第12話 何かおかしい……?


「……リーディア様が魔法を使うことは可能です。ですが、かなりの修練が必要でしょう」


「あ……そうなんですか……」


 オリヴェルさんの言葉に、私は少し残念に思う。


 さっきオリヴェルさんが黙ってしまったのは、私ががっかりすると気遣ってくれたからかな?


「しかし貴女様の神聖力は膨大ですから、まずは治癒と浄化を修得されることに専念した方がよろしいかと。魔法を学ぶのはそれからでも遅くありませんよ」


「あ……そうですね。はい、そうします」


 確かに、神聖力の使い方のコツは掴むことが出来た。


 それなら、オリヴェルさんの言う通り、出来ることから始めて、余裕が出来てから魔法を学ぶのが良いかもしれない。


「そうそう、調べ物の方はどうですか? この世界のことでわからないことがあればお答えしますよ」


「有り難うございます。じゃあ、お聞きしたいんですけど……」


 私はさっき読んだ本の内容で、気になったことをオリヴェルさんに質問した。


 そうして質問を繰り返した結果、この神殿がある国はビュルテルマン帝国という名前で、ヒュームの国であること、他の種族の国がそれぞれあって、お互い交流があるけど、ナーガの国は離れた大陸にあるため、ナーガはあまり帝国にはいないこと……などがわかった。


 ちなみにナーガはリザードマンみたいな爬虫類っぽい見た目じゃなくて、ツノと尻尾が生えている人間みたいな見た目をしている。


「一度に大量の情報を詰め込むと混乱しますから、続きはまた今度にしましょう」


 食事を終え、食後のお茶を飲んだ後、オリヴェルさんが優しい口調で言った。


「あ、質問攻めにしちゃってすみません……」


「いいえ。リーディア様とこうして会話するのはとても楽しいですから」


 オリヴェルさんは私の質問に、全く嫌な顔をせず、丁寧に答えてくれた。


 そのことがとても嬉しかったし、彼のことを神官長なだけのことはあって優しい人だな、と思う。


「ご馳走様でした。とても美味しかったです」


「それは何よりです。あ、明日の朝食はフィテーラにしましょうか。随分とお気に召していらっしゃいましたしね」


「本当ですか? すごく美味しかったので嬉しいです」


 それから私とオリヴェルさんは食事室から出て、お互いの部屋へと戻った。


 私が部屋に戻ると、ヘリヤさんを始めとした侍女さんたちが待っていた。


「お帰りなさいませヒナタ様。湯浴みの準備が出来ていますけど、いかがなさいますか?」


「あ、入りたいです!」


「では、こちらへどうぞ。湯殿へはこの扉から行くことが出来ますよ」


 ヘリヤさんが部屋の端っこにある扉を指した。


 扉を開けてみると、広い脱衣場の先にまた扉があった。


「湯浴みのお手伝いをさせていただきますね」


「へ?」


 思わず間抜けな声が出てしまったけれど、驚いてしまったのだから仕方がない。


 ヘリヤさんが私の服を脱がそうとするなんて、思わなかったから。


「いやいや! 一人で出来ますから、大丈夫ですっ!!」


「え、でも……っ」


 色んな話でお姫様や貴族のご令嬢がお風呂の手伝いをしてもらっていたけど、まさかここでもされるなんて。


 私は戸惑っているヘリヤさんにお風呂の入り方を聞いた後、なんとかお願いして一人で入ることに納得してもらった。


「あー、びっくりした」


 ようやく一人になれた私は、服を脱いで身体に布を巻く。


「……あ。きーくんの……どうしよう……」


 私はきーくんから貰ったブレスレットを、付けっぱなしにしていたことに気がついた。


『──ずっと身につけて欲しいな』


 このブレスレットは、きーくんが直接私に付けてくれた──そう思うと、外すなんてとても出来ない。


「うーんうーん……。もう濡らさないように入るしかないよね……」


 どうしてもブレスレットを外せない私は、付けたまま入ろうと覚悟を決める。


 そして奥の扉を開いてみると、白い大理石で出来た浴槽に、たっぷりのお湯が張られている光景が。


「わぁ……! 広い……! 大浴場……?」


 人が十人いても全然余裕で入れそうなぐらい広いお風呂に驚きつつ、そろそろと足を付けてみると、ちょうど良い温度だった。


「ふわぁ……! 気持ち良い〜〜……」


 じんわりと伝わる温かさに、今日一日の身体の疲れが取れていくような気がする。


 私はブレスレットが濡れないように温もりながら、ふと考えた。


 ……あれ? このままじゃ髪の毛洗えないんじゃ……? と。


 髪の毛を洗おうとすれば、ブレスレットが濡れるのは必至で。


「え……どうしよ……」


 やっぱり髪を綺麗にするのは、侍女さんたちに……ん?


