第6話 宇賀神さんは意地悪だ!

 ──ついに私の誕生日当日がやってきた。


 二十四時間後の私はどんな顔をしているだろう……?


 たとえ想いが届かなかったとしても、笑顔だったらいいな、と思う。


 私は用意していた服に着替えると、少しクセがある髪の毛をゆるふわにまとめた。


 いつもよりフェミニンな雰囲気になるよう頑張ったし、大人っぽく見えたらいいけど。


「じゃあ、いってきまーす!」


 私は両親に今の姿を見られる前に家を出た。


 いつもと違う、精一杯のオシャレをした私を見たら、きっと質問してくるだろうと思ったから。


 待ち合わせの時間には早すぎるけど、待ちきれない私は約束の場所に向かうことにする。


 待ち合わせた公園には藤棚があったはず。そこでのんびりきーくんを待とうかな、と考えた私は、近くのコンビニでお茶を購入した。


「やあ、ひなちゃん昨日ぶり。今日もかわいいね」


「えっ?! 宇賀神さん?!」


 コンビニから出た瞬間、目の前に宇賀神さんが現れた。


 まさかこんなところで会うなんて、とびっくりする。


 ”鬼神”の総長である宇賀神さんは、そう簡単に会えるような人じゃないのに。


「こんなところにいるなんて珍しいですね。何かあったんですか?」


 宇賀神さんに「可愛い」と言われたけれどスルーする。


 これは宇賀神さんなりの挨拶だし、女慣れしてる人に言われてもあまり嬉しくないし。


「ああ、何かあった訳じゃないんだけど……心配性な”魔王”から頼まれてね」


「え? きーくんが……?」


「昨日のこともあってか、随分ひなちゃんのことを心配していてね。待ち合わせ場所にひなちゃんが早く着くようなら、守って欲しいってさ」


「……は?」


 宇賀神さんから聞いた話に私は絶句する。


 この人にこんなお守りのようなことを頼める人なんて、きーくんぐらいだと思う。


「まあ、俺もちょっと過保護すぎじゃね? と思ったんだけど、どうしてもって言われてさ。でもこうして来てみて正解だったかな」


「え? 正解って……?」


 私には宇賀神さんの言葉の意味がよくわからない。


 不思議に思っていると、宇賀神さんがにっこりと微笑んだ。


「今日のひなちゃんすごく可愛いし。そりゃこんな子野放しには出来ないなぁって」


「ふえっ?! か、かわ……っ! 野放し……っ?!」


 宇賀神さんから褒められた私は驚き過ぎてキョドってしまう。この人もきーくんと同じぐらいヒトタラシだ!


「ははは、めっちゃ焦ってる! あんまり意地悪すると皇に殴られそうだな」


「も、もう! 揶揄わないでくださいっ!!」


「ごめんごめん、可愛いと思ったのは本当だから許してよ」


「ぐ、ぐぬぬ……!」


 私はこれ以上反応しないように必死に我慢したけど、やっぱり悔しい!


「宇賀神さんに弄ばれたってきーくんに言っちゃいますからね!」


「ちょ! それマジ洒落になんないって! ひなちゃんごめん! お茶奢るから!」


 私の脅し?に宇賀神さんがひどく慌てている。


 だけどそう簡単に許す訳にはいかない!


「……スタパの”ダーク チョコチップ フラペチーノ”ならワンチャン?」


「勿論いいよ! サイズはどうする? Grande? Venti? それともTrenta?」


「いやいや! Tallで十分ですって! っていうか、Trentaって何ですか?」


 初めて聞くサイズだったので、どれぐらいの大きさか聞いてみる。


 ちなみにTall(トール)約350ml、Grande(グランデ)約470ml、Venti(ベンティ)が約590mlなのだそう。


「TrentaはGrandeのほぼ二倍の量だね。まあ、アメリカ限定サイズだけど」


「えっ?! そんなに飲める訳ないでしょ!」


 Trenta(トレンタ)は約916mlだと聞いて驚いた。


 やっぱり宇賀神さんは意地悪だ!


