第5話 どうしても欲しいものがあってさ

 中三の頃、私は偶然きーくんが告白されている場面に出くわしてしまった。


 きーくんに告白していたのはすごく可愛い子で。


 クラスの男子も可愛いと良く噂している女の子だった。


 そんな人気の女の子からの告白も、きーくんは眼中にないようであっさり断っていた。


「鬼月くんには好きな子がいるの? いるなら教えて! 私その子に負けないぐらい頑張るから!」


 断られた女の子はそれでも諦められないようで、ぐいぐいきーくんに迫っている。


「君がいくら頑張ってもその人の代わりにはならないよ。それに俺はずっと昔からその人しか見てないから」


 そう言うきーくんはすごく遠い目をしていて──どこか遥か遠くを見ているようだった。


 そんなきーくんを見て、きーくんがそこまで想うその人は、絶対に私じゃないことを、嫌でも理解してしまう。


 私は二人に気付かれないようにその場を離れると、猛ダッシュで家に帰って、速攻ベッドの中で泣いた。


 きーくんは私をすごく大事にしてくれていたから、きーくんも私を好きでいてくれるのだと、ずっと誤解していた。


 私はずっときーくんと両思いだと勘違いしたと知って、それがすごく恥ずかしかった。


 恥ずかしくて悲しくて、この世界から消えてなくなりたいと思うほどに。


 しばらく落ち込んだものの、きーくんの前では無理やりいつも通りに振る舞っていた。


 だけどそんな私に勘が鋭いきーくんが気付かない訳なくて、色々心配をかけたけれど、理由だけは絶対に言わなかった。


 それからの私は、必死にきーくんを諦めようと努力した。


 だけどきーくんは相変わらず私に甘く、優しくて。


 ──どうして好きな人がいるのに、私に構うんだろう? どうして私を大事に扱うんだろう?


 ──こんなの、諦められる訳ないじゃない。





「──ひな?」


 ふと、昔のことを思い出していた私は、きーくんの声に我に返る。


 その心配そうな色を滲ませた心地いい声に、私の胸が切なさでぎゅぅっと痛くなる。


「あ、ごめん! ちょっとぼうっとしちゃって……っ」


「お茶でも淹れようか? ひなが嫌じゃなかったらだけど」


 きーくんは今、私の家のリビングにいる。

 両親同士仲が良く、小さい頃からお互いの家を家を行き来していたから、どこに何が置いてあるのか、きーくんはよく知っていたりする。


「ううん! 私が淹れる! きーくんは走って疲れたでしょ? 座ってて!」


「本当に大丈夫? やっぱり今日のことで精神的に負担がかかっているみたいだね。明日の誕生日は一緒に過ごしたかったんだけど……」


「え? 明日? ……あ、そうだったね」


 ──そうだ。明日にはもうこんな苦しい想いから解放されるんだ……と考えると、嬉しいような寂しいような、不思議な気持ちになる。


「バイトを早めに切り上げて、どこかで待ち合わせようと思っていたけど……やっぱりやめて──」


「──ダメっ!」


「え、ひな?」


 明日はすごくすごく大事な日だから、絶対きーくんと会わなきゃダメで。


「あ、えと、私は大丈夫だから! バイトが終わったらどこで……って、え? バイト? きーくんバイトしてるの?」


 きーくんがバイトをしてたなんて、全く知らなかった私は驚いた。最近忙しそうだなぁ、とは思っていたけど、まさかバイトを始めていたなんて!


