第10話 私が教えて差し上げます
「あ、有り難うございます……。えっと、この世界の常識とか、説明が書かれてる本を探しているのですが……」
私はオリヴェルさんに嘘をついた。
本当に探している本は、異世界について書かれた本だけど、そのことを彼に知られるのは何となく避けたかったから。
「そうですね。ではこの世界の仕組みや、人々の生活の様子などが書かれた本でよろしいでしょうか?」
「あ、はい。それでお願いします」
「では、こちらへどうぞ」
私はオリヴェルさんの案内のその後ろを、さり気なく距離を空けて付いて行く。
一緒にいたくないと思いつつ、彼が私にとても親切にしてくれるのも、また事実で。
「食事を召し上がっていないと聞きましたが……。何か理由でもおありなのですか?」
静かな図書館に、オリヴェルさんの柔らかな声が響く。
「えっ?! あ、えっと……っ! その、あまり食欲がなくて……」
突然かけられた質問に、私はしどろもどろになる。
「食物が心配なら、召し上がる前に”浄化”されるのは如何でしょう? 貴女様自身の神聖力を浴びせれば、毒素は消え去りますよ」
「え、そんな方法が……?」
オリヴェルさんは何故か、私が知りたかったことを教えてくれた。
「はい。貴女様が”地球”に戻られたい、と願っているのは存じています。それ故食事が喉を通らない、ということも」
「……っ」
私が食事をしなかったと侍女さんたちから聞いたオリヴェルさんは、私を心配してここまで来てくれたのかもしれない。
「望まぬ召喚だったとは思います。しかし、何もお召し上がりにならないままではお身体を壊してしまいます。貴女様に何かあれば、私は……」
そう言って、振り向いたオリヴェルさんの瞳には、悲しみの色が浮かんでいて。
悲痛な声と表情に、私はすごく申し訳なくなる。
「すみません……! 私、これからちゃんと食事します! オリヴェル様が心配しないように、身体にも気をつけますから……」
オリヴェルさんのおかげで、この世界の料理を食べても大丈夫なことがわかったから、これからは安心して食事を楽しむことができるはず。
それに、オリヴェルさんの言う通り、身体を壊しちゃえば元の世界に帰ることすらできないんだと気付いた。
「それは良かったです……! ではこれからは、一緒に食事をとれますね」
「へっ? は? え、えぇ〜〜?」
一難去ってまた一難とは、まさにこのことだと思う。
良い人なんだろうけど、私は正直オリヴェルさんが苦手だ。
だって彼は元の世界を──きーくんを忘れろ、と言った人だから。
それにあの時、一瞬見えた瞳の奥の色が、どうしても気になってしまっている。
「そうすれば、読んだ本のことでわからないことを教えて差し上げることも出来ますし」
「そ、それはそうですけど……っ」
オリヴェルさんの提案は、とても助かる内容で。
ここまで親切にしてもらっているのに避けてばっかりでは、流石に私の良心も痛んでくる。
私は考えた末、オリヴェルさんの提案を受けることにした。
もしかしたら、怖いと感じたのは勘違いかもしれないし。
それに仲良くなることで、帰り方のヒントや方法がわかるかも。
「わかりました。ご一緒させてください。でも、マナーも何も知らないので、不快にさせるかもしれませんが……」
私が承諾すると、オリヴェルさんはにっこり笑顔になった。
こんな表情を見ると、やっぱりアレは気のせいだったのかな……なんて。
「マナーなんて気にしなくて大丈夫ですよ。基本であれば、私が教えて差し上げます」
「あ、有り難うございます。助かります」
気持ちを切り替えてみれば、素直にお礼の言葉が出た。
私の態度が柔らかくなったのがよほど嬉しかったのか、オリヴェルさんがまるで、花が咲くように笑う。
きーくんを筆頭に、今までたくさん美形を見て来たけれど、大人なオリヴェルさんの美貌は、またタイプが違って新鮮に見えた。
「ああ、この辺りがご所望の本ですね」
話しながら歩いていると、いつの間にか目的の場所に到着していた。
「あ、有り難うございます」
「いえ。他の分類の本が必要ならまたお呼びください。では、ごゆっくり」
オリヴェルさんは私に軽く会釈すると、図書館から出ていった。
ずっと二人でいるのはキツかったから、正直とても助かった。
私は何冊かの本を選ぶと、近くにあるテーブルへと移動する。
この図書館にはいくつかのテーブルと椅子が等間隔で置いてあるので、重い本を持って移動しなくて済むからとても便利。
これでお茶とお菓子があれば、とても快適なのに。
「よし! 次来る時はサンドイッチかクッキーを持ってこよう!」
もともと本を読むのが好きだったし、探せば小説だってあるかもしれない。
しばらくはここで過ごさせてもらって、どこにどんな本があるのか、覚えておいた方がいいだろうな、と思う。
「じゃあ、どの本から読もうかな……」
私は持って来た本から、絵が多そうな本を一冊選んで読み進めていった。
その本には世界地図も載っていて、見慣れない大陸や島の配置に、ここが本当に違う世界なんだ、と実感する。
世界地図が載っているってことは……この世界はかなり文明が進んでいるのかな?
