第3話 魔法はボディで受ける

 この世界には、魔王がいる。

 かつて全ての人間に恐怖の感情を植え付けた、魔王ハイゼル・ルーデブルグ。


「そうか……魔王の……」

「えぇ、そうです。数年前、人間と魔族が争った人魔戦争。お父様──こほん。魔王が直接戦闘に加勢することはありませんでしたが、加勢すれば戦局は魔族側に大きく傾いたと言われています。その魔王の娘が、私、ロア・ルーデブルグです」


 人魔戦争。

 かつて人間と魔族は争いを繰り返していた。その戦争が人魔戦争と呼ばれている。

 人間と魔族、互いに長期間熾烈な戦いを繰り返し、ある日突如として終戦した。


 終戦するにあたり様々な誓約が交わされたが、要約すると、どちらの種族も互いに過度な干渉はしない、無駄で無益な争いはせず、互いに利益をもたらして共存していこうということだ。


 戦争の中で、魔王は最後まで姿を現さなかった。

 魔王が初めて人前に姿を現したのは、戦争の終結後だった。


「……」

「……少しは、真面目に話を聞く気になったみたいですね。怖がらせてしまったことは謝ります。でも分かったでしょう? 私は魔族、それに加え魔王の娘です。人間であるあなたとは、あまりにも、高い壁がある」

「……困ったな」

「はい。だからあなたの申し出は──」

「結婚式はどこであげるべきなんだ……」

「は?」

「いや、俺はてっきり君が人間だからこの教会でできればと思ったんだが……それだと人間側に寄りすぎてる。場所を改めなくては。そうだ、婚礼の儀も魔族側に配慮せねば……」

