第9話 これからどうなっちゃうんだろう……

 アールデルスという異世界の、ドレクスレル神殿に召喚された私は今、ものすごく豪華な部屋のベッドの上で転がっていた。


 私がこの世界に喚ばれた時にいた場所は、大規模な儀式を行うための場所だそうで。


 ここドレクスレル神殿の神官長であるオリヴェルさんから、元の世界に帰れないと宣言された私は、ひどく取り乱してしまう。


 そんな私を落ち着かせるために、オリヴェルさんに指示された侍女さんたちが、私をこの部屋まで連れてきたのだ。


「……ホント、豪華」


 貴賓室か何かはわからないけれど、私が今いる部屋はとても広くて、一軒の家が丸々入りそうなほどだった。


 しかも置いてある調度品一つ一つが、国宝のように立派だったりする。


 もし一つでも壊してしまえば、一体どれぐらい請求されるのか……想像するだに恐ろしい。


 私はそっと体を起こすと、光が降り注ぐ窓の近くへと向かう。


 大きな窓から眺める景色は壮観で、見たことがない鳥のような生き物が空を飛んでいるのが見えた。


 もしかして飛竜かな……?


 異世界を感じさせるものを見るたびに、私は違う世界に喚ばれたんだと自覚する。


 だけど、いくら鮮やかな色で彩られた光景を目の当たりにしても、私の目には色褪せた景色に映ってしまう。


 ──隣にきーくんがいないなら、どんなに素晴らしいものを見ても、感動出来ないんじゃないかな、なんて。


「ヒナタ様、お加減はいかがですか?」


 私がぼうっと景色を眺めていると、侍女のヘリヤさんが様子を見にきてくれた。


 ノックしてくれたけど、ぼんやりしていた私は気づかなかったみたい。


「……うん、身体はどこも悪くないよ」


 心配そうなヘリヤさんに向かって、私は安心させようとにっこり微笑んだ。


 ヘリヤさんは私と同じぐらいの年頃の女の子だ。


 年が近いからか、何となく親近感を覚えている。


「でも、ヒナタ様は何もお召し上がりにならないじゃないですか……っ! お願いですから、一口でも召し上がってください……!」


 豪華な部屋の真ん中辺りに、大きなテーブルが鎮座している。


 その重厚なテーブルには、これまた豪勢な料理の数々が。


 テーブルに所狭しと並べられた料理はどれも美味しそうで、見覚えがある料理もいくつか見かけた。


 この世界の食事事情と、元の世界の食事事情はそう変わらないらしい。


 残念ながら、食べ物の知識で異世界無双は出来ないようだ。


「でも、食欲がなくて……。悪いけど、これみんなで食べてくれないかな?」


 食べ物を無駄にしない、と両親から教わった私は、下げた料理を働く人たちで食べて欲しいと、ヘリヤさんにお願いする。


 料理人さんが腕を振るってくれたんだろうな、と思うとすごく心苦しいけれど、本当に食欲が湧いてこないから。


 それに、この世界のものを摂取すると、もう二度ときーくんの元に帰れないような、そんな気がして。


 だから私はこの世界に来てから何も食べていない。


 唯一私が口にしているのは、きーくんと会う前にコンビニで買ったお茶だったりする。


 召喚された時持っていたカバンの中に、そのまま入っていた物だ。


 だけどそのペットボトルの中身も、そう長くは持たないと思う。


 いつもはお茶菓子的なものを一緒に買っていたけれど、きーくんの料理が食べられなくなると思って買うのをやめたのが、仇になってしまうなんて……!


