旅に出よう

次の日の朝、朝食を食べ終わり勉強の準備をしているとと母さんが話しかけてきた。


「おはよう勇輝、いつ東京にむかうの?」


・・本当に母さんに話をしていたんだな。用意周到すぎて怖えーよ


「8月31日に東京で会う約束をしたから、それに間に合うように行くよ。」


「なら、余裕をもって出発しなさいね。東京に向かうついでに色々見ておいで、面白いものがたくさんあるわよ。」


「母さんは反対しないの?ヒッチハイク」


「お兄ちゃんはもっと怖いことしてるし、これくらい慣れっこよ。それに最近勇輝の元気がなかったから心配だったのよ。」


「分かった。なら行ってくる」


「でも、ちゃんとこまめに連絡はしなさいね。やっぱり心配だから。」


「分かってるよ、連絡するよ。ならそろそろ俺は勉強するから。」


「うん。がんばってね」


「じゃあ行ってくる」


「行ってらっしゃい」


そう言って家を出た。いつもなら自転車に乗って公民館に向かうところだが、今日はファミレスで勉強することにした。家から自転車で10分。いつもの窓際の道路が見える大きめの席に座り勉強道具を広げる。休日は家族連れでにぎわうこの店も平日の昼間は落ち着いている。週に1回この席で勉強することが俺のここ半年のルーティンだ。集中するために耳栓をして勉強に取り掛かる。


「スタート」


そう心の中で呟いてペンを走らせた。




気が付くと窓の外が茜色に変わっていた。少し驚き腕時計を見ると午後630分時を指している。朝の8時から始めたから10時間近く経っていた。今日はここ最近の不調が嘘のように集中して取り組めた。こんなのいつ以来だろうか、満足感に満たされながら俺は休憩に入った。スマホを取り出し、昨日のヒッチハイクの記事を再び読む。用意するものや大まかなルート、あとは・・


「なーにしてるの!」


突然の呼びかけに驚いて顔を上げると、満面の笑顔の女がこちらを向いていた。


「楠元か、驚かせるなよ」


「まあいいじゃん。そこ座っていい?」


「いいぞ」


「それにしても奇遇だね!またここで会うなんて」


「ここでよく勉強してるんだ。楠元もよくここに来るのか?」


「うん!よく来るよ!今日はバイト終わりにここに来たの。で、席を探していたらごきげんな鼻歌が聞こえてきて見てみたら常田くんがいたんってわけ。何かいいことあった?」


鼻歌なんかしていたのか俺。恥ずかしいな


「勉強が終わってヒッチハイクの記事を見ていたんだ。それが結構楽しくて」


「ヒッチハイク!変わった物見てるね」


「今度する事になってさ。用意する物を調べてるんだよ。」


「ヒッチハイクをするの?常田君が?意外だねーどこまで行くの?」


「来週の月曜から1週間かけて東京に。」


「いいなぁー私も本当は来週から静岡だったのに」


肩を落とし露骨に声のトーンが下がった。よっぽど静岡に行きたかったのだろう。


「静岡にいかないのか?友達がいけなくなっただけで楠元は行けるんじゃないのか?」


「私もそうしたかったんだけどお母さんが許してくれなくてさ。行けなくなっちゃった。せっかくの夏休みなのに」


そうか、大学生は9月も休みなのか。羨ましい限りだ。


「それは気の毒だな。俺のルートは多分静岡を通るから良かったら写真送ってやろうか?」


「いいの!!常田君はやっぱり優しね。昔から変わんないなー」


中学の時楠元とそんなに話したっけ?まぁいいか。


「何で送ればいい?LINE?インスタ?」


「インスタにしよう!連絡先交換してないよね?今しよう」


「いいよ。俺はこれな」


そう言って俺は自分の招待コードを見せた。


「ありがとう!良かったら静岡だけじゃなくて東京に行くまでの写真もインスタにあげてよ!全部見るから!楽しみだなぁー」


楠元は先ほどの落ち込みは何だったのかと思うほど明るくなった。そんな彼女を見るとこっちも少し嬉しくなってしまった。


「常田君ありがとうね!私は門限があるからそろそろ帰るね!じゃあねー」


「門限?まだ夜の7時だぞ」


「うちは20時が門限だけどギリギリだと心配するからさ。そろそろ帰らないと」


「そうか。なら元気でな」


「うん!今日はありがとね!」


そう言って楠元は帰って行った。賑やかな彼女が去った後は台風一過のように静かだった。


「さて、また頑張りますか」


ルートと用意する物は大方わかった。この週末に揃えて月曜日出発しよう。出発までは勉強をがんばるとしよう。


そうして、この日は夜の9時まで勉強していた。




「ただいま」


「おかえり。ご飯どうする?」


「あとで食べるよ。一旦部屋に帰る」


「分かった。レンジの中に惣菜が入っているからチンして食べてね」


「分かった」


階段を上がり自分の部屋に入る。カバンを机に置いた後、荷物を机の上に出し椅子に座る。そしてスマホを眺め始めた。溜まった通知や好きな動画を見るのがこの時間の楽しみなのだ。

スクロールしながら眺めていると楠元からDMが届いていた。


「常田君!私も一緒にヒッチハイクに行きたいんだけどいい?予定も空いてるし、お母さんの許可取れたしいいかな?」


???何言ってんだ?1人でも大変なのに2人?しかも女と?無理だろ


「ヒッチハイクで何があるか分からないんだぞ!そんな危ないことに女の子を巻き込めるわけないだろ!」


俺がメッセージを送るとすぐに電話がかかってきた。


「常田君お願いどうしても行きたいの。準備も手伝うから私も連れてって」


「なんでだよ!女がヒッチハイクなんで危ないだろ!」


「常田君もいるし大丈夫でしょ!私も静岡に行きたいの!」


「ダメだ」


「なら私にも考えがあるから」


そう言って楠元の電話は切れた。





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