自称新人メイドの愛情たっぷりクッキング
インターホンの音。ドアを開け閉めする音。それから足音が続き、
荷物を降ろして一息。
「ふぅ……。ふふ、なんだか新鮮ですね、玄関からって」
「私としては、いつも通りテレポートなり壁抜けなりでひょい、でもよかったんですけど……。あ、はい、毎回いつの間にか侵入されてたら怖いですよね。えぇ、これから、たまには正面から伺います」
「実を言うと、今日はちょうど星や風の巡りが悪くて、超能力が弱い日でして。正面からお招きいただいて、助かりました」
「というわけで。改めて、お邪魔します」
「……え。今……おか、えり……って?」
予想外の言葉に、明愛は照れて早口になる。
「え、あ、そのために『次回は普通に来て』って、言ったんですか? 日付まで指定して? ……そんな……いいんですか? そんなこと言って……あはっ、私、自分で言うのもなんですけど、結構まだまだ、不審者ですよね? ……いいん、ですか。そっかぁ……えへへ」
舞い上がった明愛、ひとつ息を吐いて落ち着く。
「……おほん。では……」
明愛、丁寧に甘く耳元で囁く。
「……ただいま、です。あなた……」
耳元から離れて、愉快そうに揶揄う調子。
「ふふ……なんですか、急にデレましたね? いじらしいというか可愛らしいというか」
「もしかして……私がお姫様だって知ったから、ですか? 逆玉の輿狙い、とか?」
「……なぁんて。あなたはそういう人じゃない、ですよね。信じてますよ、知ってますよ。ふふふ……」
手拍子を一つ入れて、切り替える。
「さ、そんなことより! あなたは、ゆっくりしててください。今日は私が美味しいご飯、作ってあげますから」
ごとごとと調理器具、食材を並べる音。続いてそれらを洗う水音。
「……なんでまだ見てるんですか? ……心配とか?」
「わかります。うちの父や弟も、たまにそういう目で見てきますから」
「大丈夫ですよ。私、これでも家事は一通り出来ますから。メイド見習いとしての新人教育くらい、一通り熟してます」
「……え? はい、普通にそのくらいは……」
「……なるほど。どうやら、『王族』というものに誤解があるようですね。……私の時代、私の星では普通です。普通に家事が出来て、普通に一人前の仕事が出来る。その程度は、お姫様の嗜みです」
「ほら、新人メイドの証、一つ星のエプロンとホワイトブリムだって授与されてるんですよ。家事、ちゃんとできます」
「こうして、いつでも好きな男性に家庭料理を振舞えるくらいは、ね」
野菜を切るスムーズな音。
「流石に、王宮料理人やメイドの皆さんほどではありませんが。このくらいの包丁捌きは出来るんですよ、私」
「メニューですか? 私の星の郷土料理というのも考えましたが……いきなりそれは、ちょっと冒険しすぎですし」
「ちゃんと父に訊いていますよ。いつの時代も、地球、日本の男性はカレーが好きだと。だから『あらかじめお米の用意だけはしておいて』とお願いしたわけです。ふふ、準備有難うございます」
「事前リハーサルでも、留学のお付きのメイド、護衛に絶賛を貰っています。手際も味も大丈夫です」
「だから安心して待っていてくださいね、あなた」
それからしばらく、包丁の音。
「……王族抜きに、家事をするのが不思議、ですか。あぁ……そうですよね。この時代からしたら、未来の家事は自動化してるものって思いますよねぇ……」
「自動化、してるところはしていますよ。食材を切ったり焼いたりを機械任せにすることもありますし、食材だけ入れたら出来上がるような設備もあります。圧力鍋や炊飯器に入れるだけ、の進化版もあれば、レトルト食品や完全食のパッケージが発展したものもあります」
「ただ……やっぱり、機械ではどうしようもない部分もあります。例えば、一流シェフの微妙な火加減とか。ほんの数ミリの差を直感で調整する包丁捌きとか……機械で再現されるたび、人間はその先を開拓しました。凄いですよね」
