第7話 俺、本気出すから

「すごい……っ! すごいよきーくん! すっごく綺麗!!」


 嬉しさのあまり、語彙力が低下した私はすごいとしか言えなくて。


 でも本当にすごく綺麗なブレスレットだったから、思わず感動で泣きそうになってしまう。


「喜んでくれて良かった……。本当は指輪にしようと思ったんだけど、間に合わなくて」


「ゆ、指輪っ?! で、でもこのブレスレットすっごく気に入ったよ! 本当に嬉しい……! すっごく大事にする!! 有り難うきーくん!」


 きーくんが指輪を贈ってくれようと思っていたことに驚いた。


 それってちょっと意味深のような……って、勘違いしそうになった私は慌ててその考えを頭の中から追い払う。


 私はこのブレスレットで十分だし!


「一生の宝物だよ! 大事にするね!!」


 もうこのブレスレットは我が家の家宝に決定だ。


 失くさないように、大事に保管しなくっちゃ!


「それは嬉しいけど、ずっと身につけて欲しいな」


「えっ……あ!」


 きーくんは箱からブレスレットを取り出すと、そっと私の手を取って、ブレスレットを付けてくれた。


 その様子はまるで、神聖な儀式のようで──。


「うん、やっぱりひなによく似合う」


「あっ、有り難う……っ!」


 きーくんがブレスレットを付けてくれたことと、綺麗な顔を間近で見てしまったこともあり、恥ずかしくて顔が真っ赤になる。


 それに、きーくんの手が触れたところが、とても熱く感じるのは──気のせいかな?


「来年も再来年も……その先もずっと、ひなと一緒に誕生日を祝いたいな」


 そう言って微笑むきーくんに、私の心臓の鼓動が限界まで速くなる。


 これ以上好きにさせて、きーくんは私をどうしたいのだろう。


 毎日毎日、これ以上好きになっちゃダメだって自分に言い聞かせているのに、好きな気持ちはあっさりと限界を超えてしまう。


 ──きーくんには、すごく大切な人がいるのに……。


「そうだね。本当にそうだったらいいな……っ」


「……ひな?」


 きーくんの言葉は嬉しいけれど、喜べば喜ぶほど、きーくんが好きな人の影がチラついて、私の心をぎゅうっと締め付ける。


「ううん、何でもない! ブレスレット、本当に有り難う……っ! 失くさないようにするね!」


 私は頑張って笑顔を作る。こんなに早く練習の成果が出るとは思わなかった。


 ……まだ告白もしていないのに。


「もし失くしてしまっても、俺が見つけるから安心して」


 きーくんは私がブレスレットを失くすんじゃないか、と心配していると思っているらしい。


 確かにそれも心配だけど、私が心配していたのは違うことで。


 それでも、私を安心させようとするきーくんの優しさがとても嬉しい。


「ふふ、きーくんなら本当に見付けてくれそうだね。頼りになる幼馴染を持って本当に幸せ者だよ」


 今度は本当の笑顔が零れた。


 きーくんと出逢えて、本当に幸せだと思ったから。


「──ひな……っ!」


 私を見たきーくんが、一瞬驚いた顔をしたと思うと、ぎゅっと私を抱きしめた。


「え……?」


 突然きーくんに抱きしめられて、私の心臓がもう限界だと悲鳴をあげている。


 私は身体から魂が抜けていく感覚に、ああ、誕生日が命日になるのか……と、覚悟を決め──ようとして我に返った。


 何故なら、私を抱きしめるきーくんの腕が、微かに震えていたからだ。


「……きーくん? どうしたの?」


 心配になった私はきーくんに声をかける、けれど。


 聞こえてきたのは、不安に押し潰されそうなきーくんの声で。


「……今一瞬ひなが……つ、ひなが俺の前から消えてしまったのかと……っ」


 私は突然のきーくんの行動の意味を理解した。


 私がいなくなることを、きーくんはすごく恐れているのだ。


 私は手を伸ばしてきーくんの広い背中に手を回す。


「私はここにいるし、どこにもいかないよ?」


 私はきーくんの不安が消えますように、と祈りながら背中をぽんぽんと叩く。


 すると、私を抱き締めていた腕の力がだんだん緩んでいく。


「……うん。そうだね。ひなはここにいるよね」


 きーくんは私から身体を離すと、今度は私の手を取った。


「ひながどこにいても絶対俺が見つけるから、このブレスレットを離さずに持っていて欲しい」


 そして私の手を自分の頬に添えたかと思うと、今度は私の手のひらにそっと唇を落とした。


「ふ、ふえぇえええ〜〜〜〜っ!!」


 ──手のひらへのキスは、”懇願”。


 まるで王子様のようなきーくんの行動に、私の心臓はもう限界だ。


 あまりのことに、私は腰を抜かしそうになる。


 ベンチに座ってなかったら、本当に倒れていたと思う。


「も、もうっ! きーくんふざけ過ぎ!」


「なんで? 俺ふざけてないよ?」


 こんなとんでもないことを仕出かしておいて、きーくんはケロッとしてる。


 私はもういっぱいいっぱいなのに……!


