自称未来人とアナログゲーム
右側から声が聞こえる。だんだん近づいてくる。
「もしもし。もしも~し……。……ふぅっ!」
右耳に息を吹きかけられる。続いてからかうような声色。
「あはは、やっと気付きました? いやぁ、そんなに驚かれるとは思わなかった」
「いやだなぁ、私ですよ。
明愛、からかいのニュアンスで笑ってからぴたりと止まる。『あなた』側の疑問を汲んで、きょとん。
「……あ、そうじゃなくて。私が誰か、じゃなくて、なんでいるのか?」
照れながら説明する明愛。
「えーと、前も言った通り、私、いつもそばにいますから」
「なので、お邪魔した次第です。えへへ」
明愛、緩んだ照れ笑い。その後、またぴたりと止まってきょとん。
「……あ、こういう意味でもない? 私が『そばにいる』理由……じゃなくて、私が『またここにいる』理由ですか?」
ふふ、と優しく微笑んで答える。
「それは勿論、あなたのピンチだからです」
「いえ、前回よりはマシですよ、私から見ても。今日はある程度、お気楽なようで何よりですけど……」
「とはいえ……あなた、また画面ばっかり見て。そりゃ、画面の中にしかない楽しみも多いですけれど、あんまりそればっかりというのもよくないです。……私の言いたいこと、わかりますか?」
「……ほっ。ありがとうございます」
安堵する明愛。それから誇るような口調に切り替わる。
「もちろん、美少女の一つ覚えで『目を閉じて休んで』ばっかり言う気はありませんよ」
「ちかちか光る画面ばかり見るのはいけませんが……とはいえ、気晴らしはしないとです」
「というわけで、今日はこれです」
ごそごそと袋から箱を取り出す。箱自体を取り出す音と箱の中の小物がからからと揺れる音。
「じゃーん。ボードゲーム、です」
「画面ばっかり見ない、本で細かい文字も追わない。その上で遊ぶと言えば……ボードゲーム。それも、なるべくシンプルなもの……」
「というわけで、これです。ご存じですか? シャット・ザ・ボックス……18世紀発祥とも、古くは12世紀発祥とも言われる、歴史の古いボードゲームです」
優しい口調で説明を開始する明愛。以降、木製の板やプラスチックのサイコロを扱う音が適宜セリフの前後に入ったり、重なったりする。
「まず、私達は1から9の9枚のパネルを持ちます」
「次にサイコロを二つ振って、その合計を確認します。……今回は3と6で9ですね」
「私は、自分の手持ちから合計が9になるように札を倒します。たとえば、9を1枚だけでもいいし、3と6でもいいし、2と3と4、でもいい」
「こうやって倒していって、全ての札を先に倒したら勝ち。そんなゲームです」
「ほんとは得点計算とか、何本先取とか、追加ルールとか、色々決めるんですけど……まぁ、今はいいです。細かいルールは自己流で、なんとなくで遊びましょう。ね?」
一通りの説明を終えた明愛は木製のパネルをぱたぱた、かたかたと動かして遊ぶ。
「シンプルだけど奥深くって、奥深いけど運任せ。……ってゲーム性もいいんですけど、私、このセットの作り込みも好きなんですよ」
「この木製の手触り。いいでしょう? 温かみがあるというか……最近は木材を使った遊び道具って結構レアですからねぇ。その中でも、最高級品……ふふ、実は秘蔵の一品だったり……えへへ」
「……あれ、どうしたんですか、怪訝なお顔で。あ、別に私の持ち込みだからって、イカサマなんてしませんよ?」
「……そうじゃない?」
「……『最近はそうなのか』って……そうでしょう? 最近は地球の天然木材の工芸品が少ないなんて、常識じゃないですか。……って、あれ?」
明愛、はて、と首を傾げる。それから「やっちゃった」と苦笑と照れが混じった笑いと共に説明。
「……あぁ、そうでした……すみません、また説明してませんでしたね」
「私、未来人なんです。ここから見ると、どのくらいかな……。まぁ、何年後かは秘密ですけど、それなりに未来から来ました」
「ここしばらくはこの時代で生活しています。目的は勿論、あなたを見守るため……ではなくて、ちょっとした留学です。本来の目的は」
「え……そうですよ? 未来人で、超能力少女です、私。何か、変でしょうか?」
あっけらかんと自己紹介を終えた明愛。手拍子を一つ打って、明愛はゲームを進行させるため芝居がかった口調に切り替える。