「逆に、一般家庭の料理は機械で再現しようがなかった。いわゆる家庭の味、お母様の味というものは、機械学習で網羅できなかった。家ごとに味の理想形も、ニュアンスも、狙いも、何もかもが違いすぎましたし、そうした家庭の味をインプットしたところで『その家庭』でしか使われませんからね」
「だから、結局。お料理においては、最先端も一般家庭も『自分たちの手と口で伝える』ことを選んだんですねぇ。今作っているこちらも、お父様が『故郷の味』としてご自分で料理されたのを見て、食べて覚えたんですよ」
「他の家事も似たようなものです。お掃除ロボットの発展形でも『人間にとって何を捨てていいか、捨ててはいけないか』を完璧に判断することはできないし、洗濯の自動化を目指したら『あらゆる布や造りに合わせた最適解』が多すぎて対応しきれなかった」
「そういうわけで……残念ながら、家事の全自動化は夢に終わってしまったのでした。……以上、教科書からの受け売りでした」
「まぁ、そうは言っても、です。完全な自動化が出来なかったとしても、ほどほどの進歩とちょっとの努力で、この時代よりは楽をしながら生活が出来ている、というのは確かです。未来、期待しててくださいね。ふふん♪」
調子よくまとめた明愛、『あなた』からの質問に苦笑しながら答える。
「……あはは……そうですね。私からすれば、この時代で暮らすのは……正直、ちょっぴり大変です」
「まぁ、そういう文化や時代のギャップを味わうのもこの留学の目的ですから。せいぜい楽しんでいます」
「今では私、こちらの調理器具でも立派にお料理が出来るんですから。王宮新人メイドの料理、楽しみにしててくださいね」
包丁の音が終わる。フライパンをコンロにかけ、加熱する音。以降、油の熱される音、食材が炒められる音。
「さぁ、炒めていきますよ。まずはお肉……豚、牛、羊、鶏、色々好みはあると思いますけど、今日は牛です。タイムセールでしたから。賢くお買い物もできるんですよ、私」
「……え、そんなに贅沢ですか? タイムセールなんですけど……一人暮らしだとなかなか食べない、ですか。……ううん、カルチャーギャップですね……」
「こちらの時代で暮らして、色々と覚えたつもりなんですが、まだまだですか。ふむふむ」
「お肉に焼き目を付けたら、一旦移して。次はスパイス、香草を炒めて香りを立てます」
「スパイスの種類、興味ありますか? お父様の独自研究のブレンドはいくつもありまして、今日は奥深い王宮風味ですが……ふふ、これ以上は秘密にしておきましょう。あとは、婿入りしてからですよ。きっとお父様が、楽しく教えてくれます」
「油に風味が移ったら……野菜もざっと炒めます。お姫様にしてメイドの私が直接目利きして、季節の美味しい野菜を揃えてきましたから。全部全部、好き嫌いしないで食べてくださいね?」
明愛、気分良く鼻歌交じりで炒め物を続ける。
「ふん、ふーん♪ ……さっきは、色々と……自動化の効率とか、意味合いとか、いろいろな理由で人は家事の完全な自動化を諦めた、ってお話をしましたね」
「でも……ふふ、こうして料理をしていると、しみじみ思います。家事の自動化を『諦めた』んじゃないって。未来でも、どの星でも、人は家事を『したい』んです」
「お肉が焼ける音。スパイスの香り。お野菜の色が移り変わる様子。料理が出来上がっていくこと、それ自体が楽しい。大好きなあなたを想って料理をする今、この時間、それ自体が幸せ、って。……私はそう思います」
「……なんて、ね。えへへ……」
炒める音が止まる。鍋に水を入れる音。
「さぁ、ここからはカレーはじっくり煮込みです。その間に、私の故郷のちょっとした副菜も作りますから。こちらも期待しててくださいね」
鍋に火をかけ煮込む音と、明愛が鼻歌交じりに調理を続ける音が続き、フェードアウト。
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