「俺はもっとひなに触れたいと思ってるんだけど……ひなは嫌?」


「えっ?! えぇっ?! ふ、触れ……っ??」


「ひなが嫌がることは絶対にしない。でも、これからは少しでも俺を意識してくれたら嬉しいな」


「い、嫌じゃない……っ! 嫌じゃないけど、でも……っ!!」


 きーくんの言葉は、まるで告白のよう。


 意識して欲しいって言われても、そんなのとっくの昔から意識してるのに!


「ホント? 嫌じゃない? なら俺、本気出すから」


「……ほ、本気?」


 今でも十分骨抜きにされているのに、まだ始まってもいなかっただなんて……!


 きーくんが本気を出したら、一体どんなことになるんだろう?


「うん。だからひなは逃げないでね。──まあ、逃さないけど」


 きーくんの綺麗な瞳の中に、すごい独占欲と執着が見え隠れしていることに気付く。


 もしかして、ずっときーくんは気持ちを──本性を隠していたのかな……?


 だけど私はまだきーくんから「好き」だと言われていない。


 って言うか、きーくんは私じゃない人をずっと想っていると思っていたけど、もしかして私の勘違い……?


「……そろそろ行こうか。ご飯が遅くなっちゃうし」


 黙り込んでしまった私を気にしながら、きーくんが買い出しに行こうと言って立ち上がる。


 だけど私はこの機会に、きーくんが誰を好きなのか、はっきりさせたいと思う。


 ──そう。これはチャンスなのだ。


 私はこのチャンスを逃すまいと、覚悟を決める。


 本当は別れ際に告白するつもりだった。じゃないとずっと気まずくなると思ったから。


 でも今なら……きーくんの言動から察するに、私の告白は成功しちゃうんじゃないかな……なんて欲が出てしまったのかもしれない。


「きーくん! 待って!」


 私は歩き出したきーくんを呼び止めた。


「え?」


 立ち止まったきーくんに、私はずっと伝えたかった想いをぶつけようとした。



「私、きーくんのことが──……」



 それなのに、私の決死の想いは、言葉にならないまま光に溶けて。


 何かに気付いたきーくんの瞳が、大きく見開かれる。


 その視線は、私の足元で光る魔法陣のようなものに向けられていて。


「──ひなっ!!!」


「きーくんっ!!」


 と同時に、ひどく驚いたきーくんが私に向かって必死に手を伸ばすけれど、光に遮られて届かない。


 私は突然光に包まれてパニックになる。


「えっ?! 何これっ!! きーくんっ!! きーくんっ!!!」


 必死にきーくんを呼ぶけれど、だんだん光は強くなって、私の視界を真っ白に染め上げる。


「眩し……っ! 何これっ!!」


 何も見えないけれど、私の中から何かが溢れ出す感覚がする。


 もう何が何だかわからなくて、早く光が止みますようにと祈ることしか出来ない。


 そうして祈り続けてどれぐらい経ったのか、気が付けば光の奔流は止まっていた。


 いつの間にか気絶していたのか、倒れていた身体を起こすと、手にひんやりとした石の感触を感じる。


「え、これ……石畳?」

 

 だけど私の視界はまだ戻っていないらしく、自分の手がぼんやりとしか見えない。


 今の状況がわからず、しばらくその場に留まっていると、だんだん視覚と聴覚が戻ってきた。


 音が聞こえ始めたな、と思い耳を傾けてみると、それは沢山の人の喜びの声で。


 そして私の目に飛び込んできたのは、日本ではあまり見かけない白髪の、とても綺麗な男の人だった。


「……え? ここは……?」


 戻った視覚で周りを見渡してみると、そこは真っ白な大理石で作られた神殿のような場所だとわかった。


 どうしてこんなところに……と戸惑っていると、白髪の男の人が涙を流しながら言った。


「──ああ、聖女様……! よくぞこの世界に戻られました!! 私は貴女様が必ず戻られると信じておりました!!」


「え? 私? いや、人違いですっ!!」


 突然初対面の人に”聖女様”と呼ばれた私は速攻否定した。


 ……私には全く身に覚えがないし。

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