第11話 魔法を使ってみたいな……なんて。
「神聖力と魔力の違いですか? 私も詳しくはわかりませんけど、神聖力は怪我や病気を治したり、瘴気や毒素を浄化出来ると聞いています」
ヘリヤさんの説明は大体私の予想通りで、魔力では治癒や浄化が出来ないということだった。
「じゃあ、私には魔力が無いんでしょうか……?」
治癒や浄化が使えるのは勿論嬉しいけれど、欲を言わせて貰えば魔法も使ってみたいなぁ……なんて。
「ヒナタ様の魔力については……どうでしょう? 一度神官長様にお伺いしてみては?」
私に魔力があるかどうかは、オリヴェルさんに聞かないとダメみたい。
……まあ、そりゃそうだよね。
「わかりました。食事の時にでも聞いてみます。引き留めてすみません」
「いえ、お役に立てず申し訳ありません。何かありましたらお呼びください」
ヘリヤさんはそう言うと、ワゴンを押して図書館から退出していった。
私はヘリヤさんを見送ると、サンドイッチとお茶を浄化してみることにする。
「……あれ? そういえば浄化ってどうやるんだろう……?」
オリヴェルさんから話を聞いた時、質問すれば良かったと後悔した。
「う〜ん。神聖力……浄化……」
私の鳩尾から湧いている虹色の神聖力は、包み込むように身体を覆っている。
なら、対象のものを手で触れてみればどうかな、と思い付く。
とりあえずモノは試しだ、と考えた私は、一切れのサンドイッチを持ってみた。
すると、私が触れた途端、サンドイッチがほんのりと光った。
「えっ! 光った! うわぁ! すごい!」
触れたものが光るなんて、すごく不思議!
感動すると同時に、本当にここは魔法が存在している異世界なんだと実感する。
「あ、美味しい!」
私は光ったサンドイッチを一口齧ってみた。
しっとりとした肉と、野菜が挟んでいるサンドイッチは、とてもおいしかった。
「今度はお茶を試してみよう!」
サンドイッチの浄化に成功して気を良くした私は、お茶の浄化を試みる。
片方の手でポットの取手を持ち、火傷しないようにもう片方の手を蓋に添える。
すると、さっきと同じようにポットがほんのりと光を放った。
「やった!」
私は思わず喜びの声をあげる。
触った物が光る様子は神秘的で、もっと浄化したくなってしまう。
「あれ? そういえば本は光らなかったよね」
……私が触れた物すべてが光る訳じゃ無いのかな?
気になった私は、今度は浄化のことを考えずにサンドイッチを持ってみた。
「光らない……」
手に持ったサンドイッチに変化はなかった。
……どうやら私が浄化したい、と思わなきゃダメみたいだ。
でも、所構わず浄化してしまうよりは、自分の意思で浄化出来る方が良いもんね。
「はぁ……。美味し〜〜……」
神聖力の使い方がなんとなくわかった私は、お茶とサンドイッチを堪能する。
食べ物の心配が無くなった開放感と、お腹が空いていたこともあって、サンドイッチがやけに美味しく感じる。
「……ふぅ。満足満足。読書の続きしよっと!」
お腹が満たされたからか、だいぶ元気が出たような気がする。
私は再び本を手に取ると、続きを読み進めていく。
本からわかったことは、この世界にはヒュームとエルフ、ドワーフにミクルフ、ナーガという種族の存在だ。
描かれている絵で判断すると、ヒュームは人間で、ミクルフは獣人、ナーガは竜人のことらしい。
ちなみにエルフとドワーフは、ファンタジーに出てくる種族まんまだった。
「じゃあ、ここはヒュームの国になるのかな……?」
この世界に来て私が見たのは、ヒュームだけだった。
ここが神殿という、特殊な場所だからかもしれないけど。
「あ、魔法……! すごい……精霊さんがいるんだ!」
本を読み進めていくと、この世界は魔法だけではなく、精霊魔法や竜語魔法という、種族固有の魔法があると書いてあった。
「うわぁ……! 見てみたいなぁ……!」
サンドイッチが光っただけでも感動するのに、魔法や精霊さんを見たらどうなっちゃうんだろう。
感動しすぎて倒れちゃうかも。
調べれば調べるほど、元の世界との違いに驚いた。
オリヴェルさんは色んな世界がそれこそ、無数に存在するって言ってたけれど。
もしかするとファンタジーだけじゃなく、SFの世界もあるのかも、と考えたら、どんどん好奇心が湧いてきてしまう。
それから私はさらに、通貨や交通の種類を知った。
ちなみに通貨は独自の通貨の他に、共通通貨があるらしい。
そして移動手段は馬車以外に魔導列車、飛行艇なんてものもあると書いてある。
「えぇ〜〜っ! もう何でもアリの世界じゃ……!」
世界地図があるから、高度な測量技術があるんだろうな、って思っていたけど……。
まさか近世どころか、現代レベルの文明を持っていたなんて……!