「……ま! 私の話はいいじゃないですか。これから起きる何かを止めに来たエージェント、というわけでもないですし、横に置いときましょう、ね」
「そんなことより、ほら、遊びましょう? 先行、後攻、じゃんけんぽん」
「あは、勝ちました。……ふふ、では始めましょう」
調子よく軽い声色でゲームスタート。以降、またサイコロのプラスチックの音と数字板の木の音が入る。
「では、まずは私です。えい……えぇ、今度は4と5で9ですね。うーん……ここは、9を1枚。なかなか出ない組み合わせは、先に倒しておきます」
「では、次はあなた。3と4で、7。たくさん倒してもいいですし、さっきの私みたいに最大の7を倒してもいいですけど……ふふ、そうするんですね」
「はい、私の手番です。……なかなか悪くない数字。ぱた、ぱた、と」
「では次はあなた。……うんうん、いい感じじゃないですか? ぱたぱた、と」
「さぁて、私は……お、いい目ですね。今日は運がいいかも」
「……いいですよね、サイコロ。何よりもシンプルで、予測が出来ない運任せ……」
やや落ち着いてしんみりした口調の明愛の語り。この間もゲームは進行し、木やプラスチックの音が重なる。
「未来のお話を少しだけ。……未来は、どんどん色んなことが予測できるようになりました」
「色んな偶然が数値化されて、こちらの時代で言うところの『予想』や『予報』が『予定』ってレベルになったりもしていて……」
「機械に制御された完璧な社会、なんて程ではないですけれど。それでも、随分進んだんだと思います、こちらの時代の人からしたら。……私は、あっちの生まれなので、あれが普通なんですけどね」
あはは、と軽く笑って、明愛は続ける。
「過去の時代に比べて息苦しいって嘆く人もいますし、現代万歳って活用する人もいます。人それぞれですね」
「……私ですか? 私はどちらかと言えば、便利でいいことかと思います」
「雨が降ることは知っておきたいですし、ネックレスのチェーンが壊れることが分かっていれば、先に部品を取り換えたりも出来ますし……そうやって、不幸な偶然を躱せるものなら躱したい」
「でも……これは違います」
「ただ、サイコロを転がして。指で感触を楽しんで、気軽に投げる。投げたら、からころ、音を聞いて。……さぁ、出てくる数字はなんでしょう。ふふ、その程度の偶然なら、楽しいものじゃないですか? 鬼が出るか蛇が出るか、1が出るか6が出るか」
「ふふ……今みたいに、12が出るかもしれませんね」
「そして、出た数字を……偶然の結果を受け入れてから、自分の頭でどの数字を倒すか決める。偶然と知恵、ときどき技術……私という存在すべてを使って、だけど気軽に」
「電子的な介入の余地もなければ、トランプゲームみたいにカウントと確率で勝敗を限りなく制御できるわけでもない、幸運と知略のゲーム。そんな、大昔からこの時代まで、この時代から私の時代まで変わらないボードゲームって遊びが、好きなのです」
「私、運任せって結構嫌いじゃありません。偶然の出会い、ほんの気まぐれ。そういう気ままな自由も、予測された安全と同じくらい好き」
「あなたは、いかがですか? 予定表、予防線、世の中は不安が多いですから、そういうのも大事ですけれど……自分の予感も、大事にしてあげてくださいね」
「気楽に、気まぐれに、気安く、気の向くままに……そういう時間も、大切に。疲れた時のリラックスも大切ですけれど、疲れないように構えすぎないというのも、たまには思い出してくださいね」
「……安全な未来から来た私が言うのは、無責任かもですが。でも、無理のない範囲で、ね?」
「……なぁんてお話してるうちに、はい、最後のパネルを倒しちゃいます、ねっと」
「ふふ、上がりです。これにて私の勝ち♪」
しんみりした口調から一転、自分で拍手をしながら勝ち誇る明愛。
「イカサマはしない、とは言いましたけど……ふふ、経験値もモノを言いましたねぇ」
「運任せと知恵の、知恵です。正々堂々勝ちました」
「……ふむ。たしかに、私が色々話して気を逸らしたのもズルと言えばズル……ですか?」
「わかりました。次のセットは私、黙ってます。お喋り大好きですけど、黙ってますね」
「では、次はあなたからどうぞ?」
軽いサイコロの音、木製パネルがカタカタ動く音、明愛の零す息や笑い声が再び始まり、フェードアウト。
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