第3話 運が良いのか悪いのか

「それでどうするの? コイツらヤっちゃう?」


「やや、ヤっちゃうって何を……?」


 宇賀神さんは、その綺麗な顔に似合わない言葉で、私に問いかける。


「そりゃあ、口にするだけで警察が来そうな事、かな」


 物騒なことを言いながら、チラリとチンピラを見る目はとても蠱惑的で。


 視線を向けられたチンピラたちは、顔を赤くしたり青くしたりと、とても忙しない。


「知らなかったとはいえ、ひなちゃんにちょっかいかけたコイツらを無事に返したら、俺たちが”魔王”に半殺しにされてしまうしね」


「えっ! そんな……っ! どうしよう……っ」


 できれば穏便に終わらしたかったけれど、もし今回声を掛けられたのが私たちじゃなかったら……と考えると、それ相応の罰は必要かも、と思う。


「もう二度と人に迷惑をかけないように躾けちゃってください! 私はこういう時の流儀とか知らないので、方法は宇賀神さんたちにお任せしたいです!」


 私は思い切って宇賀神さんにお願いした。”躾け”の意味は人それぞれだし、宇賀神さんならうまく処理してくれるんじゃないかなーなんて。要は丸投げだ。


「ふふっ、了解。じゃあ、コイツらはこっちで引き取るよ」


 宇賀神さんは楽しそうに笑うと、パチン、と指を鳴らした。


 すると、いつからいたのか、”鬼神”のメンバーらしき人たちが現れて、気絶してるチンピラ共々どこかに運んでいく。


「あ、テツさんも颯汰さんも助けてくれて有り難うございました」


 私はイケメン二人組──宇賀神さんの右腕である、石川 哲也さんと、中島 颯汰さんにお礼を伝える。


 二人が助けてくれなかったら、私と友達たちは酷い目にあっていただろうから。


「気にすんな! 最近運動不足だったから良い運動になったし! 頑丈そうなサンドバックが四つも手に入ったし!」


 テツさんが嬉しそうにしているけれど……サンドバックが何のことかは、怖いから聞かないでおこう、と思う。


「まあ、俺は何もしていないけどね。それに、ひなちゃんが目立つ場所を歩いてくれたから、メンバーもすぐ気付く事が出来たんだし」


「それでもこうして来てくれて嬉しかったですし、気付いてくれて本当に良かったです! 皆さんにもお礼を伝えてください!」


 颯汰さんは謙遜しているけれど、彼がこの街に張り巡らしているネットワークのおかげで助けに来てもらえたのだから、本当に感謝している。


「じゃあね、ひなちゃん。”魔王”にもよろしく伝えといて」


「はい! 宇賀神さんも有り難うございました!」


 手をひらひら振りながら去っていく宇賀神さんたちを見送ると、さっきまでうるさかった場所がしん、と静まり返る。


「ちょ、ひな!! 一体どう言うことっ?!」


「ひなちゃん”鬼神”の総長らと知り合いやったん?」


「ひなちゃんの人脈ってすごいねー」


 驚きの連続でずっと固まったままの優希ちゃん達が再起動した。とたん、アレコレ聞かれてしまう。


「ごめんね、驚いたよね。私もまさかあの人たちと知り合いになるなんて、思わなかったんだけど……」


「さっき言うてた会わせたい人が”鬼神”の総長やったとはなぁ……。めっちゃ驚いたわ」


「ほんと、すっごく怖かったんだからね! 何もなかったから良かったけど、ひなが庇ってくれた時なんか、もう心臓が止まりそうだったんだから!」


「でも、あの時はあの対応が最善だったと思うよ? 変に刺激したらもっと危なかっただろうし」


 興奮する優希ちゃんを楓怜ちゃんが宥めてくれるけど、ジロリと私を睨みつける。


「でもひなちゃん。ひなちゃんだけ危険な役目をするのはやめて。私だってどう対処しようか考えてたんだよ?」


 私は楓怜ちゃんの言葉にハッとする。


「うん……! ごめんね楓怜ちゃん! 今度はちゃんと相談する!」


 一人で解決しようとするんじゃなくて、みんなで解決出来るのなら、これに越したことはない。


 私がそう言うと、楓怜ちゃんは満足そうに頷いてくれた。


「ほな、ここは暑いし涼しいところでじっくりと話聞かせてもらおかー」


「賛成! 詳しく聞きたいです!」


「そうだよね。説明してもらわなきゃね」


「うっ……! お手柔らかに……?」


 きっと今回の件で、みんなから質問攻めになると思っていたけれど。これからも同じような事があるかもしれないし、安心させるためにも、ちゃんと話そうと思う。


