないタイチ君は、イタズラも出来なくなるから扱いが難しいわね」

「あの、イタズラを仕掛けなければ良いのでは?」

「タイチ君は良い反応をしてくれるから、楽しくって」


 このスタシアの発言に、ニーナは同じ仲間がいると判断した様だった。逆にフェリスは、タイチをフォローしなければいけない人物が明確に増えたと判断する事になる。


「それで話は変わるんですけど。スタシアさん、私もお乳搾って良いですか?」

「急に話が変わるわね。でも、なんでニーナちゃんがする事になるのよ?」

「お兄ちゃんと同じじゃないと思うんですけど、似た様な力を付けて貰ってるので~」

「あぁ、もうこの子は!そう言う事は話したらダメでしょうに!!」


 ニーナはフェリスに頬を引っ張られてしかられているが、スタシアは何故ニーナが加護を持っているのか理解できないでいた。


「はぁ、これもまだ秘密でお願いします。タイチは自分の決めた相手に、加護の力を貸し出せるみたいなんです」

「?!」

「驚くのも無理は無いと思います。私も数日前までは知らなかったので」

「もう~、痛いよフェリスちゃん。スタシアさんもお兄ちゃんに負い目が出来てるから大丈夫だって」

「そうだとしても、順番があるでしょう。こう言うのはタイチから言わないと」

「お兄ちゃんから?スタシアさんの胸を揉ませてくださいって?」


 3人の間に、微妙な沈黙が流れる。

 タイチの性格上、いくらミルクを搾る為とは言え、家庭を持っている女性の胸を揉ませてくださいと言うはずがないからである。


「……ごめんなさい、私が悪かったわ。タイチは言わないわね」

「でしょ。だから、私が代わりに聞いてるのに」

「それで、ニーナちゃんもタイチ君と同じだけ搾れるんじゃないかって事なの?」

「お兄ちゃんより少ないとは思いますけど、いつもよりは多く取れるって言ってたので」

「『言ってた』ね~。タイチ君を弄る材料にしましょうか」


 スタシアも2人が居るので、安心してタイチを弄る事を考えている様だったが、フェリスからストップが掛かる。


「スタシアさんも、それだけは止めて下さい。きっと、タイチはここへ来なくなりますから」

「あら、残念。フェリスちゃんが言うなら本当に、そうなりそうね」

「で、どうです?スタシアさん、ちょっとだけ試してみません?」

「子供の分が出なくならないのなら、1回は考えてあげても良いわよ」

「やったー♪大丈夫な日を教えて下さいね~」

「もう。スタシアさん、念の為に1つだけ注意を。ある程度タイチが近くにいないと加護が効果が表れないはずなので、3人一緒に来ますね」

「そこは制限が付いてるわけね。了解、その時は、タイチ君には悪いけど外で待ってて貰いましょうか」

「それが良いと思います」


 タイチの居ない内に、スタシアからの搾乳の許可と揶揄からかいの芽を摘み取っている手腕は、この先タイチのそばにいる事が出来る条件になりそうである。ただ、本人達に自覚が無いので、気付いた大人が教えてあげる案件になるだろう。


「さてと、タイチ君も台所で待たせちゃってるし、2人もまだ残ってる試食をどうかしら」

「やったー!!スタシアさん、ありがとう~」

「突然来たのに良いんですか?」

「少しでも感想が欲しいし、あなたたちもその内習う事もあるでしょう?味を知って置くのも良いと思うわよ」

「そういう事なら、ありがとうございます。スタシアさん」


 台所に移動した後、タイチが教えてスタシアが練習で作った料理の味は、家庭料理の中では上位に思える物だった。

 その為、ニーナとフェリスは、これを覚えてもっと美味しくするのは大変とおののかれる事になる。

 実際は、スタシアのミルクのお陰なのだが、タイチ以外は誰も知らないのだった。


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