第2話 ”魔王”のお気に入りでしょ?

「〜〜♪ どっすんドコドコどどんがどん! 会いたくて痺れるTONIGHT〜♪」


 玲緒奈ちゃんが熱唱する横で、私はタンバリンを一生懸命ジャカジャカと振り鳴らす。


「ギャハハ! 意味わかんねー歌!」


「歌唱力の無駄遣いだね」


 優希ちゃんと楓怜ちゃんも手拍子しながら笑い転げてる。

 玲緒奈ちゃんは歌がとても上手なのに、何処から見つけてくるのか変な歌ばかり歌う。そのギャップが面白くて、カラオケに行くといつも盛り上がるのだ。


 そうして三人が一通り歌い終わると、流石に疲れたのか休憩を挟むことになった。


「ひなは今日も歌わないの? 歌ったら楽しいよ?」


「いやいや、私すっごい音痴だし! ジャ○アンリサイタルになっちゃう! それにみんなの歌を聞いてる方が楽しいし!」


 私は今まで何度もカラオケに来ているけれど、人前で歌ったことは一度もない。


「そうなん? ひなの声めっちゃ可愛いから、歌うの聞いてみたいのに」


「えっ、そ、そうかな……? でも”ボエー”ってなっちゃうと思う」


「それ逆に聞いてみたい! 歌って歌って!」


「え、ええっと……っ!」


 玲緒奈ちゃんと優希ちゃんが私に歌って欲しいとおねだりする。


「ちょっと二人とも、ひなちゃんが困ってるよ? そんなに歌が聴きたいなら私が歌ってあげる」


 困っている私を見かねた楓怜ちゃんが、雰囲気を悪くしないように気を遣ってくれた。


「あっ、ひなごめん。無理強いしちゃって……」


「ごめんな〜。困らせるつもりなかってんけどな……」


 楓怜ちゃんの言葉を聞いて気付いたのか、優希ちゃんと玲緒奈ちゃんがしょんぼりしてしまう。


 二人は悪くないのに……私のノリが悪いせいなのに、と思うと申し訳なくなる。


「ううん! 私の方こそごめんね! みんなの前で歌えるように秘密の特訓するよ! 上達したらお披露目するから!」


「ほんと?! 楽しみにしてる!」


「やった! ひなのワンマンショーや! オールナイトや〜!」


 暗くなりかけた雰囲気が明るい雰囲気に戻る。


「楓怜ちゃん、ありがとう」


 私が小声でお礼を言うと、楓怜ちゃんがにっこり微笑んでくれた。ホントに天使!