 それから、予定していたお店に行った私たちは、美味しいスイーツを食べながらたくさんおしゃべりをした。


 みんなが気になっていたのはやっぱり宇賀神さん達との馴れ初めだ。


 私はみんなからの質問に一つ一つ答えていった。けれど、話すのはあくまで私のことだけにする。


「宇賀神さん達と出会ったのは、私が友達とはぐれて、迷子になっていた時で──」


 私は念の為、きーくんのことを友達という設定にして一年前のことを話した。


 きーくんと一緒に、大きいショッピングモールへ買い物に行った時のことだ。


 その日は休日で人がすごく多くて、初めて行く場所だったということもあり、私はちょっとしたすれ違いで、きーくんと離れ離れになってしまった。


 LIMEで連絡を取ろうとしたけれど、そういう時に限って充電がなくて。


「ふんふん。友達とはぐれたんや。まあ、ひなは方向音痴なところあるもんな」


「それで? 迷子になったひなを、あの総長さんが助けてくれたの?」


「えっと、助けてもらったとは、ちょっと違くて……」


 私はきーくんを見付けようと周りを見渡した時、ゲーセンの入り口である物を目にしてしまう。それは──。


『あ! あれはっ!? ”トランスファーマー”のガチャ??!』


 遠目でもわかる、小さい頃大好きだったヒーローモノのガチャだった。


 ”トランスファーマー”は田植え機やコンバインなどの農作機が合体して悪の害虫から畑を守る、というストーリーの勧善懲悪モノで、自然と農業の大切さがわかる子供向け番組だ。


 私はガチャコーナーにダッシュで向かうと、お金を入れてガチャを回す。


 ガチャは全五種類にシークレット一種。その中にはもちろん悪役の”ストビー”もある。ちなみに”ストビー”とは”ストロングビートル”の略である。


『ストビーが出ますように!!』


 祈りを込めて回したガチャだったけど、出てきたのはシークレットで。


『ええ〜〜っ! よりによってコレ〜〜?』


 運がいいのか悪いのか、一番嫌いなキャラが出てしまい、しょんぼりしている私に話しかけてきたのが宇賀神さんだった。


『あ、それシークレット! キミ運が良いね。俺はストピーだったよ』


『えっ!!』


 宇賀神さんの手には、憧れのストビーが入ったカプセルがあった。


 それを見た瞬間、私は迷わずトレードを申し出る。


『あの、良かったら私のと交換してくれませんか?! 私ストビーが欲しいんです!!』


『え』


 最初は唐突なお願いに驚いていた宇賀神さんだったけれど、私のストビー愛に気押されたのか、笑顔でトレードに応じてくれた。


『言っとくけどコレ、結構なプレミアが付いてるけど、本当にいいの?』


『はい! 構いません! 私はストビーが来てくれたらいいので!』


 ほくほくしている私と宇賀神さんが話していると、テツさんと颯汰さんがやってきた。


『おーい暁〜〜。そろそろ飯いこうって……何してんの? ナンパ?』


『ちげーよ。トレードだ』


 勘違いしたテツさんに、宇賀神さんが経緯を簡単に説明してくれた。


『ははっ! ストビーが好きとか変わってんね!』


 正直、見た目が良くなくて”子供のトラウマ製造機”と呼ばれたストビーを好きな女の子は自分でも珍しいと思う。


『でも、よく見たらつぶらな瞳をしていて可愛いし、このガチャはデフォルメされてるし……』


 何故か言い訳のようになっているけれど、人に何て言われようと、私はストビーが好きなのだ。


『テツは人の趣味を揶揄うな。ごめんね、コイツ視野が狭くてさ』


『ちょ、ヒドくね?!』


 ──なんてやりとりがあって、私と宇賀神さん達は知り合いになったのだ。


「ひなは昔からブレへんな! シークレットよりストビー取ったんや!」


「あの”鬼神”の総長がガチャって……意外だわ。……いや、ギャップ萌えってヤツ?」


「ふふ、”トランスファーマー”かぁ……。懐かしいね」


「いやいや、そこじゃないから!!」


 私はみんなの反応を微笑ましく見ていた。


 どうやら私と”鬼神”メンバーの馴れ初めに納得してくれたみたい。


 本当はその後、私が絡まれていると勘違いしたきーくんが慌てて駆けつけて来て、宇賀神さん達と一悶着あったりなかったり。


 その時のことがきっかけで、きーくんが”魔王”と呼ばれるようになったんだけど……そのことはみんなに黙っていようと思う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る