「あ、うん。ちょっと前からね。どうしても欲しいものがあってさ」


「えぇっ! 教えてくれたらいいのに! どこでバイトしてるの?」


 きーくんがバイト……もし接客業なら大変なことになりそうだ。連日女性客で大繁盛しそう。


「バイト先は隣町のファミレスだよ。そこの厨房でバイトしてる」


「厨房?! ウェイターじゃなくて?!」


「うん。店長からはどうしてもホールに出て欲しいって言われたけど、料理の練習をしたかったから断った」


「あ〜〜。そりゃ店長さんはそういうよねぇ」


 店長さんも集客のチャンスだと思ったんだろうな。


「でもすごいね! 私、きーくんの作った料理食べてみたい!」


 きっと器用なきーくんなら、作る料理も宮廷料理人並みに違いない。


「うん。ひなに料理を作ってあげたくて、バイトを始めたんだ」


「え……っ」


「ひなは食べるのがすごく好きだろ? だから俺の料理でひなを喜ばせてあげたいなって」


 まさかのきーくんの言葉に、私の心臓がドキッと跳ねる。

 さっきは切ない痛みだったけど、今はトキメキ過ぎて心臓が痛い。


「う、嬉しい……っ! すっごく嬉しい!! 本当に作ってくれるの?」


 嬉し過ぎて涙が出ちゃいそう。


「もちろん! 明日は店の近くの公園で待ち合わせよう? その後は食材を買って、俺ん家で料理しよう」


「やった! 私お手伝いするね!」


「じゃあ、片付けを手伝ってもらおうかな」


 私はさっきまで抱えていた不安がすうっと消えていくのを感じる。


 よく思い出してみると、きーくんは私の元気がない時、いつも喜ぶような提案をしてくれていた。


 それから、私たちはお茶を飲みながら明日の計画を立てた。


 ──明日を最高の思い出で飾るために。


 そろそろ帰る、と言ったきーくんを玄関で見送った私は、さっそく部屋に戻ると明日着ていく服を考える。


 いつもパンツルックだから、たまにはスカートを履いてみようかな……なんて。


 明日が楽しみ過ぎて、ワクワクが止まらない。


 私は告白が失敗してもいいや、と思うようになっていた。


 だって、きーくんが私のために頑張ってくれていたことがわかったから。


 それだけで充分、私の心は満たされている。


 今の関係が続くなら、それだけで私は幸せだと、心から思う。


 ──そう、恋人になれなくても、私がきーくんを大好きなことに変わりはない。それはきっと、永遠に変わらない事実だから。


 すっかり心が軽くなった私は、無意識に歌を口ずさんでいた。


 鼻歌のような小さい声だけれど、まるで口から嬉しさが零れ落ちるかのように。


「優希ちゃんたちとも約束したし、歌の練習もしなくちゃね」


 正直にいうと、私は歌を歌うのがとても好きだった。


 だけど何故か歌が苦手だと思うようになって、無意識に歌わなくなったんだと思う。


 自分では上手いか下手かはわからないけど、恥ずかしくないレベルまで上達したい。


 私は近所迷惑にならないように、小さい声で歌ってみた。


 カラオケで楓怜ちゃんが歌っていた曲だ。


 それは片思いの女の子の歌で、今の私にぴったりだった。




『──み……けた』



「えっ?」


 私がしばらく歌っていた時、誰かの声が頭の中に響く。


「だ、誰っ?!」


 驚いた私は周りを見渡すけれど、もちろん姿が見えるはずなく。


「ええ……っ、何? もしかして幽霊……?」


 もし幽霊だったとしても、霊感ゼロの私に霊の姿は見えない。


 しばらくの間、部屋におかしいことはないか見張っていたけれど、それからは何も起こらなかったから、気のせいだろう、と思うことにした。


 そうしている内に両親が帰宅し、一緒に晩御飯の準備をすることに。


「あ、明日はきーくんの家でご馳走になるから、晩御飯は用意しなくていいよ」


「あら、本当? じゃあ、お祝いのケーキはどうしよう?」


「今回はなくていいよ! また来年もあるだろうし」


「そう? ちょっと残念だけど、仕方ないわね。ご迷惑にならないようにね」


「うん、もちろん!」


 一緒に誕生日を祝えなくて、お母さんは残念そうにしていたけれど、きーくんの家にお邪魔することは許可してくれた。


 晩御飯を食べ終え片付けを手伝った後、お風呂に入った私は明日に備えて早く眠ることにする。


「ああ〜〜楽しみだなぁ〜〜!」


 明日のことを考えると、ワクワクし過ぎて眠れないかもしれない……なんて思ったけれど、寝つきがいい私は目を閉じた途端、深い眠りに落ちていった。


 ──明日、何が起こるのか知る由もなく。

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