「原動力は魔力なんだ。石油とか電気じゃない分エコかも」
自然豊かだから、環境破壊もないんだろうな。
きっと私が知っているレベルの現代知識なんて、全然役に立たなさそう。
本の内容に感心していると、入り口の呼び鈴が鳴った。
「あ、もうこんな時間……!」
気がつけば、窓の外はすっかり陽が傾いていて、間もなく夜になろうとしていた。
「失礼します。ヒナタ様、そろそろお食事の時間ですが……」
ノックの後、ヘリヤさんがワゴンを押して入ってきた。
「すみません! 少々お待ちください!」
「そう慌てられなくても大丈夫ですよ」
私が急いで本を戻している間、ヘリヤさんはお皿やポットを回収してくれた。
「あ、サンドイッチとても美味しかったです! ご馳走様でした」
「……? ああ、フィテーラのことですね。お口にあって良かったです」
ここでサンドイッチはフィテーラって名前なんだ……。
じゃあ、見た目が似てる料理でも、名前は違うかもしれない。
「では、どうぞこちらへ。食事室へご案内いたします」
「あ、はい!」
私はヘリヤさんの後を付いて行く。
広い廊下を歩いていると、私に気付いた人たちが立ち止まり、頭を下げてくれた。
こういう時、どう返せば良いんだろう……。
私に気付いた人はみんな、目をキラキラと輝かせている。
そんな期待に満ちた瞳で見られると、とても困ってしまう。
とりあえず私もぺこりと頭を下げてみるけれど、何度もぺこぺこし続けてだんだん疲れてきた。
「ここが食事室です。どうぞお入りください」
「あ、はい」
やっと到着だ、と思いながら中に入ると、長くて大きいテーブルの向こうで、オリヴェルさんが座っていた。
「お越し下さり有り難うございます。首を長くしてお待ちしていたのですよ」
「いえ、こちらこそ! お待たせしてすみません!」
「ふふ、そう固くならずとも大丈夫ですよ。さあ、こちらへおかけください」
オリヴェルさんは、私にテーブルを挟んだ向かい側の席に座るよう言った。
「はい、失礼します」
私が席に着くと、タイミングを見計らったように料理が運ばれてきた。
「では、いただきましょうか」
テーブルに料理が並び、食事が始まった。
私は料理に手をかざして浄化を試す。すると、先ほどど同じように料理がほんのりと光った。
あ、出来た……。そっか、料理に触らなくてもいいんだ。
触れなきゃ浄化出来ないのかな、と思っていたから安心した。
熱い料理だと困るもんね。
「ほう。もう浄化を使いこなしているのですね。さすがです」
オリヴェルさんが感心するように言った。
「あ、有り難うございます。でも自己流で……。この方法であっているのでしょうか?」
「ええ。見たところちゃんと料理を浄化出来ていますね」
「良かった……! あの、神聖力や魔法を使う時、呪文とか唱えないんですか?」
ファンタジーの映画では、ほとんどの作品で呪文を唱えていた。
でも呪文を唱えなくても浄化出来たから、この世界では呪文は必要ないのかも?
「いえ。呪文を唱えなければ魔法は発動しませんよ。しかし神聖力を使う場合、呪文は必要ありません。必要なのは慈悲の心と強い意志ですね」
「へぇ……。そうなんですか……」
神聖力は治癒と浄化の力だから、人を思いやる気持ちがないとダメなのかも。
「あの、私でも治癒と浄化以外の魔法は使えますか? 例えば火を起こす、とか……」
神聖力も十分すごいけれど、魔法にも興味がある。
かっこよく呪文を唱えて、魔法を使ってみたいな……なんて。
「……魔法に興味がおありですか?」
軽く聞いたつもりだったのに、一瞬オリヴェルさんの表情が固まった……ような?
「……え? あ、はい。ちょっと憧れるな……って」
「…………」
私が魔法に興味があると知ったオリヴェルさんは、なぜか無言になってしまう。
もしかして、魔法の話をしちゃダメだったのかな……?
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