第八章 白銀色のアーケード

 冬の寒空は澄み渡っていて、普段は霞んでいる星のあかりもよく見えた。

夜空に薄い白銀色のヴェールが揺蕩う。それは予感と兆候のちょうど中間にある。

あと少し、手を伸ばせば触れられそうな場所に。



 夏休みは花火大会とオープン・キャンパスという大きなイベント以外は立花と直接会える機会はほとんどなかった。

それぞれの家族との旅行や、中学校からの友達と過ごしている様子をメールで連絡した。

お互いの生活の一部がコピーして貼り付けて共有される感覚。それだけで僕は十分に満足だった。

近くにある市民図書館に自転車で通い、夜はジョギングをして、家でギターをつまびく。

それで僕の生活のささやかな幸福は満たされた。


 これといって特徴のない、ありふれた日常を繰り返す日々。

そんな中から僕が誰かに差し出すことができるものを見つけることができるだろうか。

疑問の持ち方さえ定まらないまま、季節は秋になりそして冬が巡ってきた。



 イチョウ並木の黄金色の絨毯が、紅色の紅葉といっしょに風に舞う。

ベンチに並んで座るカップルはマフラーを二人で巻いて、散歩中の男性は厚手のコートを羽織り、リードに繋がれた小型犬も同じ色のジャンパーを着させられている。

みなとから見える灯台のあかりは海風を照らしてまわり回る。


 帰りの時間が少し遅くなって、校門から歩いて10分のところにあるセブンイレブンに急いで向かった。

店内はクリスマスソングが流れていて、店員さんが張り切ってケーキの予約が今日までだとアナウンスしている。

週刊誌を立ち読みしている君の後ろまで近づいて声をかける。


「お待たせ」


「15年くらい待った気分」ふくれ面をするふりをして見せる。


「いちごサンドは春限定なんだって。

 クリスマスケーキとほとんど同じ材料なんだから冬にも売っていてほしい」


論理的には正しい、いささか情緒にかける主張。それは残念だったねと、​​それほど残念ではなさそうに僕は言う。

あと少しでクリスマスだね。バイトのシフトうまく調整できればいいけど、とか他愛もない話をする。

並んで歩く帰り道。ほんの5分とかそれくらいの距離。

その時の僕にとっては大きな意味をもつ時間。

時間に比例して距離が長くなっていくように、この先もずっといっしょにいられたらいい。

とりあえず終業式のあとどこかで待ち合わせをして、クリスマスケーキでも食べようと中途半端な約束だけする。


「ねぇたとえばこれがもし夢だとして、目が覚めても忘れないで憶えていてくれる?」


「なんだよそれ。まぁでも人に夢と書いて儚いと読むからな」


「いいから。どうなの?」


「もちろん忘れない。憶えているよ。夢から醒める前から夢みたいな日々を」


 その手をとって、ふざけ半分で指切りげんまん。白い吐息が夜の闇に溶けていく。

ひんやりとした手のひらの感触。この手でもっと暖められたらいいのに。

賑やかなアーケードを抜ける。君を迎えにくるバスが、停留所に滑り込んでくる。


「じゃあ、またね」


 信号が点滅しはじめたので、急いで横断歩道を走り抜ける。

振り返って手を振る。君はバス停の列の最後尾から小さく手を振る。


 君の笑った顔だけが、夜に縁取られた月みたいに浮かんで見えた。

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