それに神聖力という未知の力があるなら、魔法もあるんじゃないかな?
知りたいことが多過ぎて、時間がいくらあっても足りないかも。
「あ……お腹がすいてきちゃったや……」
さっきまで食欲が無かった私だけれど、食べ物を安全に食べれる方法が見つかったことや、好奇心が刺激されたことで、食欲が戻ってきたみたい。
ヘリヤさんに何か持ってきてもらおうかな……と思っていると、扉の方からベルの音がした。
「えっ?! な、何……?」
まるで呼び鈴みたいだな、と思った私は、図書館の入り口に向かう。
「は、はい。どなたかいるんですか……?」
恐る恐る扉に向かっていうと、外からヘリヤさんの声が聞こえてきた。
「失礼します。ヒナタさまに軽食とお茶をお持ちしました」
「え!」
あまりのタイミングの良さに、私が扉を開けると、サンドイッチが乗ったお皿と、ポットが乗ったワゴンを押しているヘリヤさんが立っていた。
「読書のお邪魔をして申し訳ありません」
「いえ! 全然大丈夫です! わざわざ有り難うございます!」
私はお礼を言うと、ヘリヤさんを中に招き入れた。
「丁度軽食をお願いしようと思っていたところなんです! すごく良いタイミングで驚いちゃいました!」
「それは良かったです。神官長様が図書館にいらっしゃる聖女……ヒナタ様に、軽食をお持ちするようにと指示されたんですよ」
「オリヴェル様が……?」
もしかして、オリヴェルさんは私が長い時間、図書館に籠ると予想して、ヘリヤさんにお願いしてくれたのかな……?
「はい。ヒナタ様の食欲が戻ったと、とても喜んでおられました。勿論、私もです!」
ヘリヤさんの笑顔を見て、私はハッとした。
なぜなら、彼女の笑顔を初めて見たから。
「……っ、心配をおかけしてすみません……」
私はどれだけ、周りの人たちに心配をかけていたんだろう……。
「いいえ。突然見知らぬ世界に召喚されたんです。そりゃ誰だって不安になりますよ。だから私は、ヒナタ様が安心してお過ごしになるように、お手伝いさせていただきたいのです」
「ヘリヤさん……!」
私はヘリヤさんの言葉に感動した。
こんなに優しい人に心配をかけちゃいけないよね。これから気をつけなきゃ。
「あの、私オリヴェル様と一緒に食事をとる約束をしているんです。準備が終わったら、呼びにきてもらっても良いですか?」
丁度今は午後の三時ぐらいだろうから、夕食の時間までここで過ごさせてもらおう。
「神官長様とお食 事を……!? はい、もちろんです!」
私がお願いすると、ヘリヤさんは嬉しそうに、こくこくと頷いて了承してくれた。
「あ、そうだ。あの、もしお茶とかお願いしたい時はどうしたら良いですか?」
「その時はこちらのベルを鳴らしていただけますか。厨房に知らせが届きますので」
ヘリヤさんが見せてくれたのは、一見すると普通のハンドベルだった。
「へぇ〜〜。ここから音が届く訳じゃないですよね?」
「はい。そちらは魔道具で、風の魔法が込められていますから。どちらかというと音じゃなくて、魔力が届くんです」
「魔法!? やっぱりこの世界には魔法があるんですね!」
魔法と聞いた私はついはしゃいでしまう。
やっぱり異世界ときたら魔法だし。
「ヒナタ様のいらっしゃった世界には、魔法は存在していないのですね」
「そうなんです。だから魔法陣を見た時びっくりしちゃって……」
まさか科学が発展した世界で、魔法陣を見ることになるなんて。
普通の学生だった私が予想出来る訳がない。
「あ、それとお聞きしたいんですけど、神聖力と魔力は違うんですか?」
私はこの機会に、と思い、ヘリヤさんを質問攻めにしてしまう。
本で調べるより、聞いた方が早いし。
……ヘリヤさんにはすっごく申し訳ないけれど。
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