第2話

王子は傷ついていた。望んでも居ない王位の為に、無理やり勉強させられることも、

国民が陰で悪口を言っていることにも。自分の意思は無視され16歳の若さにも拘わらず重い重圧をかけられることも、そしてそれに反論する自由も無いことも。次第にトンボの王子は笑いを忘れ、常に憂いを帯びた顔しか見せなくなった。


長い長い間の苦しみの後、ある日、王子は思い立った。自分が居なくなれば国民も一時的には悲しむが薔薇の王子が王位を継ぐとなると喜ぶだろう。いっそ死んでしまおうと。


それから彼は自分の計画を練りに練った。死ぬ時くらい自由な場所で。幸せと感じることが出来る遠いところで。死ぬための道具の刀や銃など手に入るはずが無いので、水死が良いと心に決めた。


計画はこうだ。広大な敷地の宮殿には7つの門がある。そのうち5つの門は厳重なチェックが無いと通れない。だが2つの門は、荷物チェックがあるだけで誰でも通れる。国民が入ることが出来るようになっているのだ。侍従の置き忘れたメガネをかけ変装をしていれば、特に目立った特徴などない王子は学生として通れるだろう。生まれて初めての宮殿からの逃亡。そして始めて地図をたよりに森を抜けて湖まで。国の遠いところなら顔が分からない人も多いだろう。写真が出回っているとは言えさして特徴あるわけではなく顔も良くある顔だ。トンボの沢山いる湖のほとりで思い切り空気を吸い自由を楽しんでから水に飛びこむ。せめてみんなの迷惑にならないようにさっさと死のう。初めての冒険に心が高揚した。


遺書は書かなかった。読めば母が半狂乱になることは分かっていたし、国民も「あのダメなトンボの王子が死んだ」と驚くだろうが、そのあと薔薇の王子が王様になれば、結局は喜ぶに違いない。

唯一の心残りと言えば、下の姉ゼルダのことだけだった。ゼルダは美しく我慢強く、常にトンボの王子の味方をしてくれていた。きっと悲しむことだろう。でも彼の決心は揺るぎのないものだった。死は辛いものではなく、彼の苦しみから救ってくれる友のように思えた。


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