「……待って。ちょっと待ってください。私の話、聞いてました?」

「あぁ。魔王の娘なんだろう?」

「聞いてたのならなんでそんなに平然でいられるんですか!? あの! 魔王の! 娘ですよ私! 人間滅ぼそうとしてた存在の娘なんですけど!?!?」

「確かに驚いたが……そんな大した問題ではないだろう。それよりキミの名前が可愛すぎてそっちの方が驚いたぞ」

「か、かわっ……!? ばかっ!! あんぽんたん!! て、低能種族!!」

「ん゛ん゛っ……罵声も可愛すぎて何かに目覚めそうだ」

「な、何言ってるんですか!!! 頭おかしくなっちゃったんじゃないですか!?」

「お前の可愛さが俺をおかしくさせるんだろうが!」

「こわっ!? 急に怒った!?」

「おっとすまない。つい我を忘れて」


 すぅ、はぁとバトラは深呼吸をする。ロアも荒げていた息を整えた。


「よし、互いに落ち着いたな」

「……あなたのせいで余計疲れました」

「それで、その魔王の娘様が俺に会いに来てくれた理由はなんだ」

「あなたに会いに来た訳じゃないですけどね!? ってそうだ。こんなことしてる場合じゃ──」


「探しましたよ! ロア様!」


 その時、再び教会の扉が開かれた。

 手を後ろで組みながら、余裕綽々とバトラたちの方へと歩いてくる人影があった。


「あなたは……ゲイル!」

「えぇそうです。あなたの身柄確保後、城へと連れ戻す重大な役割をいただいた、次期四魔将よんましょう有力候補の一人、ゲイルにございます」

「四魔将……いたなそんな奴」


 ずれたメガネをクイクイとさせるゲイル。見た目は40代ぐらいの普通の人間だが、溢れ出る魔力が人間のそれではないとバトラは既に見抜いていた。


「さぁ帰りましょう。魔王様もロア様の帰りを心待ちにしておられる」

「……えぇ。私も帰れるなら帰りたいところです」

「おぉ。では──」

「ですが、手を借りる気はありません。ましてや、と一緒に帰るなんて、まっぴらごめんです」

「なに?」

「……これはこれは。一体何の冗談ですかな?」

「とぼけないで! 奇襲をかけてきたのはあなたの部下たちでしょう!」

「おい、俺にも分かるように説明してくれ」

「……私はここに至るまでに、何度も襲撃を受けています。それも、私と同じ魔族に」

「何をやらかしたんだ? 正直に言ってみろ。心配はいらん。俺も謝ってやる」

「やらかしてません!! 調子狂いますねホントに!!」


 こほん、と一息ついて仕切り直したロアは、ゲイルに指を指して言った。さながら事件解決パートの名探偵のように。


「ゲイル。あなた──いえ、あなたたち過激派の狙いは分かっています。あなたたちは、人魔戦争を再び引き起こすつもりですね」

「……」


 ゲイルは何も言わない。追い打ちをかけるようにロアは言い放つ。


「私を亡き者にした後、人間の仕業に見せかけ、種族間の蟠りを大きくして戦争へと発展させる。そんなシナリオでしょう」

「……くくっ。ははははは! そこまで気づいておられましたか。さすが魔王様の娘というだけはある」


 ロアは炎を纏った手をゲイルへと向けた。

 詠唱無しの炎系統の速射魔法。見事な先制だった。


「ゲイル。大人しく引き下がりなさい」

「……何か勘違いされているようですが」


 次の瞬間、ゲイルの背後に無数の魔法陣が出現した。

 こちらも無詠唱の魔法。ロアとは比べ物にならないほど、精度と魔力が強力だった。


「……!」

「あなたの実力は私よりもはるかに下です。それを踏まえたうえで、抵抗なさるおつもりで?」

「……しなければ、命を取るのでしょう?」

「それはあなた次第かと。なに、心配はいりません。戦争が起こるまで大人しくしてもらえればいいのです。声も光も届かぬ、暗闇で申し訳ないですが」


 ゲイルが下卑た笑みを浮かべる。

 完全に自分が優位に立っている者の笑みだった。

 実際、ロアとゲイルではゲイルに軍配が上がる。まともに戦ったら勝ち目はないだろう。


 しかし、今この場にはイレギュラーがいた。


「おい、さっきから黙って聞いていれば」


 たまらず、バトラはロアの前に出た。


「ちょ、何をして──」

「俺の花嫁に手を出すな」

「誰が花嫁ですかっ!!!」

「なんだ貴様……この教会の神父か?」

「あぁ。そしてこの子の花婿だ」

「違いますけどっ!?!?」

「はっはっはっはっは!!! ちょっと目を離したすきに愉快な仲間を作ったものだ。あぁ……だが、その悠長さ、少し腹立たしい」


 ゲイルが魔法を一つ、解き放った。

 魔力の弾──魔弾まだんは超高速でバトラの隣を走り抜け、教会の椅子を破損させた。


「……」

「は、はやい……! それに、なんて威力……!」

「魔族と言えど、協定があるから人間は傷つけないだろう、そんな浅はかな考えからくる慢心だろうが……身の程を知れ。貴様ら人間など道端の石ころ同然。……次は当てるぞ?」


 ゲイルの背後に控えている魔法陣が一斉に光り出す。全て解き放たれば、ハチの巣になってしまうだろう。


「……逃げてください」

「なに?」

「元はと言えば、ここに逃げ込んだ私の責任です。あなたは、関係ない」

「……」


 バトラは思った。

 この子は、なんて優しいのだろうと。

 魔族でありながら、力の劣る人間に対してもこの寛容さ。益々惚れてしまった。

 そして、何としてもこの子と結婚したいと、強く思った。


「おい、そこの陰気メガネ」

「……なに?」

「俺はこの子の、花婿になる男だ。だから、関係なくはない。それに、教会を壊した罪はきちんと償って──」


 バトラが言い切る前に、魔弾は放たれた。

 魔弾はバトラの腹部に直撃し、バトラの体は後方へ吹き飛んでしまった。


「下等種族が。誰に口を利いている」

「ゲイル……あなたという方は……!!」


 ロアが闘志をむき出しにする。それとは真逆で、ゲイルは魔力を納め背を向けた。


「おっと、私としたことが。ここで事を荒立てるつもりはありません。魔族が人間を殺した、なんて事になれば騎士団が首を突っ込んできそうだ。ある程度加減はしたので、その男も生きてるはずですよ」

「逃げる気ですか!?」

「逃げるなんてとんでもない。明日……いや、日付はもう変わってしまっているから今日か。今夜、また改めてここへ来ます。今度はしっかり、の準備をしてきますよ。あぁ……もし姿が見えないなんてことになったら、この街は……無かったことにでもしましょうかねぇ」

「なんてこと……!!!」


 お迎えの準備、それは今度は単身ではなく、大勢で来ることを意味しているのだろう。確実に逃げられないように、ゲイルは脅しをかけに来たのだ。


「では、明日またお会いしましょう」


 そう言って、ゲイルは教会を出て行った。

 教会には嵐の前の静けさが訪れていた。


「……はっ! ちょっと、あなた大丈夫──」

「はぁ……食らったフリをするのも疲れるものだ」

「……へ?」


 バトラはケロッとしていた。

 魔弾を受けたはずの腹部は何ともない。それどころか服に汚れ一つついていなかった。


「む、無傷……!? どうして……!?」

「当たる直前でヤツの魔弾を握りつぶしたからな」

「は……? にぎ……?」

「それより、ヤツが引いてくれて助かった」

「そ、そうだ……! このままだと、街の人たちが……!!」

「落ち着け。ヤツが言っていた期限までまだ時間はある。街の人たちには日が出てから知らせる方が話も広まるだろ」

「そんな悠長なこと言ってる場合じゃ……う……」


 ロアの膝が崩れ落ちた。

 咄嗟にバトラは腕を伸ばし、彼女の体を支えた。

 ここに来るまで何度も襲撃を受けたと言っていたので、まともに休んでいなかったのだろう。


「……結構無茶してたんだな」

「み、見ず知らずの人間に、助けてもらう義理は……」

「そういえば自己紹介がまだだったな。俺はバトラ。バトラ・カミガカリだ。さ、これで見ず知らずではないな。今は少しでも休め」

「……バト、ラ……」


 ロアの瞼がゆっくりと降りていき、やがて寝息を立て始めた。

 バトラは奥から毛布を引っ張り出してきて、ロアに被せた。


「……」


 ロアの寝顔を見つめる。

 見れば見るほど可愛らしく、この世の者とは思えない、魔族というよりも天使のような顔立ちをしていた。


「……ちょっとぐらい、キスぐらいならバレないのでは?」


 そんな考えが何度も頭をよぎったが、やめておいた。

 その代わり満足するまで寝顔をたっぷりと堪能するのだった。



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