 それから、私はみんなが歌うたびに全力で応援した。


 もしかするとタンバリンの振りすぎで明日筋肉痛になっちゃうかも。


「ゔ〜〜。喉ガラガラや〜〜」


「……私も。ちょっと調子に乗っちゃったなぁ……」


 時間いっぱいまで熱唱してた玲緒奈ちゃんと優希ちゃんは、歌いすぎで喉を痛めたようだ。


 ……まあ、あれだけデスボイスを出してたら当然そうなるのだけれど。


「じゃあ、何かスイーツでも食べに行く? 甘いものなら喉に優しそうじゃない?」


 大人しめの曲しか歌っていない楓怜ちゃんは平気そう。みんなを気遣う余裕まである。


「スイーツいいね! この辺の店探してみる!」


「スイーツか〜〜。それやったらしっとり系がええな〜〜」


 優希ちゃんがスマホで検索してくれて、評判が良い店を見つけてくれた。


「どれも美味しそうだし、個室もあるんだって! そこならいっぱいお話し出来そう!」


「ええやん! 周り気にせず話せるのはええなー」


 みんなでその店に行こう、と決まった時、背後から声をかけられた。


「おっ! 可愛い子たちはっけーん!」


「え?」


 知らない声に振り向くと、柄が悪そうな如何にもチンピラ、という風体の男の人たちがいた。


「人数もちょうど良いじゃ〜〜ん! ねぇ君たち、僕ちんと一緒にお茶しよ〜〜!」


 突然現れたヤバそうな人たちに、みんなの顔が真っ青になる。


「あ、すみません。お断りします。私たちこれから行くところがありますので」


 私はみんなを庇うように立つと、チンピラっぽい人たちにきっぱりと断りを入れた。


「ああん? きみ、可愛い顔して気が強いねぇ〜〜。いいよいいよ〜〜俺好みだよ〜〜」


 やはりと言うかなんと言うか、チンピラたちは人の話を聞いてくれない。


「えっと……。時間がないので、これで失礼します」


「おっとぉ〜〜っ! どこ行くの? 俺らも一緒に連れてってくれよ〜」


 早くここから立ち去ろうとしたけれど、チンピラたちに回り込まれて逃げ道を塞がれてしまう。


「……はぁ。そこまで言うなら、付いて来てください。ほら、みんなも行こ?」


 チンピラたちは私たちを逃す気が無いようなので、仕方なく一緒に連れていくことにする。


「ちょ、ちょっとひな……! 大丈夫なの……?」


「どこ行くん? あたしら無事に帰れるん?」


「ひなちゃんってこう言う時頼りになるよね」


 優希ちゃんと玲緒奈ちゃんがビクビクしているけれど、楓怜ちゃんは意外と平気そうだ。


「大丈夫だから、ちょっと我慢してね」


 私はみんなを安心させようとにっこりと笑顔を作った。


「どこに連れて行ってくれるのかなぁ? イイところかなぁ〜〜?」


「へへっ、楽しみだなぁ。早く着かねぇかな」


「オレ、よく考えたら女の子に誘われるの初めてだ! めちゃ嬉しい!」


「俺も俺も! しかも全員可愛いし、選べないよなぁ〜〜」


 チンピラたちが下卑た笑いを浮かべながら付いてくる。周りから見たら異様な光景だろうな、と思う。


「そろそろかな……」


 大きいビルが立ち並ぶ中、少し開けた場所に着いた私は、ポツリと呟いた。


「んん〜〜? 何々〜〜? もうすぐで着くのぉ?」


「もしかしてここがそう? ホテルじゃねぇの?」


 ニヤニヤと笑うチンピラたちに構わず、私は周りをキョロキョロと見渡した。


「ひ、ひなっ! どうしたの? ここに何かあるの?」


「ここあんまり人おらへんし、危ないんとちゃうん?」


「あ、不安にさせてごめんね? せっかくだから、二人に紹介しようかなぁって」


「へ? 紹介? 誰を?」


「えっとね。それは──」


 私が優希ちゃんの質問に答えようとした時、無視されたチンピラたちが痺れを切らしたのか、大声で騒ぎ出した。


「おいっ! 何コソコソ話してんだぁコラっ!!」


「俺たちは外でも構わな──ぶへっ」


 チンピラの一人が、最後まで言い切ることなく吹っ飛んでいく。


「へ?」


 突然仲間が吹っ飛んで気絶したことに、チンピラたちは驚愕して固まってしまう。


「……ったくよぉ、ひなちゃんに手ぇ出そうたぁイイ度胸してんなぁオイ」


「彼らは知らないんだから仕方ないよ。バカなんだし」


 今だにチンピラたちが固まってる中、どこからともなく二人組の男の子が現れた。


「え、イケメン」


「カッコよ……っ」


 玲緒奈ちゃんと優希ちゃんが呆然としながら呟いた。


 確かに二人はチンピラたちと違い、スラっとしていてとてもカッコイイ。


「てっ、てめぇらどこの者だゴルァっ!!」


「俺たちは”怒羅魂”のメンバーだぞっ!! 俺たちに手を出したら──ぐぎゃっ」


 イケメン二人組に怒鳴り散らかしていたチンピラの一人が、二人組の片方の蹴りを受けて吹っ飛んでいく。


「あ゛? お前らこそ何モンだよ? ”怒羅魂”なんか知るかっつーの」


「……テツ。一応”怒羅魂”も有名みたいだよ? ウチほどじゃないけど」


「テツ……? 赤髪……あっ!」


 仲間が次々と吹っ飛んで行くのを茫然と見ていた残りのチンピラたちは、ようやく目の前の二人が誰なのか気がついたらしい。


「ま、まさか……っ! おま、いえ貴方達はもしかして、”鬼神”の……?」


「ん? やっと気付いたか。おせーよ」


「仕方ないよ。バカなんだから」


 二人組の片方、テツと呼ばれた赤髪の男の子が、自分たちに近づいて来ると気付いたチンピラたちは、慌てて膝をついて土下座した。


「す、すみませんでした! 勘弁してくださいっ!! どうかお願いします!!」


「調子に乗ってすみませんでしたぁっ!! 許してくださいっ!! お願いしますっ!!」


 先ほどまで浮かべていた下品な笑いや高圧的、好戦的な態度から一転、チンピラたちは、顔を真っ青にし恐怖に震えている。


「──だ、そうだけど、どうする総長?」


「え、総長……?」


 テツさんの言葉に、誰からともなく呟く声がしたかと思うと、私の背後からまた別の声が聞こえた。


「うーん、俺的には潰したいけど……。ひなちゃんはどう思う?」


「ふえっ?! どうして私に振るんですかっ!?」


 私の背後から現れたのは、モデルか俳優と言われても納得してしまう程のイケメンで。


 ──関東一帯の暴走族を配下に置いた”鬼神”の総長、宇賀神 暁さんが、私の耳にそっと口を近づけて、囁いた。


「え、だってひなちゃんは当事者だし、何より”魔王”のお気に入りでしょ?」

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