「ははは! ひなちゃんは面白いな! やっぱり俺が来て正解だったよ」


 またもや宇賀神さんが意味不明なことを言うけれど、もう私は気にしないことにした。


「もう! 早く行きましょう! すぐ時間が来てしまいます!」


「そうだね。じゃあ行こうか」


 後ろで宇賀神さんが笑っている気配に気づかないふりをして、私はスタパへと急いだ。


 正直、一人できーくんを待っていたら緊張で倒れそうだったから、宇賀神さんが来てくれて本当に良かったと思う……本人には言わないけれど。


 宇賀神さんとスタパに向かう途中、すっごく周りの人から視線を感じる。


 学生っぽい女の子や子供連れの主婦まで、顔を赤くしてポ〜っと宇賀神さんに見惚れているし。


 やっぱり宇賀神さんはカッコ良いんだな、と改めて認識する。


 スタパまで行く道や店内で注文してる間もずっと、周りからちらちら見られている。


 昔のきーくんも同じように注目を浴びていたけど、本人たちはまったく意にも介していないみたい。


 まあ、いちいち気にしていられないんだろうけど。


「はい、どうぞ」


「あっ! 有り難うございます!」


 宇賀神さんからフラペチーノを受け取った私はお礼を言う。ちゃんとTallサイズにしてくれたみたいだし。


「今から待ち合わせの場所に向かえば、ちょうど良い時間になりますね」


「お、もうそんな時間か」


 宇賀神さんがフラペチーノを飲みながら返事した。


 ちなみに彼が飲んでいるのは”キャラメル フラペチーノ”だ。


 甘い物好きだったんだ、と以外に思う。


「付き合ってくれて有り難うございました。おかげで退屈しなくてすみました」


 待ち合わせ場所についた私は宇賀神さんにお礼を言った。


 後五分もすればきーくんとの待ち合わせ時間だ。


「ん。なら良かった。あ、そうそう、ひなちゃんに頼みがあるんだけど」


「頼み? 何ですか?」


「うん。俺、皇に”鬼神”の総長継いでもらいたいんだよね。でもアイツ、なかなかうんって言ってくれなくてさ。だからひなちゃんからも頼んで欲しいんだ」


「え」


 いつものように、飄々と言うもんだから、伝言か何かかな、と思っていたのに、頼まれた内容はとんでもないもので。


「……いやいやいや! 私にはそんな大役務まりませんよ!」


「でも、皇はひなちゃんの言うことなら何でも……っ!」


「──おい、お前何ふざけてんだ?」


「きーくんっ?!」


 私と宇賀神さんが話しているところに、突然きーくんが現れた。


 いち早くきーくんに気付いたらしい宇賀神さんが、慌ててきーくんから距離を取る。


「……っ、予定より早かったな」


「ひなを待たす訳にはいかないからな。……それより暁、何ひなを困らせてんだよ?」


 きーくんがぎろり、と宇賀神さんを睨みつける。


 鋭い視線を向けられているのは私じゃないのに、それでも足が竦んでしまう。


「……お前が何度も誘いを断るから、ひなちゃんに協力してもらおうと思ったんだよ」


「ひなには関係ないだろっ!! ひなを巻き込むなっ!」


「悪かったって。もうしないから、その殺気引っ込めてくれない? ひなちゃん怯えてるよ?」


「あっ……!」


 宇賀神さんに指摘されたきーくんが我に帰ると同時に、突き刺さるような殺気がフッと消える。


「ひなごめん! 怖がらせて!!」


「……あ、えっと……っ、ちょっと驚いたけど大丈夫だよっ」


 私はきーくんににこりと微笑んでみせた。


「ひな……」


「じゃあ、お邪魔虫の俺は退散するね! ひなちゃんバイバイ!」


 きーくんが私のことに気を取られている隙に、宇賀神さんはさっと姿を消してしまった。


「……ちっ、暁の奴……っ!」


「きーくん、怒らないで? 私宇賀神さんに何回も助けてもらってるし……。総長の跡目のことだって、断るつもりだったし」


 私はきーくんを落ち着かせようと、ぽんぽんと背中を優しく叩いた。


 昔は頭をよくぽんぽんしていたけど、今はもう身長差で手が届かない。


「うん……。ひながそう言うなら……」


 ぽんぽんが功をなしたのか、きーくんが落ち着いてくれてホッとする。


「ほら、今日は手料理を食べさせてくれるんでしょ? 早く買い物に行こっ」


 今日は私の誕生日で運命の日。


 出来れば笑顔のきーくんと楽しい時間を過ごしたい。


「あ、ひな待って。これ誕生日プレゼントなんだ。早くひなに渡したくて」


 そう言ってきーくんが差し出してきたのは、可愛くラッピングされた箱で。


「えっ! 嬉しい……っ! 今開けちゃっても良い?」


「うん、もちろん」


 本当は落ち着いたところで開ければ良かったんだろうけど、早く中を見たかった私は近くのベンチに座り、開封の儀を行う。


 そして丁寧に、破れないように包装紙を開けると、何だか高そうな箱が。


「わぁ……! すっごく綺麗……っ!!」


 高そうな箱を開けてみると、中には細かい装飾が施されたシルバーのチェーンに、ブルークリスタルでお花が象られたブレスレットが入っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る