 頑なに食べようとしない私を見て諦めたのか、ヘリヤさんは渋々料理を下げてくれた。


「あーあ。これからどうなっちゃうんだろう……」


 流石にこのままの状態で、何日も持たないというのはわかっている。


 せめて、この世界の物を食べても大丈夫だと、確証が欲しい。


「やっぱり何か食べた方が良いよね……。あ! そうだ! 本で調べられないかな?!」


 この世界のことで、私が知っていることはほとんどない。


 それに、オリヴェルさんは帰る方法が無いと言っていたけど、もしかしたらどこかに方法が──ヒントがあるかもしれない。


「──よし、こういう時は図書館だ! 知識は力なり、だもんね!」


 私は部屋から出ると、歩いていた神官らしき人に、図書館がないか聞いてみた。


「……っ、ヒナタ様……! え、図書館ですか? あ、ご案内致しします!!」


 神官さんは私の顔を見てすごく驚いていたけど、素直に図書館の場所へ案内してくれた。


 正直、部屋から出るの禁止! みたいなことを言われたり、見張りがずっと付いて来るかと思ったけれど、意外なことに自由にさせてもらっている。


 それだけで、大分心にゆとりが出来ているな、と思う。


 オリヴェルさんが私をどうするつもりなのか全くわからない以上、なるべく早く、多くの知識を蓄えたい。


 知らなければ、対策すら出来ないのだから。


「こちらが神殿図書館になります。どうぞごゆっくりお過ごしください」


「あ、有り難うございました!」


 私は案内してくれた神官さんにお礼を言うと、図書館の中へ足を踏み入れる。


「わ……まんまファンタジーだ……」


 図書館はどの世界でも共通なのか、たくさんの本が棚に並んでいた。


 そんな見慣れた光景に、私は少しだけ感動することが出来た……ような気がする。


 見たことがないような、この世界の風景には、まだ感動出来ないけれど……。


 いつかは、この世界も美しく感じる時が来るのかな?


 でもその時は、元の世界のことを諦めた時なのだろう。


 だったら私は、ずっと感動出来なくても構わない、と思う。


「えっと、思い付きで来たのは良いけど、文字読めるかな……」


 この世界で言葉が通じたのは、本当に僥倖だった。


 もしあの時、言葉が通じていなかったら……と思うとゾッとする。


 私は自分にもこの世界の文字が読めるのかどうか確かめるために、本棚の前までいくと、ざっと背表紙の文字に目を通す。


「……あ! 読めた……!」


 異世界転移のギフトなのかスキルなのかはわからないけれど、私にもこの世界の文字を読むことが出来た。


「やったー! もし読めなかったらどうしようかと思ったよ……」


 もしかしたら文字を勉強しなきゃいけないのかな……って心配していたから、本当に良かった。


 一から文字を覚えるのに、どれぐらい時間がかかるかわからなかったし。


 私は本棚の間を歩きながら、どんな本があるのか見て回ることにした。


「うーん、やっぱり神殿の図書館だけあって、神様関係の本が多いなぁ……」


 やはりと言うか何と言うか、図書館の本のほとんどが宗教関係だった。


 宗教思想に宗教哲学、宗教の歴史の他に、美術や建築の本などもあった。


 だけど私が知りたいのは、異世界についての本だったりする。


「これは……永遠に見つからないヤツなのでは……。うーん、司書さんとかいないかなぁ……?」


 ちなみにこの図書館に入ってから、私は人の姿を見ていない。


 こんなに広い図書館なのに、利用者がいないのはとても勿体ない気がする。


 お目当ての本を探すのは至難の業かも、と判断した私は、司書さんがいないか聞いてみることにする。


 近くを歩いている人に聞いてみたら、すぐ教えてくれるだろう。


 とりあえず一旦図書館から出ようと思った時、扉が開く音が聞こえた。


 あ、誰か入ってきたな、本のこと聞けるかな、と期待した私は、入ってきた人物を見て固まってしまう。


「……オリヴェルさ、ま……っ」


「リーディア様、お探し物ですか? でしたら私に申しつけてくださればお手伝いさせていただきますのに」


 そう言ってにこやかに、オリヴェルさんが私に近づいてきた。


 思わず逃げようとする足に、私はぐっと力を込めて耐えた。


「い、いえ! 忙しいオリヴェル様にご迷惑をお掛けするわけには……!」


 私はやんわりとオリヴェルさんの申し出を断った。


 神官長の役職を持つ人だから、きっと多忙を極めているだろうし。


 そして何より、私がこの人と関わりたくないから。


「私にはリーディア様以上に優先することなどありません。それにこの神殿の者は優秀ですから、逆に暇なぐらいです」


 多忙を理由に断ったのに、あっさりと返されてしまった。


「あ、では司書さん……この図書館を管理している方を教えていただけませんか?」


 オリヴェルさんと二人っきりになりたくない私は、別の人を呼んで貰おうとしたけれど。


「この図書館のことなら私に聞いてください。全ての書物を覚えていますので」


「えっ?! この中の本全て、ですか?!」


 ここの蔵書の数は、市民図書館より多そうだった。


 そんな膨大な数の本を、全て覚えているなんて!


「はい。それにこの図書館は基本、高位聖職者──今は神官長と聖女しか利用出来ませんから」


「えっ……」


 私とオリヴェルさんしか使えない図書館……?!


 こんなに広い図書館なのに、誰もいないことを不思議に思っていたけど……。


「お探しの本がおありでしたら、私が案内致しますよ」


 本当なら、オリヴェルさんの申し出はとても有難いのだろうけど……。


 私は、私を見つめる彼の瞳から──いや、彼から逃れたくてたまらなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る