第2話 運命の日

 バトラが少女に求婚する数時間前。

 バトラは街の賭場にいた。街と呼んでいいのか迷うほど、のどかで小さい平和な街だ。


 街の賭場、正確に言えば、薄暗い明かりが点いている、知る人ぞ知る酒場だ。

 この街では賭場は公に良しとされていない。しかし、賭け事をしたい人間の欲は止められない。結果、酒場の看板を下げつつも、この建物内だけは客同士の了承があれば賭けがオーケーとされているのだ。


「……」

「……」

「……」


 テーブルには4人。

 バトラと、そのほかプレイヤー3人。

 神父が賭け事をするなんて、と普通の人ならドン引きなところだが、街の人間から

 見ればもはや日常茶飯事だった。


 それぞれ賭け額と承認は済ませており、後はカードをめくるのみ。それで勝ち負けが決まるところだった。


「へっへっへ。神父様、今日も調子は良くねぇみたいですねぇ」


 煙草を吸いながら煽ってくる男の言う通り、バトラの運は最悪だった。

 負けに続く負け。勝負に出て大金を賭ければ負け。勝ったかと思えばその時に限って少額を賭けていたため、トータルで見れば惨敗である。

 終いにバトラが見出した苦肉の策、それは全ブッパ、つまり所持金全賭けだった。

 ここで勝たなければ一文無し。

 そんな誰もが固唾をのんで見守る状況である。


「……」

「へっ。だんまりですかい」


 バトラは何も言わない。

 ただ、カードだけを見つめる。


「それじゃ、オープン──」


 男がカードをめくろうと手を伸ばしたその時だった。


 ドンッ!!!!!


「げっ!!!」

「う、うわぁ!?」


 何を思ったのか、バトラはテーブルに渾身の拳を叩きつけ、テーブルにヒビを入れ、やがて割れた。

 鈍い音が酒場中に響き渡り、他の客はどよめき、マスターまで飛んできた。


「な、何しやがる!?」

「お客様、何が……あ、神父様でしたか。ど、どうかしたんですか?」


 ふぅ、と一息ついてバトラは男に言い放った。


「お前、イカサマしてるな?」


 客が騒めきだす。


「は、はぁ!? 何を根拠に……負けすぎて頭おかしくなっちまったんじゃねぇか!?」

「そうか……認めないか」

「み、認めるも何もやってねぇからな! 適当言ってんじゃねぇ!」

「……仕方ないな」


 バトラは立ち上がり拳を握りしめた。


「ひ、ひぃ!?」

「……あ! ま、待ってくれ!」


 その時、バトラと同じテーブルで賭けをしていた男が声を上げた。


「テーブルの下に、カードが……」


 男が指を指した先を見ると、テーブルの真下にカードが地面に2,3枚落ちていた。

 どれも万能なカードで、出せば高確率で勝つようなカードばかりだった。


「おいおい……強いカードばっかじゃないか」

「手札に全然来ないと思ったら、こんなところにあったのか……最初から落ちてたか?」

「いや、俺がさっき見た時は無かったと思うけど……」

「う……」


 男はテーブル裏に何らかの方法でカードを貼り付けていたのだろう。

 それがバトラの台パンで下に落ちてしまったのだ。


「お前、最近妙に勝ちが続くと思ってたが……」

「そういうことかよ……」

「……お客様、賭けでのイカサマは今後当店の出入り禁止、および罰金のルールですので」

「ち、ちきしょう……」


 こうしてバトラはイカサマを指摘し、掛け金も戻ってきた。それどころか、相手の払う罰金で収支はプラスになったのだ。


「すごい……神父様やるなぁ」

「あぁ。ちょっと変わってるけど、信頼できる人だよな。この前も相談に乗ってくれたし。ちょっと変わってるけど」


 仁王立ちしているバトラに、マスターが話しかけた。


「神父様、これは賭け金の戻し額と、彼の罰金分です。……あいつ、最近仕事がうまくいってないみたいで。だからイカサマなんて真似を……」

「……そうか」


 神父はイカサマ男に歩み寄った。


「……何だよ」

「いや、今日俺と出会い、賭けをしてくれたこと、感謝する」

「な、何言ってやがんだ……俺はアンタを騙して……」

「過ぎたことだ。足を洗って、また、俺と賭けをしてくれ」

「し、神父様ぁ……」


 そのやり取りを見てか、周りのギャラリーたちも感激していた。拍手までする人もいる。


「神父様やるなぁ」

「いっつも負けてるのに、なんて懐が広いんだ」


 バトラは少し気恥ずかしそうに笑い、二度ほど頭を下げた。


「それでは、俺はこの辺りで。皆さん、ほどほどに楽しんでください」


 店を出て、ふぅと一息ついた。


(危なかった。いやマジで危なかった。今回は本当にダメかと思った。あれで負けてたら1カ月は皿洗いだったぞ。貴様イカサマしてるな、なんて自分でもどうかしてる虚言だと思ったが、良かった。というかマジでイカサマしてたのかあいつは、全然気づかなかった。いやでもマジで良かった。神様万歳。マジの本当に良かった)