 髪を洗う時だけでも、侍女さんたちにお願いするべきかと思ったけど、私の頭の中にある考えがひらめいた。


「浄化……! 汚れを浄化出来れば……!」


 私はひらめいたことをすぐさま実行した。


 頭の中で身体中の汚れを消すイメージを思い浮かべてみる。


 すると、身体中に爽やかな風が纏わり付き、すうっと消える感覚がした。


「すごい……! 成功した!」


 浄化した髪の毛はサラサラで、傷んでいたところまで綺麗になっていた。


 どうやら浄化だけでなく、治癒の力も働いたのかも。


 浄化を試してとても便利だな、って思う。でも正直、お湯で頭を洗いたい気持ちがあったりする。


「二者択一ならブレスレットを取るよね」


 だけど、きーくんとの思い出を壊すわけにはいかない。


 もし一生このままだったとしても、私はブレスレットを取るだろう。


 身体も温まったし、すっかり綺麗になったし、ということで、私はお風呂から出ることにする。


 お風呂の中で考え事してたらのぼせちゃうし。


 脱衣所に戻ると、用意されていた着替えに手を通す。


 さらりとした質感の布はとても着心地が良かった。


 これ、もしかしてシルクじゃ……。


 ワンピースタイプの寝巻きは所々にレースが使われていてとても可愛い。


 レースも繊細で手編みのように見える。


 どう考えても、パジャマがわりに来て良い代物じゃないような……?


 でもこれ以外に着替えはないし、仕方ないよね、と私は自分に無理やり言い聞かせる。


「ヒナタ様、冷たいお飲み物をご用意しました」


 部屋に戻ると、ヘリヤさんが飲み物まで用意してくれていた。


 至れり尽くせりの環境に、慣れてしまったらヤバい……と思いつつ、せっかくだから……と、美味しくいただいてしまう。


 このままだと違う意味でダメかもしれない。


「また明日起こしにまいります。どうぞごゆっくりお休みくださいませ」


「あ、今日は有り難うございました。よろしくお願いします」


 ヘリヤさんと侍女さんたちが部屋を出ると、途端にしん……と部屋が静かになる。


 こうして何もせず一人っきりになると、ずっと我慢していた想いが溢れ出てきて……。


 気がつくと、涙が頬を伝っていた。


「……きーくん……っ」


 ──会いたい、会いたい、会いたい……っ!!


 自分が異世界に来たなんて、本当はいまだに信じられない。


 だけど必死にこの世界に慣れるフリをしていた。


 ──そうでもしなきゃ、心が壊れてしまいそうだったから。


 私はブレスレットにそっと触れてみた。


 銀色に光る鎖と、透き通るように綺麗な青い石。


 私ときーくんを繋ぐ、たった一つの証。


「……絶対に帰る方法を見つけるから──待っててね」


 私はありったけの気持ちを込めて、青い石に口付けた。


 ──私の想いが、きーくんに届きますように、と願いを込めて。


 窓を見上げれば青い月が輝いていて、この世界にも月があるんだな……と、ぼんやり思う。


 ……また明日が来たら、図書館で調べ物をして……あ、その前に朝ごはん食べなきゃ。


 ……朝ごはんはフィテーラだっけ……。美味しかったなぁ……と、思ったところで、私は何かの違和感を感じた。


「……あれ? 何かおかしい……?」


 私は何がおかしいのか、頭の中で整理してみる。


 すると、私が違和感を感じた理由に気がついた。


 ──どうしてオリヴェルさんは、私がフィテーラを好きだと知っていたの……?


 ヘリヤさんから聞いたのかな、と思ったけれど、彼女は食器を片付けた後、私を食事室に案内してくれた。


 その時にはすでにオリヴェルさんは座っていたから、ヘリヤさんから報告を受ける時間はなかったはず。


 私はさらに記憶を辿っていった。


 ……そもそも、あのフィテーラはオリヴェルさんが私に持って行くように、とヘリヤさんに指示したって……。


『──神官長様が図書館にいらっしゃる聖女……ヒナタ様に、軽食をお持ちするようにと指示されたんですよ』


 そう、ヘリヤさんは言っていた、けれど。


 オリヴェルさんは私に軽食を持って行くように言っただけで、フィテーラを持って行くようにとは言っていない……?


 だけど、この世界で軽食と言えばフィテーラのことかもしれないし、私の勘違いかもしれない。


「……うん、きっと勘違い……だよね」


 私は自分に言い聞かせるように、ポツリと呟いてみるけれど……。


 その違和感はずっと、棘のように突き刺さったまま、私の心に残り続けた。

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