第1話 平和が一番やで〜

 私は小さい頃から悪役が好きだった。


 周りの友達は正義のヒーローやヒロインに夢中だったけど、私は毎回ヒーローにやっつけられる運命の悪役をいつも応援していた。


 だって悪役はヒーローより頭脳明晰で、すごい科学技術を持っている。

 例えば、あるキャラは一人でUFOやロボット、巨大なハンマーなどの優れた武器を作っていたし、とあるキャラは多くの部下を従え、お金に物を言わせて高度な防衛機能を備えた巨大な城をたくさん持っていた。


 こんなに優れた頭脳や技術を得るために、悪役はどれだけ頑張って来たんだろう……と思うと、応援せずにはいられない。

 目標を達成するために手段を選ばないぐらい強い意志を持っていると思えば、共通の敵が現れた時はヒーローと手を組む懐の広さ、ふとした時に見せる優しさや弱さ。


 私の目に映る悪役は、いつもカッコ良く輝いて、私を惹きつけて止まなかった。


 それに悪役には悪役なりの正義があって、視点を変えればヒーローの方が悪になることがあるんじゃないかな、と思う。


 ──正義は一つじゃない。人の数だけ、その人なりの正義があるのだ。


 ……なんて必死になってしまうほど悪役が好きだった私は、一生モノの黒歴史を作ってしまうのだけれど。


 あれは私がまだ幼稚園児だった頃。運動会の障害物競走で当時の悪役キャラをパンチする競技があった。

 だけど、どうしてもパンチすることが出来きなかった私は号泣してしまい、競技を中断させてしまう。

 結局私は先生に抱っこされながら退場したものの、その一連の出来事は今でも家族の笑いのネタにされている。


 運動会以降、しばらく周りの子達から揶揄われたりしたけれど、それでも優しいきーくんだけは、私を馬鹿にしなかった。


 ……っていうか、むしろ嬉しそうにしていたと思う。


 きーくんは"鬼月 皇(きづき すめら)"という名の、とても可愛い男の子だ。


 病気のため途中で入園して来たきーくんを初めて見た時、女の子と間違うほどの可愛さに、ものすごい衝撃を受けたのを今でも鮮明に覚えている。


 人見知りなのか、私を見た途端泣いてしまったからすごく困ったけれど、大きな瞳からポロポロと溢れる落ちる涙はまるで宝石のようで。


 泣いてる顔すら綺麗で、思わず見惚れてしまったほどだ。


 そんなきーくんが涙を見せたのはその時の一回だけで、彼は美しい見た目に反してかなり気が強かった。

 大人でも泣きそうなケガをしてもケロッとしてたし、男女と揶揄うガキ大将は取り巻きごとフルボッコにしてたし。


 私はそんな強くて綺麗なきーくんが大好きだった。

 私の初恋はもちろんきーくんだ。


 私ときーくんは小中高と同じ学校で、不思議なことにクラスもずっと一緒だったから、腐れ縁を運命だと勘違いした時期もあった。


 きーくんは小さい頃からずっと老若男女から凄まじいほどモテていたけれど、モテすぎて人間不信にでもなったのか、今までも高校に入学してからも一度も彼女や彼氏を作ったことはない。