 そう、バトラは別にイカサマだと見抜いていた訳ではない。

 適当なことを言って勝負がうやむやになればいいな、無理だったら土下座で許してもらおうぐらいに考えていての行動だった。

 それがまさか本当にイカサマしていたとは。バトラとしてはラッキーこの上ない出来事だった。

 結果、所持金は賭ける前と同じぐらい、いや、実際は少し少ないのだが、それでも勝った気分になっているバトラだった。


「ふっ……神は俺を見捨てていなかったという事か」


 超ご都合解釈である。

 その後バトラはルンルン気分で街を練り歩き、普段寄らないような高級店で食事を済ませ、チップまで渡したりして酒やツマミを買いつつ上機嫌で教会へと戻るのだった。


 教会の椅子に座り、酒とツマミを嗜みながらふと思い返し、黄昏ていた。


「この街に来て、もう数年か」


 バトラはこの街に来る前には、こんな羽を伸ばして休んだ記憶は無かった。

 ただひたすらに戦場を駆け、平和のために戦っていた。

 とにかく争いごとから離れたくて、半ば強制的に戦いに区切りをつけ、気が付くとこの街にいた。


「やめだやめだ。酒がマズくなる」


 今が幸せなので、過去の苦労は水に流そう、そう思い酒を浴びるように飲む。

 そして、気分上々で聖書を読み上げたのち、彼女はやってきた。

 銀色の髪をして、人間離れした容姿を持った彼女。

 バトラは、彼女に一目ぼれし、求婚した。



「結婚してくれ」

「……………………………………………………はい?」


 手がボーボーと燃え盛る中、バトラはもう一度言った。


「結婚してくれ」

「……………………………………………………な、なななななな!!! きゅ、急に何言ってるんですかあなたは!?」

「だから、結婚──」

「聞こえてますってば! それより手! 離して! 燃えますよ! 燃えカスになっちゃいますよ!?」

「あぁ……かもしれないな。こんなに熱くなったのは生まれて初めてだ」

「そうでしょうね!!!」

「正直に言うと、手どころか別のところも熱くなってる。もっと正直に言うと結婚をすっとばしてイチャラブセッ──」

「最低!!!」

「まぁそんなことより返事を聞かせてくれないか?」

「そんなこと!? そ、その前に手を話してください!!!」

「……分かった」


 名残惜しそうに手をバトラは手を離した。


「はぁ……はぁ……あなた、酔ってますね。だから思ってもいない戯言を……」

「ん? あぁすまない。少し待ってくれ」


 バトラは後ろを振り向いた。


「すぅ~~~~~~~~~~~~~~~~。はぁ~~~~~~~~~~~~~~~」


 再び少女の方を振り返る。

 バトラの顔の赤みは完全に消えており、酒臭さも無くなっていた。


「失礼した。これで問題ないな」

「……た、確かにもう酔ってはいないみたいですね。……おかしいな、人間ってそうやって酒気を抜くんだっけ……?」

「さぁ、俺と──」

「手!!! 手が燃えたままじゃないですか!!!」

「ん? あぁすまない。少し待ってくれ」


 バトラは思い切り手をブンブンと振り、火をかき消した。


「えぇ……」

「えっと、治癒魔法はたしか……”ヒール”」


 頭の中で適当な詠唱を浮かべ、治癒魔法を唱えた。

 焼け焦げた手はゆっくり元の色に戻っていき6割ぐらい修復した。


「まぁこんなものだろう。……少し痒いが」

「適当すぎです!!! あぁ、もうっ!!!」


 少女はバトラの手を掴み、魔法を唱えた。


「”ヒール”」

「おぉ……」


 みるみるうちに傷が治り、完全修復を遂げた。


「感謝する」

「……元はと言えば、私の魔法で燃えてしまったので、別にいいです」

「優しいんだな。ますます好きになった。やはり結婚してくれ」

「ま、また世迷言を……!」

「惚れてしまったのだから仕方ないだろう」

「……はぁ。分かりました。では、その気を失せさせてあげます」


 少女は一歩引いた。

 魔力が辺りに満ちて、彼女の様子が少しずつ変わっていく。

 頭からは小さな角が生え、背中越しに尻尾が見えていた。

 胸に手を当てて真っ直ぐにバトラを見て言った。


 その角と尻尾に、バトラは微かに既視感を抱いていた。


「私は、ロア・ルーデブルグ。現魔王、ハイゼル・ルーデブルグ直系の娘です」

「魔王──」


 教会内が、静寂に包まれた。

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2024年12月24日 12:00

最強で煩悩まみれな聖職者は魔王の娘に求婚する ~魔王様、世界の半分ではなく娘さんを俺にください~ Ryu @Ryu0517

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