 ちなみに高校入学をきっかけに、きーくんは陰キャデビューした。

 普通は逆だろうけれど、長めの前髪と大きめのメガネをかけて顔を隠してしまったのだ。

 そのおかげか、きーくんに人が群がるようなことは減ったけど、それでも隠しきれない色香がダダ漏れで、密かに女子達に人気がある。


 きーくんがどうしてもモテてしまうのは……もう諦めるしかないんだろうな、と思う。


 いつかはきーくんも好きな人に告白して付き合うことになるのだろう。

 きーくんに告白されたら、誰だってOKするに違いないから。


 だけど我儘な私は、きーくんが私以外の女の子と仲良くしている姿を見たくない。


 だから私、山田 姫詩(やまだ ひなた)は一世一代の大勝負に出ることにした。


 ──誕生日の日に、思い切ってきーくんに玉砕覚悟の告白しようと決意したのだ。


 七月二十日は私の十六歳の誕生日。


 すでに夏休みに入っているから、フラれたとしても一ヶ月も時間があれば、登校出来るぐらいには立ち直れるんじゃないかなーという思惑もあった。


 夏休みなら泣き晴らして酷い顔になったとしても、外に出なけりゃいいわけだし。


 頭の中で何回も告白のシミュレーションを繰り返しながら、私は決戦の日に備えた。


 フラれた時に言うセリフはもう決めてある。笑顔の練習もした。

 きーくんの予定が空いてるのも確認済み。……って言うか、お互いの誕生日には毎年会っているから、自然と呼び出せるはず。


 期待と不安が入り混じり、日に日に緊張が高まっていたある日、友達からグループLIMEが来て、みんなで遊ぼうとお誘いがあった。


 みんなの予定が合うのは誕生日の前日だったけれど、友達たちと一緒なら気晴らしになると思った私は、喜んでお誘いを受けることにする。




「わ、待たせてごめん!」


 きーくんへの告白のプレッシャーで、寝不足の日が続いていた私は、到着が待ち合わせの時間ギリギリになってしまった。


 待ち合わせ場所にはすでに全員が揃っていて焦ってしまう。


「あ、来た来たー! カラオケ予約してるから、早く行こ!」


 元気いっぱいの女の子は優希ちゃん。いつもカラオケやファミレスの予約をしてくれるしっかり者だ。


「ひながギリギリなんて珍しいね。いつも早く来てるのに」


 そう言ってふんわりと微笑むのは楓怜ちゃん。とても優しくて、一緒にいると癒されるお姉さんみたいな子だ。


「あかん……暑い……死ぬ……」


 今にも倒れそうなのは玲緒奈ちゃん。ものすごく暑さに弱くて、今にもぺちゃんこになりそう。


「ごめんね玲緒奈ちゃん! 早く水分摂ろ!」


 私と合わせて四人のこのグループは、高校で同じクラスの仲良し友達だ。


 みんなでカラオケ屋さんに入り、冷房の効いた部屋で冷たいジュースを飲むと、ようやく落ち着くことが出来た。


「しっかしこの殺人級の暑さ、どうにかならんもんかねぇ!」


「早く秋が来てほしいよね」


「あ〜〜……。冬が恋しいわ……」


 優希ちゃんたちの意見に私も全力で賛成だ。暑いより寒い方が好きだし。


「夏になると変なの湧いてくるもんね! そう言えば最近、柄が悪い連中増えてない?」


「あ〜〜。他所のとこから来てる連中やろなぁアレ。せっかくここ治安が良いのに、悪くなってまうなぁ……」


 優希ちゃんと玲緒奈ちゃんはこの付近で、人相が悪く睨みを聞かせながら歩いている見慣れない集団を目撃したらしい。


「それは困るね。”鬼神”と抗争にならなきゃいいけれど……」


 楓怜ちゃんが言う”鬼神”はこの街を本拠地にしている大きな暴走族グループだ。

 その勢力は衰えることなく、縄張りをどんどん広げていると聞いた。


 暴走族と言ってもマナーが良く、周りからの評判もそんなに悪くない。


 だけどそんな暴走族グループは珍しく、”鬼神”以外のグループの大半は世間の認識同様、違法行為や暴力行為をくり返し、一般市民に迷惑をかけている。


「まあでも、”鬼神”の総長はめちゃ強いって噂だし大丈夫っしょ! それに何と言ってもイケメン!らしいし! 強くてイケメンってもう最強じゃん!」


「それな〜。そこに痺れる憧れるな〜。一回会ってみたいわ〜」


「私も私も! 噂でしか知らないから、一度本物見てみたい!」


 私は優希ちゃんと玲緒奈ちゃんの言葉に心から同意する。

 ”鬼神”の総長さんはモデルか俳優、と言われても納得するほどカッコイイのだ。


「そう言えばその総長さん、そろそろ引退するって噂だね」


「ええっ?! 本当?」


 私は楓怜ちゃんの言葉に驚いた。珍しい反応をした私に、今度はみんなが驚いている。


「ひなちゃんがそんなに驚くなんて珍しいな!」


「あ! いや、総長さんが引退しちゃったら、その後どうなるのかなーって……」


「あーね。私としてはイケメンが総長になってくれたら嬉しいけどね!」


「私は誰でも良いから穏便に解決して欲しいな。喧嘩とか怖いし」


「せやな。流血沙汰は勘弁して欲しいわな。平和が一番やで〜」


 ”鬼神”の総長である"宇賀神 暁(うがじん あきら)"さんは人望も厚く、みんなが憧れる存在だ。

 だけどそんな宇賀神さんが認める、唯一の存在を私はよく知っている。彼が指名した人なら、”鬼神”のメンバーは誰も反対しないと思う。


 だから、本当に宇賀神さんが”鬼神”の総長を引退すれば、次期総長は必然的に──


「ほらほら、暴走族の話はもうやめて歌おうよ! あ、楓怜リモコン取ってー!」


 優希ちゃんの声で、考え事をしていた私の意識が引き戻された。


 まあ、私がいくら考えても仕方がない。

 暴走族の継承問題なんて、私にはまったく関係ない話なのだから。


 ──なんて思っていた時期が私にもありました。


 この時はまさか私がこの継承問題の中心になるだなんて、夢にも思わなかったのだ。


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